第10話 魔王の休息

「気持ち良いですか?エンド様」

「何て言うかな、すっごい恥ずかしい」

「私は気持ち良いのか、と聞いているのですけど?」


シャロンの言葉に理玖はすみません、とか細い声を口に出す。


理玖は自身の心の休息の為に膝枕をして、髪を撫でてくれているシャロンの意図は分かっているので、全身に入れていた力を抜く。


先程まで感じていた痛みが辛さが引く感覚に入った後、疲れが一気に襲いかかってきた。疲れとしてはそれだけでは無い。


魔王としての新たならステージ、【獅子なる魔王】の覚醒。【無名なる魔王】、【無法なる魔王】としての土台があろうとも、新たなる魔王の覚醒は体に負担が大き過ぎるのだ。


理玖は考える。自身が到達した【獅子なる魔王】の対策方法を。化身との戦いでは必死に抑えたので醜く猛獣のような闘志は表さなかった。しかしあの戦いが何分も続けばどうだ。死んでいただろう、大切にしている仲間の宗介も、新たなる仲間のイリアも。


「今は休憩タイムですよ。そんなに顔を苦しそうに歪めてたらダメです」

「でも……!」

「分かっています、新たなる魔王に覚醒したのですよね。エンド様の膨大な魔力は更に膨れ上がっていましたから」


だったらどうして苦しませてくれないのだ、と更に顔を歪めながら拳を握る。


二人を己の手で死なせるかもしれないという罪悪感が理玖を蝕む。魔王であるが故に皆を傷つけてしまう己が憎く感じてしまう。


自身の力の元の持ち主だった魔王は悪だった。そんな悪に自分もなってしまうのか、そんな未来が怖かった。そんな未来を想像してしまった、大切にしたいと思っているのに死を考えてしまった自分自身に泣きそうになる。


「その程度でエンド様は折れるので?折れないでしょう。でなければ何故そのような、魔王としての力を振おうと決めたのですか」


シャロンの言葉に心の中で曇っている自分の鏡が晴れた気がした。何故、どうして、自身は魔王になると決めたのだろう。王というのは皆を統べる者。


覇王というのは覇を突き進み、王の道を行き、我を貫き通す。


ならば魔王とは何なのだろうか。魔王とは悪だ。それは世界の共通認識である。ただの魔を統率するだけの世界もあれば、世界を滅ぼそうとする魔王も、魔ナル者の為に人族を滅ぼそうとする魔王もいる。そしてその魔王達の共通としては、一方的な悪だった。


正義が勇者、そう世界は決めた。魔王が正義を背負ったらダメなのだろうか。


理玖が導き出した答えは否、である。悪を背負うと同時に正義も背負ってはならないと誰が決めた。


「ありがと、少し目が覚めた」

「なら良かったです」


シャロンは理玖の言葉に満面の笑みを顔に刻んだ後、撫でる事を再び始める。


先程までは恥ずかしさ等が存在していたが、今は甘える事しか考えていない。この場の理玖は魔王では無い。ただの少年だ、甘えたいだけの少年だ。


シャロンはその甘えてくる少年に安堵したような顔を浮かべる。


理玖はその顔が少し気になったが、撫でられる事での心地よさで意識は闇に堕ちた。








瞑っていた瞳を開ける。碧色の眼が映すものは三時間程時間が進んだ時計だった。久しぶりによく眠れたな、そんな事を思いながら再び眠ろうとすると、膝枕の主であるシャロンから強めに指を弾かれる。


目覚めてからのいきなりの感覚に一気に目が覚める。しかし目覚めるつもりは無く、シャロンの腹に抱きついて再び寝ようとするが、また強く指を弾かれる。


「何すんのさ」

「何すんのさ、では無いですよ。此処、私の膝ですよ?それ分かってます?」

「分かってるよ。だからこんなに気持ち良いんでしょ?常日頃からやって欲しいな。よく眠れるから」


理玖がそんな事を言うと、シャロンはため息を吐いた後に頬を平手打ちする。


力はあまり無く、咎めるだけの平手打ちだった。しかしいきなり平手打ちをされた理玖は衝撃で固まり、頬を膨らませてぷりぷりと怒り出す。


「僕はまだ休息タイムだよ?」

「別にそれは良いと思いますよ。大分無理をしたみたいですし。寝たいなら寝て良いと思います。でも私の膝で寝ないでください。流石に長時間同じ姿勢は辛いんですよ」


理玖はその言葉を聞き、渋々と立ち上がる。そしてシャロンの手を掴み、部屋を出る。


今日一日は働くつもりは無い。けれども皆の姿が見たかった。ただ、安心したかったのだ。例え孤独の獅子に変化しようとも、皆が連れ戻してくれると言う確信が今は欲しかった。


訓練場に着き、特訓をしている無名無法王冠のメンバーを見る。素振りをしながら魔力を鍛えている者もいれば、模擬戦をしている者も居る。


己が宣言した『我等が勝つ』という言葉を実現させる為に鍛えているのだ。自らが王として、主として忠誠を誓っている理玖を嘘吐者としない為に。


理玖は暖かい気持ちに包まれる。こんな自分にも深き仲間が居るという事実に。こんな未熟な魔王に命を賭けようとしてくれる心に。


「話しかけますか?」

「いや、話しかけないよ。僕の為に頑張ってくれてるのに僕が邪魔しちゃダメでしょうが」

「そういう魔王らしく無いところ、好きですよ」

「ふふん、残念だけどこれが僕の魔王らしさだ。僕が僕である事が僕が見出した魔王らしさだ」

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