第48話 闘争王、この森に眠る(笑)

理玖は禁忌地域にて、森を歩いていた猪を焼き、食らっていた。血抜きをしたとは言え、味付けは一切していないので、美味しい訳がない。しかし、千年間これで食しているので、慣れてしまってはいるのだが。


四千年の間、理玖は傭兵をしていた。数カ国の軍勢を一気に相手した事、自身が率いていた傭兵団と精霊界が全面戦争をした事もあった。あの時間は三万年生きている理玖でも、本当に楽しいと思えた時間だった。


けれども、今は傭兵業を引退している。四千年も活動したお陰でお金は沢山懐にある。色々な魔法を観察し、模倣、進化をした事で手札は増えた。武術に関してもそうだ。この世界に溢れている幾千の武術を学ぶ事ができた。身を潜めた千年の間には新たなものが出てきているのだろうが、それでも隠す。


全て、ファンスが出現した時のお楽しみにしているからだ。勇者とも、英雄とも呼べるファンスの出現を心待ちにしている。焼き猪を食べ終わった理玖は食後の魔力研鑽、魔法開発をしようとする。家の扉を開けようとしたその瞬間、耳に悲鳴が鳴り響く。この森は禁忌領域。獣達を魔力を吸収した事で凶暴に、強大になっている魔獣達が存在している。


声の質としては幼児だった。弱りきった声だった。理玖の魔王、エルフとしての超聴覚で無ければ聞き逃すところだった。『箱』から愛剣を取り出し、飛ぶ斬撃を繰り出す。目の前には木々が生い茂っているが、それを貫通して前に進む。


視覚の枷を一つ解除し、何キロメートル先を確認する。飛ぶ斬撃が魔獣に直撃をし、体は両断をされた。しかし、幼児を取り巻く魔獣達は退かない。幼児を生きたまま食おうとし、仲間が殺された事も気に留めず、口を開ける。それを理玖が許す筈が無い。一秒も経たずに高速で移動をし、食べようとした獣の首を斬り飛ばす。


「大丈夫か?少年。すぐに追い返してやるからな」

「え、あ……」


先程の二回は幼児を助ける為に殺してしまったが、今回は殺さない。そう簡単に殺してしまったら森の食物連鎖が砕け散ってしまう。もしそれで魔獣達が外に出てしまったら大事だ。種としての格を表している威圧。目の前に立っているのは圧倒的な強者であると示す為の手段。


魔獣達は理玖に恐怖をし、一歩ずつ下がっていく。追わないから去れ、という意思を視線で表すと、魔獣達は走りながら逃げていく。一件落着だな、と息を吐きながら幼児を見る。生体反応は弱く、魔力は枯渇しそうになっている。けれど、幼児の瞳は絶望などしていない。


助けに行く前からそうだった。心に芯を宿していたのだ。何度も折れて、折れて、折れて、そして再生をする。生きた年など手で数えれる程しか無い幼児が逞ましい瞳をしている。本来なら禁忌地域の外に出すべきなのだろう。それなのに理玖は用事の手を引き、森の家に向かう。









「うむぅ!これおいひー!」


幼児がガツガツと食べている姿を見ながら、理玖は水を飲んでいた。少し引いたような視線で幼児を見ていた。始まりは幼児のお腹が鳴り、どれだけ食べたいか、と聞かれて「いっぱい」と答えた事だった。流石に作り過ぎたか、と思ったのだが、全くそんな事は無かったみたいだ。


何処かの野菜戦闘民族か、とツッコミを入れたくなるのだが、そういう体質なのだと受け入れる。幼児にしては信じられないくらいの膨大な魔力を持っている為、体が耐えれるようにカロリーを消費でもしているのだろう。


カロリーはそれ以外の役割もしているみたいだが。食えば食う程に魔力、体力が回復している。傷跡も超スピードで治っていく。事象による治療と言うよりかは、免疫力を上げる事での自然治癒。魔瞳で見てみるのだが、魔力は関係無い。スキルも関係無い。本当に体質なのだろうが……並のスキルよりも力あるものを体質一つで片付けて良いのか、という疑問が頭を巡る。


「ごちそうさま!」


考えてる時間は数分だった筈なのだが、幼児は用意された料理を全部食べ切ってしまった。これから食事を用意するのが大変になりそうだな、と思いながらお茶を出す。幼児は出したお茶を嬉しそうに飲み干した。


「少年、君に名前はある?」

「一応だけど、ある。レナ・クエッツェル、表ではファンス・クエッツェル。だけど、もう要らない。私を捨てたあの人達が付けた名前なんて、必要無い。それと、私は女だよ。男装をしてたから男に見えたのかもしれないけど」


理玖は驚く、二重の意味で。少年だと思っていた幼児が少女だった事、この少女が待っていたファンスだった事。確かにあの時見た魂と目の前の少女の魂、合致している。魔力の波長も一致している為、何故気付かなかったのだろう。魔瞳は一体何だったのだろうか。


「あー、ごめん。……その名前、要らないんでしょ?だったら僕が名前を付けてあげようか」

「……!お願い!」


先程までは冷めた声をしていたのだが、新しく名前を付けると言った途端、明るい声をし、目をキラキラと輝かせていた。短時間の間に随分と懐かれたものだ、と思いながら名前を考える。イリアの時と同じく、花から取ろうと考えたのだが、中々思い浮かばない。


理玖の脳内にある言語のある言葉が思い浮かんできた。


「君の名前はノエル。ノエル・ウェイラルトと名乗りなさい」


ノエル、その意味は「貴方は幸福になりなさい」である。

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