第21話 紅蓮の力

無名無法王冠の本部がある上空の遥か下。何百メートルの高さがある崖の一番下には海がある。理玖の鼻に海の心地良い匂いが巡る。


波音が耳に響く。自分の【紅蓮なる魔王】としての可能性を夢想していく。今の赤メッシュが入り、タトゥーが炎を纏っている鳥の状態では本領を発揮できていない。明確な根拠は無い。しかし理玖の脳内にはその答えが出現していた。


魔王だから、その魔王の力に対して理解ができる。この感覚は誰にも理解はされないだろう。して欲しいとも思っていない。闇が、罪が、数え切れないほど詰まったこの力など。


「見つけた」


可能性を夢想している理玖は一つの地点を見つけた。その地点の力を発現しようと、紅蓮の象徴でもある再生の炎を身に纏わせる。


炎は背中の一部、足に集中する。背中からは再生の炎が燃え盛っている翼が生え、足は同じくして再生の炎を纏っている鳥の脚になっていた。此処まで大きな変化は獅子でも経験をしていなかった、こんな姿になろうとは予想もしていなかった。


鳥の脚でピョンピョンと跳ねる。今の身体能力がどれだけなのか、確かめる為だ。そう確認しているとある事実に気づいた。力などはあまり上昇していないのだが、跳躍などは上昇していた。仲間を助ける為の形態変化だからなのだろうか。そんな予想を立てていると、次は新たな考えが出てきた。


俊敏さも上昇しているのでは無いか、という考えだった。何故そんな考えになったのかは、仲間を助ける為の形態変化、というのが、ポイントだ。仲間を助ける為の形態ならば、跳躍力だけが上昇しても意味はない。いや、意味はあるのだろうが、劇的に仲間を助けやすくなる、というのでは無い。


少し崖から下がる。そして変化した脚に思いっきり力を込め、走る。その瞬間、驚愕に染まるような体験をした。跳んだ距離は目視からして推定3000メートル、と言ったところだろうか。理玖は魔力など纏っていない。この状態の素の身体能力が知りたかったのだから当たり前である。


この距離は獅子状態でも魔力を纏わなければならない。理玖はこの形態について理解する。獅子状態が戦闘をする為に全身強化をされているならば、紅蓮状態は仲間を助ける為に脚強化特化にされている。此処まで強化されているのはもし戦闘になった時の為、というのがあるのかもしれないが。


「うーん……此処まで強化されると逆に使い難い。何が使いにくいって脚操作だよ、脚。救護の為に脚をこんなに強化させるとか何考えてんの?」


理玖がそんな独り言を言葉にしていると、突如脳内に二人が現れた。救護協定団団長、副団長のアランとラミエルだ。


『エンド様、脚とパワーは大事だぞ。救護においては特にな』『お前、救護の基本を知らないのか?救護に一番な必要は医療技術では無い。速く運べるように、そうさせた者をぶっ潰せるように、圧倒的なパワーが必要だぞ』


出てきた二人はそんな馬鹿げた言葉を口にしていた。常人が聞いてしまえば「は?何言ってんの?」と言う事間違いなしだが、一般人どころか、逸般人ですら無い理玖は納得をする。医療技術を持っていても反抗する術が無くてはその怪我した者、または瀕死の者を殺させてしまう。


あの二人がいつまでも強さを求めていたのはそういう事なのか、と理玖は翼で飛びながら頷く。


理玖は翼による飛行に慣れ、順調に飛んでいた。何事にも巻き込まれる事など無く。いや、順調に飛んでいた(過去形)になってしまうだろう。何故過去形になるのかは、下を、海を見ればすぐに分かるだろう。理解が瞬時にできるだろう。コルエスという惑星には侵食領域主という大きい化け物が存在している。


並大抵の人間であれば反抗する手段など存在していなく、昔まで人類滅亡の危機に瀕していた。最近は蛇竜軍元帥であるエイドルに見かけたらすぐに殺されているので安心して暮らせるようにはなってきたのだが。それでもエイドルの活動圏である人間領域以外はまだ居るのだけれども。


そして此処はエイドルの活動圏外である侵略領域主達の領域、侵食領域である。


海面には鯨が居た。全長500メートル程の化け物鯨が。鯨は魔法を展開し始める。侵食領域主の魔法は生まれ育った属性の自然を利用する。この場所は海である。鯨にとっては魔法を発動するのに資源は困らないだろう。


「何!?僕はトラブルメーカーかなんかなの!?僕が力を得てから結構な戦闘に巻き込まれてるんだけど。何や!?僕に主人公補正でも付いてんのか!」


※理玖のトラブルメーカーは素です。


「ふっさげんな!なんか知らんけどマジでふざけんな!」


叫びながら魔法を避け続ける。この数時間で身につけた翼飛行のコントロール技術、それを駆使して避ける。避けなければいけない。この状態は脚強化特化である為、避けなければダメなのである。


しかし向かってくるのは途轍もない量の魔法。この数時間である程度のコントロール技術は身につけたのだが、この魔法を全て避けるのは至難の技だ。理玖が身につけたのはの技術であって技術では無い。


魔法が理玖に直撃する。致命傷は避けられないと思い、歯を食いしばって痛みを待つのだが、全くと言って良い程に来ない。衝撃も同じくして来ない。


理玖の脳内にある考えが生まれた。それと同時に自分は何て馬鹿なんだ、と自虐の考えが生まれた。自虐をしなければ恥ずかしさで死んでしまいそうだ。紅蓮状態は脚強化特化であるのは間違いないが、それは変化時の強化を脚に多く注いだからだ。全くの無強化という訳では無いし、ノーマルフォームである無名、無法状態の身体能力が消える訳では無い。


つまり……攻撃を喰らったら即致命傷なんて考えは理玖の勘違いに過ぎない。


「うわ!恥ずかしっ!こんなミスする事ある?……あるからこうなってんだろうな」


理玖は自身の勘違いに悶えながらも、鯨を見据える。鯨は自身の魔法が全く効いていない理玖に驚愕を露わにする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る