第17話 影vs魔王 3

闘志の影は理玖の分かりやすい挑発に乗り、自身の魔力を滾らせた後、神速といっても差し支えないスピードで迫ってくる。それに対し、同じ程度のスピードで闘志の影に向かう。


闘志の影が攻撃を喰らわせようと顔面に拳を向かわせる。先ほどまでの理玖であれば喰らっただろう。しかし今の理玖は燃え上がる闘志の炎、研ぎ澄まされている感覚。そんな様々な要素が理玖の背中を押したのだ。一時的なのだが、理玖を新たな強さのステージへと上げたのだ。


その感覚の中には魔力操作の感覚も入っており、普段の理玖の魔力操作技術では考えられない程の高みの魔力操作技術を披露していた。そんな無駄な要素が大幅に削られ、魔力纏いによる強化幅が大きく上昇している魔力が大きく籠っている拳が闘志の影の腹に入る。


強烈、そんな言葉が似合う昆布にの打撃攻撃に血を吐く。しかし痛みには怯まない。理玖が魔王という称号に誇りを、矜持を持っている事と同じくらいに闘志の影は十二狂典も一人、【闘志の狂気】の影だと言うことに誇りをもっている。


闘志の影は痛みを堪えながら両腕を前に出す。魔法を発動され、理玖はその魔法の中に呑まれてしまった。しかし、魔王たる理玖がここで終わるわけなどなかった。先ほど腹に拳を与えていた右拳を引き、魔法を打ち消していく。


魔法を消失させる為に強化に使っている魔力の出力を上昇させる。


パリン、という魔法が崩壊したような音が鳴り響く。理玖の拳と、闘志の影の魔法との均衡が崩れた。理玖は出している拳をそのまま前に出す。闘志の影は魔法を先ほどまで放出しており、その魔法を壊せれた事で隙だらけになっていた。すなわち、今の闘志の影が避けられるかと言われれば……否である。


拳が腹に突き刺さり、裂いていく。闘志の影の血が理玖に降りかかる。しかし血に慌てる事は無い。血が掛かるのがダメ、という潔癖症では無いし、これまでいくつもの血を見てきた。紫色の人外のような色や、黄色の人外のような色や。黒色のような人外のような色、正に人である赤色の血をたくさん見てきた。見てきた数としては人外のような色が多い気がするのだが、それで血に慣れているのだからセーフだろう。


「ありがとう、心の底から楽しめた。獅子なる魔王として礼を言おう。じゃあな、戦に生きる者」


掴んでいる顔を離す。理玖は背中を向き、二度と再生をしないように、木っ端微塵に吹き飛そうとする。魔法を発動し、爆発させる。


先ずは一人、と息を吐いていると、周囲から魔法の飽和攻撃を受けた。しかしその攻撃は当たる事無く、理玖の防御魔法で全て防がれていた。


理玖はある魔法が来た途端、防御魔法を解除して全力で避ける。輪廻の影の攻撃だった。生者を死者に、死者を生者にする反対の魔法だった。理玖の力になる前の魔王であったのならば、避けなかった。効かなかったからだ。


あの魔王は生きている、死んでいる、その境目が曖昧だったからだ。生きている分類には入るだろうが、死者にはならないを精々、割と痒いな、程度であろう。


あの魔王の力へと少しずつだが近づいている理玖でもあの魔法は無理だ。直に受けたら死んでしまう。あの魔王程理玖の生死は曖昧では無いからだ。


少し冷や汗を掻きながら笑みを深める。獅子としての、頂点としての性格が現れ始めている。その状態に少し不味い、と思いつつも楽しいと感じている。それに葛藤していると、防御魔法を解除したのを隙に捉えたのだろう、魔法を連射してきた。


ため息を吐く。偏愛の影と久遠の影にイラついてきたのだ。輪廻の影の攻撃には少し楽しいと思った。しかし、しかしだ。久遠の影と偏愛の影はどうだ?チクチクチクチク、と魔法を撃ち放っているだけだ。弱い魔法を放っているだけだ。


今の【獅子なる魔王】である理玖からすれば許し難い事だった。獅子である理玖は戦闘を重要視する。戦闘は心踊る素敵なものだと思っている。相手が強者であればある程心の焔は燃えてくる。その心の焔を誰かに邪魔をされたらどうなるだろうか。


例えるとするならば、キャンプファイヤーが好きな男が居るだろう。キャンプファイヤーが見るのを楽しみにしていた。その為にキャンプに来たのだと。それを水バケツを掛けられて消されたら?その消した対象が自分が石ころだと認識している者だったら?


憎悪?……違う。殺意?……違う。復讐?……違う。


答えはもっと小さな感情。ドス黒い、とは行かなくとも灰色の感情。日常で誰しも感じる感情。それはイラつきだ。


このイラつきは【獅子なる魔王】に変化したから生じた事だけでは無い。


魔王の魔力を持つ事には代償がある。思考が悪逆卑劣な魔王思考になる事だ。理玖は魔王に対して信じられないくらいの耐性を持っている事で何とか緩和できているが、それでも限界は来る。獅子の状態は魔王の中でも一番欲望を優先する姿だ。快、不快が中心なのが魔王というものだ。そんな魔王が欲望中心の姿になり、時間は割と経っている。結果は誰にでも分かる。


「イラつくなあ、本当にイラつくなぁ!?」


目の前に居る六人の影達が叫びによって怯む。圧倒的な恐怖、それによって顔が歪む。恐怖で足がガクガクと揺れる。吸っている息が過呼吸に変化していく。


残酷なまでの自己中心の塊が、残虐なまでの快、不快を行動原理の化け物が解放される。


白紅ノ皇苑宙ドミニスクトラグル・インピクター・アギゴルデルビン


「まずは偏愛と久遠……死ねや」


理玖の背後に触手が現れ、偏愛の影と久遠の影を貫いた。

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