第6話 時間いっぱい

 

 見張りの若い衆は慌ててベルトの拳銃に手を伸ばした。


 銃を引っ掴んで視線を上げると目の前に迫ったに思考が追いつかず間抜けな声を出す。

 

「へ? ぶるぅばぁあっ……!?」

 

 アーケードを踏み砕くほど強烈な前蹴りが男の顔面にメリ込んだ。

 

 男はガラス戸を突き破って事務所の中に吹っ飛んでいく。

 

 壊れたドアをくぐって背中に少女を背負った侍が姿を現すと、組員たちがわらわらと集まって周囲を取り囲んだ。

 

「誰ネ? お前?」

 

 奥のソファに座った細身の男が静かに口を開く。

 

「オヤジ……こいつオカマバーの侍です……」

 

 スキンヘッドが耳打ちすると男はスキンヘッドの喉に強烈な手刀を放って言った。

 

「お前馬鹿? ワタシあの侍に聞いたヨ?」

 

 ゲホゲホと咳き込みながらスキンヘッドは何度も謝罪する。

 

 スキンヘッドを見下ろす男の眼を見て、さくらは肉食昆虫のような不気味な印象を受けた。


 オンとオフ、利と害、そんな機械的な判断基準で獲物を食らう捕食者……

 


 コイツ……ヤバい奴だ……!!

 


 ゴクリと唾を飲むさくらとは裏腹に、金ちゃんはなんでもないような顔をして言う。

 

「あたしオカマの金ちゃん。あんた達が盗んでいったお店の権利書を取り返しに来たわ。さっさと権利書出しなさいな?」

 

 男は足を組んでソファに腰掛けたまま、両手の親指をクルクルともてあそびながら答える。

 

「それ誤解ネ。店のオーナー自分から権利書渡したヨ。見張りとドアは許すカラ、ささと帰るイイ」

 

「あんた馬鹿? 店壊して数で囲んで圧かけたら、とは言わないのよ?」

 

 その言葉に男のこめかみがピクリと動く。

 

 組員たちも金ちゃんに向かって口々に罵声を浴びせかけた。

 


「おどれコラァァァ!? なにオヤジに舐めた口きいとんじゃ!?」

 

「袋にして海沈めたろかワレぇぇぇえ!?」


「土下座して詫びろ……一生奴隷になると誓え……そしたらオヤジに取り合ってやる……」


 金ちゃんはそんな中、顔色一つ変えずに黙って虚空を見つめていた。 



「ひひひ……背中の女にはたっぷり楽しましてもうらうからな……?」

 

 そう言ってさくらに手を伸ばした男の前髪が宙を舞う。 

 

 いつの間にか抜刀した金ちゃんが男を睨んで静かに言った。

 

「あんたみたいな下衆は全女の敵よ?」



「腕が惜しければ即刻消え失せぃぃぃい!!」

 


「ひぃぃいっ……!?」

 

 男は尻もちをついてズルズルと後ずさった。

 

 金ちゃんの怒号は事務所内の空気を震わせ、周りを取り囲んでいた組員たちの頬にはいつの間にか冷や汗が滲んでいる。

 


「もういいわかたヨ……」


 男の冷たい声が、金ちゃんの放った熱気をすぅ……と冷ます。


 組員たちはゴクリと唾を飲み込んで、男の方に視線を集めた。


 そんな組員たちに一瞥もくれることなく、禍々しい殺気を込めて男が言う。



……」

 

 その言葉で組員達は一斉に武器を手にすると、金ちゃん目掛けて襲いかかる。


 さくらは顔を強張らせ、金ちゃんにきつくしがみついた。


 、ナイフ、仕込み刀、そして拳銃……


 それらを持った厳つい男たちが怒号を上げて近づいてくる。



 ゆっくりと流れる時の中で、侍の目は自分を狙う銃口の数を数えていた。

 

 パチン……

 

 刀が鞘に仕舞われる。

 

 なぜ……?

 

 そんな疑問が浮かぶ余裕などさくらにはない。

 

 さくらどころか、襲い来る男たちさえ気付かない。

 

 意識の隙間を縫って仕舞われた刀は、鞘の内側で抜かれる時を静かに待っている。

 

 とうとう六つの銃口が金ちゃんを捉えた。

 

 その瞬間、金ちゃんは大きく腰を落とすと、柄に手を伸ばし鞘の先を天井に向ける。

 

 銃声が響き、銃口が火を吹いたが、六発の弾丸はさくらの頭上を掠めて壁に、味方に命中する。

 

 

 刹那の時、語ることなど不可能な短い時の中で、その場にいる全員が侍のげんを耳にした。

 

「おぬしらは、命より重い魂を愚弄した……さすれば、おぬしたちの命に……それがしの刃が届いても、文句の付けようはあるまいな……?」



 音もなく刀が鞘を走る。

 

 引きつった顔の男たちの群れをヒュルリ……と一陣の風が撫ぜた。

 

 ぼとぼと……とが床に落ちる鈍い音がし、次いで悲鳴と絶叫が木霊する。

 


