第39話 未来と未来の為の戦争 7

人間は存在せず、天使などの高位存在のみが存在する世界に、リファエルは居た。生まれの世界である聖世界エデンにリファエルは立っていた。そんなリファエルと対抗するからのように立っているのは、同じく天使の希望である。


天使とは言っても、その翼は黒く染まっており、闇に堕天した堕天使なのだが。自身の醜い欲望に負け、罪を犯した愚かな天使を睨みつける。そんな鋭い眼光に希望は臆さず、ヘラヘラと軽い笑みを浮かべている。希望の元の性格を、残虐で悪辣な性格を表したような笑みだった。


「久しぶりだねえ、リファエルちゃん。いや、我が娘よ」

「黙れ、快楽主義者の自己中心的者。お前なんかが私の父親だと語るんじゃ無い。お前に父親だと語られると虫唾が走る」

「酷いなあ、リファエルちゃんの仲間には可愛い言い方をしていたじゃないか。何で僕には辛辣なんだい?……ああ!そうか、君のその態度は僕の照れ隠しなんだね!ごめんね、勘違いしていたよ」


リファエルの敵意満載な言葉に対して、笑みを深めながらそんな事を口にする。敵意、悪意が身体中を駆け巡る。もう言葉は発しない。理玖直伝魔法の『箱』から、天使の翼の羽を代償に創り出した剣を取り出す。普段から『オシャレは大事だよ。可愛いとモチベーションが上がるし』と言っているリファエルからは信じられない程の素朴な剣だった。


敵意、悪意を呑み込んだリファエルから湧き出るものは殺意のみ。常人ならばその殺気を知覚する前に死んでしまう程の膨大な量に希望は怯む事無く、懐にある鞘から剣を抜く。その剣からは白色の雷が発せられる。強力な魔力から発せられただけの自然現象の雷だ。


出力も、威力も、同じ最高幹部であるエイドルには遠く及ばない。魔力の雷は脅威では無いと判断し、リファエルは力強く地面を蹴る。先手を打つのは、先手を譲られたのは【至りし天誅】リファエルである。自身の鋭く、硬い剣を利用しての首に刺突攻撃を仕掛ける……が、その攻撃は希望の剣によって防がれた。


どうせ防がれるであろう、と感じていたので、そう驚く事はせず、次の攻撃に転換する。腹を中心として横一直線、つまり一文字切りを与えようとするのだが、これも防がれる。魔力操作の技術、剣術の技量の高さ、十二狂典に居るのだから相当な高みに位置するとは考えていたが、此処までとは思わず、ため息を吐く。


希望は自身の剣で受け止めているリファエルの剣を弾く。弾いた事で隙が生まれたリファエルに、袈裟斬りを与えようとしてくるのだが、右手に持っている剣を一度離し、一秒もしない内に持ち上げる。剣の柄を逆手に持ち、行使する事で受ける筈だった袈裟斬りのダメージを零と化した。


剣と剣が衝突している為、ガチガチ、という金属音が耳の中を満たす。希望は力を込めて足を進める。剣をしっかりと持ち、足に力を加えているにも関わらず、リファエルの足は退いてしまっている。理玖程では無いとは言え、重い一撃に怯みそうになるが、息を深く吸い込み、全身に力を入れる事で退いてしまった分を帳消しにする。


自分が押された事に動揺でもしているのだろう、瞳が大きく開いていた。いつも細目であった希望が、だ。リファエルは拮抗している希望の剣から自身の剣を離す。突然の行動に希望は困惑をしつつも、肩に向かって剣を振り下ろそうとした。それは現実とはならなかったのだが。希望の剣が振るわれるよりも前に懐に潜り込み、希望の腹に剣の先端を入れ、魔力を使用して衝撃波を発生させたのだ。


衝撃波だけでは体内に衝撃が来るだけで留まる可能性があった為、その衝撃波に方向性を持たす事で、希望を少し遠く飛ばしたのだ。これらの行動は、賭けであった。希望が自身の剣を離された事に困惑しながらも、攻撃を入れようとしなければ死んでいた。冷静に分析され、リファエルの狙いが方向性のある衝撃波を入れ、遠く飛ばす事だと理解されていたら死んでいた。


