第15話 影VS魔王

『エンド様、準備が完了しました』


ある一室にそんな声が響き、壁に穴が開く。息を深く吸う事で魔力の流れを活性化させる。


「OK、行ってくる」


その言葉にそう返事をした後、開いた壁に身を飛び込む。魔法による空中飛行は使用せず、物理法則に合わせて落ちている。


魔力を活性化させた事で下の海にある七つの強大な魔力を魔瞳を通して見る。そして位置を確認した後、その魔力に向かって魔法を発動させる。膨大な魔力を魔法に注ぎ込み、簡素な魔法を強烈な質量魔法へと変化させる。


理玖の体が海の水に激突する時、魔法も七つの魔力に向かって激突する。衝撃によって海が荒ぶる。自身の魔力が空気中に大規模に散らばる。次の一手を撃つ為に。敵側に次の一手を先に撃たれない為に。海中で魔法を展開する。


そして魔法を放射し、七つの対象に向かわせる。避けれないように、今度は数の魔法で攻める。しかしそんな魔法軍団でも一人、一人だけ避けられた。海の中を急速で動いている魔力がある。


この魔力ならば【闘志の狂気】の影だろう。身体能力が一人だけ異様に高い。


魔力を体に込め、向かってくる闘志の影に攻撃の意思を示す。


正に神速な速さで両者は移動する。両者の激烈な拳がぶつかる。否、ぶつかりそうになったのだ。理玖が瞬時に拳を引き、闘志の影の腹を蹴り上げる。


蹴り上げられた闘志の影は大きく吹き飛び、海を突き抜けた。吹き飛びながらも、体勢を整えて理玖を探していた。しかし理玖はもう海には居ない。既に背後に移動しており、腕を掴んでいた。一本背負いをし、再び吹き飛ばす。叩き落とされた闘志の影は海で柱を出現させていた。


流石十二狂典の影、と言うべきか、タダでは落ちないみたいだ。吹き飛びながら魔法を展開する。先程海中で展開した数を意識した魔法と同程度の数だった。その魔法を避けようと体を動かそうとするが、一度体を止め、その魔法を相殺する為に魔法を展開する。


己よりも上にいるのは無名無法王冠の部下だ。今此処で避けたらその部下達に当たるだろう。最悪、死んでしまうかもしれない。それは仲間を、部下を大切にしている理玖にとっては禁忌そのものの選択だ。そんな選択を選べる筈が無い。


異端ノ神罰ウェイブルハート


咄嗟に魔法を展開したからだろうか、魔力効率が絶望的に悪い。数秒も時間は無かった。0.3秒や其処等だろう。そんな僅かな時間で魔法の土台を作れたのは上出来なのかもしれないが。


理玖の魔法と闘志の影の魔法がぶつかり合う。魔法と魔法の激突で魔力による煙が発生する。しかしそれでも魔法の展開を辞めない。理玖の魔法が闘志の影の魔法を押し始めてきた。魔力の出力が上がってきたのだ。気分がノッてきたのだ。


魔法の押し合いの勝ち負けが理玖の方向に向いてきた。理玖の魔法が闘志の影に至近距離まで迫っている。闘志の影は魔法を展開する事をやめ、魔法の防御に意識を注ぐ。しかしその選択は理玖からすれば愚行も良いところだ。


魔力を収束させ、先程よりも強大な質量魔法を発生させる。そして鋭利に、小さく纏める。


発射されたその質量魔法は闘志の影の防御魔法にぶつかる。一瞬、一瞬の間だけ張り合うが、すぐさま質量魔法が勝つ。防御魔法がメキメキと剥がれ、質量魔法に包まれ、片腕を消し飛ばされながら吹き飛んだ。


その光景に少し息を吐くと、背後から急に吹き飛ばされた。理玖は驚きながらも、空中で体勢を整えてから空気を蹴る。


その向かってくる理玖に向かって偏愛の影は魔法を展開する。魔力が大きく乗り、重さも充分ある魔法だった。無名魔法王冠の最下位幹部であれば壊す事もできないであろう。しかし此処にいるのはそのボスである。総合的な実力で最強と言われている理玖なのだ。


魔力が籠った拳を前に出し、その魔法を貫く。そしてその貫いた拳は偏愛の影の顔を殴る。予め顔に魔力を纏わせ、硬化をしていたのだろう。まるで人間時代の頃に鉄を殴ったような感覚だった。


偏愛の影はニヤリ、と悪辣そうに笑い、理玖の腹に膝蹴りを喰らわした。強烈なダメージに目を見開かせながらも、理玖は更なる魔力を纏わせた拳で殴る。


その攻撃に偏愛の影は揺らぎながら、魔法を展開する。鈍い質量魔法では無く、極限まで鋭利を突き詰めた魔法。その魔法が理玖の頭に当たりそうになったが、咄嗟に頭をずらして避ける。


しかしそれでも掠りはした。頬から血が垂れる。少し怪我をした。この者達は自身を傷つけられる。その事実に闘争欲が湧き立つ、溢れ出す。高揚感に包まれる。理玖の中に眠っていた眠れる獅子が目を覚ます。


「ははっ!面白いな、お前!」


【獅子なる魔王】に変化した理玖の身体には闘争心が心の中を埋め尽くしていた。その闘争心を魔力に変換し、とびっきりの打撃を喰らわせる。【獅子なる魔王】に変化した理玖の体は強靭に昇華していた。拳を喰らった偏愛の影は瞳を白目にしながら落ちていった。


その落ちていく偏愛の影を瞳で追いながらも、手を背後に翳す。


魔法を放射し、背後から迫ってきていた魔法を打ち消した。理玖は後ろを向く。ケラケラ、と不気味に笑いながら。その魔法を放った久遠の影は冷や汗を垂らし、少し後ろに下がる。


冷たい風が二人を包み込む。


「楽しくなってきたな。お前は、お前等はどう思う?なあ、【久遠の狂気】」

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