「ふん……!!」


 金ちゃんは掛け声と共に机を蹴り飛ばし、数人の動きを封じると、金ちゃんは上段高く刀を構え、再び机に強烈な前蹴りを放った。


 壁と机で挟まれた哀れな男数名が、潰れたかえるのような悲鳴を上げてぐったりとうずくまる。

 

 その隙を狙って背後から仕込み刀で襲いかかってきた男を、振り向きざまに放たれた金ちゃんの上段が迎え撃つ。

 

 しっかりと溜められた力の刃が男の仕込み刀を粉砕する。

 

「鉄の板を研いだだけでは刀に非ず……」

 

 男は仕込み刀を投げ捨てて内部機関を起動する。

 

 唸る前腕部から蒸気と共に無数の刃が姿を現したが、金ちゃんはそれを機械腕サイバネアームごと叩き切った。


「ひっ……」


 男は恐怖と驚愕で目を見開き地位な悲鳴を上げた。


「刀とは……魂……!!」


 金ちゃんは振り切った刃を反転させて男の胴体目掛けて逆袈裟に刀を走らせる。



 一刀両断……


 おとずれるであろう凄惨な光景が頭をよぎり、さくらは思わず目を閉じた。


 しかし金ちゃんは男を切り上げることはせず、刀を自身に引き付けると体を捻って翻った。


 舞い散る火花と破片を突き抜け、金ちゃんの回し蹴りが男の腹を穿つと、男は壁まで吹き飛ばされて動かなくなった。



「命もかけられないタマ無し共が、気安く他人の魂に手え出してんじゃないわよ……!!」

 

 床にうずくまる男達に切っ先を向けて金ちゃんが一喝する。

 

 さくらが目を開くと、そこには一人の死人も出ていない。

 

「すごい……」

 

 思わずつぶやくと、金ちゃんが振り向いてにやりと嗤う。

 

 

「ワシが行きます……」

 

 そう言って白スーツのスキンヘッドが前に出た。

 

 いつの間にか内部機関を全開にしたスキンヘッドには、わにのような機械尾サイバネテールが生え、両手足は機械装甲パワードスーツを纏っている。

 


「お前も行くネ」


 

 ソファに座ったままの組長が黒スーツの眼鏡男に言うと、男はコクリと頷いて白木拵えの刀を腰に構えた。

 

 

「あらあらあら〜? よく見るとあんた達……イイ漢じゃなぁ〜い?」

 

 金ちゃんの瞳に妖しい光がギラリと瞬く。

 


「さくら。あんたちょっとだから向こう行っててちょうだい……」

 

「はあ!?」

 

 さくらが思わず叫ぶと金ちゃんは目線を片隅に置かれたパソコンへと移す。

 

 それに気付いたさくらは、大袈裟な溜め息をついて言った。

 

「はいはい!! おじゃま虫は引っ込んでるよ……!! どーぞごゆっくり……!!」

 

 さくらはふてくされた顔をしてパソコンが置かれたがわの壁に寄りかかると腕を組んだ。

 


 今はまだこっちに意識が向いてる……

 

 チャンスを待つんだ……

 

 

「ワシら相手にコブ付きでは不利か? ええ判断やな……」

 

 レスリング選手のように姿勢を低くしてスキンヘッドが言う。

 

「無駄口を叩くな……さっさと終わらせるぞ……」

 

 腰の刀に手を添えて眼鏡男がつぶやいた。



「やーん……漢の友情って感じでビンビンきちゃ〜う……!!」 


 金ちゃんは刀を一振すると、肩の上に構えて切っ先を前方に向けた。

 


「いざ……尋常に……」

 

 

 

「勝負ッッ……!!」

 

 

 スキンヘッドは機械尾で地面を打ってとんでもない加速を見せた。


「不覚……!!」 


 僅かに出遅れた金ちゃんは、突きに充分な体重を乗せられず、半端な突きは機械装甲パワードスーツの甲で弾かれてしまう。

 

 金ちゃんを捉えようとスキンヘッドが覆いかぶさるようにして襲いかかったが、金ちゃんは床を転がりスキンヘッドをすり抜けた。

 

「キィィィェエエエエエエイ……!!」

 

 体勢が整わない金ちゃんに眼鏡男が奇声を上げて斬りかかる。


 抜刀に加えて目にも止まらぬ速さで振るった五つの太刀筋を、金ちゃんは横っ飛びに躱して机を投げつけた。

 

 しかし眼鏡男は微動だにしない。

 

 机はぶつかる直前にスキンヘッドの太い腕ではたき落とされ粉々に砕け散る。

 

 

「やる〜」

 


 金ちゃんは口笛を吹いてそう言うと、柄に唾を吐いて青眼に構えた。

 

 

「でもあたし……独占欲が強いタイプなの。親友どうしの絡みも捨てがたいけど、あたしだけを見てくれなきゃ妬いちゃうかも……」


 金ちゃんの軽口とは裏腹に張り詰めた空気が悲鳴を上げる。



 時間いっぱい……



 双方の息が合わぬまま、死闘の第二幕が幕を開けた。



「参る……」

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