あまり得策とは言えないこの行動に、リファエルは今更汗を流す。そして希望が早くに戻って来ても良いように魔法を展開する。今発動しようとしている魔法はリファエルが編み出した魔法であり、リファエルでしか扱えない魔法である。天使という種であり、熾天使であり、天誅というスキルを所持しているリファエルだから使える魔法なのだ。


真東の方向から、空を駆ける音が聞こえて来た。そしてこの魔力は覚えがある。父親である希望の魔力だ。飛ばした距離は少し遠く、世界何個分だとは言え、流石にこの早さは予想外である。十二狂典の一人であり、元熾天使である希望の事であるから早いだろう、とは思っていたのだが、これはリファエルの想像の範疇を大きく超えていた。


どれだけふざけた力を持っているのか、と悪態をつきたい心を抑えながら、此方に来る希望に向かって構える。希望の暗黒に染まった黒い翼とは違い、まだ美しい心を持っている象徴として白い翼を広げる。そして白き翼をはためかせ、空へと飛び立つ。


青空を飛び、希望の方向に超速で向かっている最中、多数の魔法弾幕が飛んで来た。速度は少し遅めなので余裕で避けられるのだが、問題となる点は、その数の多さとなってくるだろう。どれだけ剣で切り裂き、魔法で爆発させても、問題なし、と言わんばかりに魔法を向かわせて来る。その面倒臭さ具合は、普段から温厚である理玖でも躊躇いなく獅子状態で全てを破壊するほどだ。


リファエルは内心ため息を吐く。苦手な事に挑戦する、となると、いつも憂鬱な気分に陥ってしまう。リファエルは魔法の同時並行作業が苦手だ。同じ魔法を連続して放つのが苦手なのでは無い。むしろ、リファエルにとっては得意分野になるだろう。ならば一体何が苦手だというのか、それは違う魔法同士を展開から発動の作業を並行して行うのが苦手なのだ。


その苦手という要素は、何のマイナス要素を引き起こしているのか、というと、同時並行でする際に、優先する魔法は普段通りの早さになるのだが、優先していない魔法は別となってしまうのだ。


空虚ナル爆発エース・フォールニン


「放射されていた魔法、展開されていた魔法は全部壊した」

「……リファエルちゃん、君相当な弱点を持っているね。まさかそれで最高幹部を名乗れていたとは。いや、君の場合はそれを感じさせないくらいに長所が凄かったのかな?そんな、魔法を同時並行で展開から発動まで行うとなると、優先する魔法以外は著しく完成速度が遅くなるという弱点を持っているのにね」


リファエルは希望の言葉に何も答えない。しかし内心では、やはり侮れない男、と評価を再確認していた。この男、希望は快楽主義者で自己中心的な天使であるにも関わらず、観察力、推測力が異常に高い。天使という生まれながらに備わっているスキル、『感覚センス』に頼らずとも、敵の攻撃が分かる、と説明されたら異常性が理解できるだろう。


「話は変わっちゃうけどさ、本当に驚いたんだ。リファエルちゃんがこんなに強くなっているなんて。だからさ、僕、リファエルちゃんを本気で僕のコレクションに入れたいって思った」


隠されていた希望の狂気が露わになる。その希望の言動に、リファエルは何も表情が変わらない。当たり前、と言わんばかりに言い放つ。


「あっそ、でも私は皆の元に帰るよ。私を甘やかしてくれているラミエル、私を心の底から尊敬しているカミア、たまに飴ちゃんをくれるアラン、実のお姉ちゃんみたいにしっかりしてて優しいシャロン、一緒に騒いでいたエイドル、フェナ、魚をよくプレゼントしてくれるアルゼルド、そしてこんな私でも認めて叱る時は叱って優しい時は優しくするエンちゃん。私はそんな皆が好きで、だから帰る」

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