第20話 かき氷シロップパーティ

「祝!僕の退院!」


エンドの退院!と書かれている大きな紙を広げる。こんな事をやりたいと言っても最高幹部達は手伝ってくれないので、自分で作ったのだ。


誇らしげに理玖はドヤ顔を晒していると、ラミエルから頭をバチン!と叩かれた。突然来た衝撃に頭を抱えていたら、ラミエルから呆れたような言葉が飛んできた。


「お前、本当に何をやりたいんだ?私は忙しいって言ってるよな?分かってる筈だよな?」

「ごめんごめんごめん!謝るからそのピコピコハンマーで殴るのやめて!普通にうるさい!」

「うーん、エンちゃんはこの時期だからあんまふざけないと思ってたんだけどな。いつもと同じように戻っちゃった」


何でだろ、と呟く天使が一人。無名無法王冠の天遊軍で元帥の名を授かっている熾天使。【至りし天誅】リファエルだ。


リファエルの言葉に隣に座っていたシャロンはしょうがない、と言わんばかりの苦笑いを浮かべる。一番シャロンが理玖の事を見てきたのだ、もうどうしようも無い事ぐらい分かっている。







「うぅ、頑張って作ったのに」

「忙しい時期なのに私達を呼び寄せてパーティをしたいって言ってる時点で妥当だと思いますよ」

「しんらつぅ!」


シャロンのその言葉に少し悲しみながらも、元々の目的だったパーティをする為に装置を取り出す。かき氷に掛ける為のシロップ装置を。


無名無法王冠の最先端技術を内包させている為、費用が途轍もなく掛かった。日本円で換算して約3兆532億743万円だ。この値段は値下げされてある。ヘイランが儂と主殿の仲だから、と値下げしてくれたのだ。一応値下げ前の値段は聞いていたのだが、値下げしてくれて良かったと感じている。


値下げをしていなかったら理玖が抱えている貯金が全て吹き飛ぶところだった。今でさえ三分の一が吹き飛んでいるというのに。


かき氷用に用意していた皿を『箱』から取り出し、シロップを注ぐ。ランダムに苺、メロン、カメムシ、ソーダ、クワガタ、カブトムシなどがある。市場に売ってあるかき氷シロップとは違い、シロップによって味は変わってくる。


材料を搾り取った後、人工甘味材も混ぜているのできちんと甘くなっている。


「ほら」

「あの……何ですか、これ」

「かき氷シロップ」


理玖の言葉にシャロンは額に青筋を浮かばせる。シャロンはあまり感情を表には出さず、笑みを浮かべているのでこの表情を見るのは久しぶりである。


シャロンはかき氷シロップが入ってある皿を投げ飛ばす。流石暗殺者エルフで【25刻の女王】であると言ったところだろうか。身体能力が高いエルフと言えども、此処までの速さは極めて珍しい。理玖がしゃがんでそれを避けると、皿は壁を貫通し、全ての壁を突き抜けて青空で爆発を果たした。


その腕前に感心をしていると、シャロンの方向で膨大な魔力量を感知した。模擬戦の時でも開放していなかった力。シャロンが刻王衆の統括として君臨している理由でもあるスキル。『武装』を開放していた。


大規模な範囲では無いのを見るに、簡易展開だろう。簡易展開は単体に集中した武装である為、この状況は理玖にとって不味い以外の何者でも無いのだが。額に冷や汗をかいていると、シャロンから声が聞こえてきた。正確には、シャロンの顔横に展開されている水色の輪からだが。


「シャロン、一旦落ち着いたら?多分エンドっちの事だから費用を使い過ぎて氷のヤツが無いとか、そんな感じでしょ?エンドっちってバカだから」

「その通り、その通りなんだけどさあ……!優しい言葉ってのをご存知ない!?」


理玖が【24刻の管理者】であるフェナに心を抉られ、地面に倒れ伏していると、落ち着いたようなシャロンの息音が聞こえてくる。


体が無事なのに安堵をすれば良いのか、精神がズタボロなのに嘆けばいいのか、そんなごちゃ混ぜな感情に顔を歪めていると、シャロンに頭を叩かれた。ラミエルのようなキツイ叩き方では無く、優しい叩き方だ。起きて、という意思が籠った。


「すみません、少し勘違いをしてました。そうですよね、エンド様がそんな事をする訳無いですよね。考えずにやったら氷が作れなかったっていうバカな結果ですもんね。考えてみたら分かります。私がもっと考えれば良かったです」


シャロンからの言葉で精神的大ダメージを負ってしまった。分かっているのだろうか、半身であるフェナよりも更にキツイ言い方をしている事に。分かっていないだろう。シャロンは基本的に無意識で心を抉るタイプだ。


フェナのように意識してない言葉の方が効くものがある。フェナは意図的にバカにするような発言しているのでまだ何となるが、シャロンの様な素直な発言は別だ。常日頃とはいかずとも、結構思っているという、そんな事になってしまう。


「クリティカルヒットで草」

「草じゃねえんだヨォ!」

「あ、立ち直った。そんでさ、これ何味なの?めっちゃ黒色だけど。エンドの事だからなんか細工してあるんでしょ?」


そう心底不思議そうに聞いてくる黄色の尻尾に稲妻が宿っている角を生やしている金髪の男がいた。エイドル、蛇竜軍元帥である【稲妻皇帝】エイドルである。


エイドルの言う通り、細工はもちろんしてある。其方の方が面白くなるような気がして、細工をしてあるのだ。その細工内容としては魔力を宿らせてあり、魔法が出現する。出てくるものによって効果は違うのだ。例を挙げるとするならば、飲み込んだ数秒後にその液体がある所に小規模な爆発が起きたりする。


その説明を聞いたエイドルは疑問そうだった顔は無表情の冷徹面に変わった。この冷徹面も理玖からしてみれば久しぶりだ。今日は久しぶりのものがたくさんある、と考えていると、エイドルは笑みを浮かべていた。少し恐怖を感じるような、そんな笑みを。


「ははは……お前が飲めや!」

「ガボゴバゴボ!」


理玖はエイドルに強制的にシロップを飲まされる。強制的に飲まされたので吐き出す事ができず、そのシロップを飲み込むと舌に大きなダメージが与えられた。魔法効果云々では無い。シンプルに、ただシンプルに味が美味しくなかったのだ。


味としてはカメムシ、テントウムシ、クワガタ、カブトムシ、アリ、トンボ、ダンゴムシの虫七連コンボの味だった。シロップの中で一番不味いとも言えるものを自分が引くとは……と思考に浸っていると体から火花が生じた。火花はどんどんと拡大していき、一つ一つが炎と言えるくらいに成長した。


その炎が理玖のタトゥーに集中する。黒い眠れる獅子は変化していく。翼を開き、炎を纏っている鳥へ。獅子のような欲望を解放する王とは違い、大切なものを守護する王に変化していく。白銀の理玖の髪にメッシュが宿る。この感覚は獅子の時と同じなのだが、その後の感覚は違っていた。


戦闘欲を膨張させるのが獅子であった。この姿は、そんな欲望を打ち消す。仲間を癒す魔法、守護する魔法。無法、獅子の魔王とは違い、広範囲の破壊技はない。あっても広範囲の追尾型魔法だ。


「えぇ……こんな事で目覚めちゃって良いの?」

「魔王覚醒条件は様々ですからね。……この姿は獅子とは真反対みたいですね」

「ま、そうだね。本当に真反対だ。名付けるのなら何だろうね。守護?不死鳥?再生?なんか違うんだよね。……あ!良いの思いついた。この状態の僕は【紅蓮なる魔王】だ」

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