第22話 紅蓮と白鯨と保護者

理玖が炎を纏っている翼を大きく振る。翼の先から小さな焔が出現する。その小さな焔の中には信じられない程の熱量が溜まっており、これ程の現象は無名状態だと魔力を用いないと成せない技だ。


紅蓮状態の炎には二つの種類が存在していた。一つは紅蓮の象徴とも言える再生の炎。この再生は自身にも、他者にも掛ける事が可能な利便性に溢れた炎だ。もう一つは攻撃的な炎だ。紅蓮は再生や援護、救護に集中している形態ではあるのだが、攻撃はもちろんある。でなくては援護ができないし、救護をする事ができない。


基本は再生などの要素である為、飽和攻撃魔法や光線など魔法は得意では無い。しかし紅蓮には炎があった。紅蓮とは魔王の中で最もな炎の扱いに長けている形態。基本としている再生の炎では無い攻撃的な炎であっても中々の威力を誇る。


焔が鯨に向かって飛んでいく。その焔の攻撃を海に潜って避けるのだが、焔は海の表面に触れても爆発する事などせず、鯨をいつまでも追尾している。紅蓮状態の長所でもあり、短所でもある点。広範囲殲滅破壊型の魔法を使えない代わりに、広範囲多撃追尾型の魔法が得意な事だ。


紅蓮状態になってまだ間もない理玖であったとしても、この程度の追尾技は使える。


何十秒後も、何分後も自身を追いかけて来る焔に苛立ったのか、鯨は咆哮をする。鯨のその行動に海は荒れ出す。荒々しく波を立て始める。自然の暴力もも言える海の攻撃に理玖の焔は完全に消え去る。鯨は海の表面に上がる。敵意の瞳で理玖を見据える。海の海水を利用して魔法を発動させる。


しかしその魔法が当たる事など無かった。もうすでに行動をしていたのだ。鯨が敵意を見せ、魔法を発動するのに三秒掛かった。三秒掛かったのだ。今の紅蓮状態は他の魔王形態と比べて俊敏さが極めて高い。ノーマルフォームでも次の攻撃に移せる秒数だ。紅蓮状態の今の理玖にとって遅過ぎるのだ。


白之虎鳥はっこいってんかちょう


鯨の腹に脚撃をお見舞いする。魔王変化をする時に殆どの強化が渡っている脚の攻撃を。衝撃も威力も、獅子状態で放つ通常の攻撃よりも高い。


鯨は吹き飛ばされる。海の中なので緩和をされているのだろうが、それでも勢いよく吹き飛んでいる。海の外だったらどうなっていたのだろうか、という少量の疑問を抱えながら、翼を揺らして海に突っ込んでいく。


理玖が今ある海の高度より遥か下の地点で大きな揺れを感じた。この揺れは地震などでは無く、鯨がぶつかった事で起こった揺れだとすぐに把握できた。どれだけ自分の脚攻撃は強力なんだ、と自身に対しての呆れを感じながらその地点に向かっていく。


向かっている途中に海を利用した魔法が飛んできた。海の中で発動されているので速さが強化されており、推測だが威力も強化されているのであろう。まあ、それでも理玖にとっては遅過ぎるのだが。その魔法を避けた後、魔力が発生した地点をバッチリ確認できたので先ほどよりも素早く向かっていく。


その速さは人類よりも遥かに優れた身体能力を持っている侵食領域主でも確認できない程の超スピードだった。脚を構え、鯨に向かって理玖は上へ蹴り上げる。先程よりも力を加えた蹴りは、蹴られた地点を魔力で覆っていたのにも関わらず吹き飛ばした。理玖は再度移動をする。


今度は鯨が来るであろう上空に移動をする。理玖の狙い通り鯨はその上空に吹き飛ばされた。三度目の強烈な蹴りを理玖が喰らわせようとしてた……のだがある一匹の竜によって防がれた。この竜は見覚えがある。エイドルが『此奴は新入りの中でも結構骨があるんだよ。俺の攻撃、つっても1%なんだけど防いだんだよ』と笑いながら写真越しで紹介してくれた竜だ。


「ソノ攻撃、一度辞メテモラエヌカ?我ガ義娘ガ悪カッタノハ認メル。此奴ハマダ生マレテカラアマリ経ッテイナイノダ。ドウシテモ、ト言ウナラバ我ノ首デ勘弁シテ頂キタイ」

「別に、僕は其処まで怒ってはいないよ。ただ、売られた喧嘩は買わなきゃなんかムカつくからしてただけで」


理玖は攻撃の意思がもう無い、という事を示す為に体中に纏っていた炎を止める。その行動に竜は安堵の息を吐く。


その安堵の息に理玖は竜の評価を上げる。分かっていたのだ、相手が圧倒的強者なのだと。戦ったら100:0で負けてしまう事も。それでも、命を懸けて戦おうとした。自らの愛しい、愛しい家族の為に。自身の娘の為に。そんな自分よりも他人を優先するバカは少ない。


思いを持つ物は綺麗事を言う。親というのは自分よりも子供を優先するものだと。しかし本当に命が失われそうになり、反抗したら自分と子供の命が消えて無くなってしまう。けれども子供を見捨てたら自分の命が助かる。そんな状況で、反抗をする者は少ない。


理玖は少し、ほんの少しだけだがエイドルが理玖も気にいる奴、と言っていた意味が分かった気がした。まだ気にいるかどうかは分からない。まだまだ会ったばかりなので、気にいる判定をするには早過ぎる。しかし、骨がある奴、という言葉には同意をしておくとしよう。


「少し、良いか?」


理玖は少しワクワクしている気持ちを抑えながら、ある言葉を告げた。

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