第8話 無名と魔王と兵器

「少女、名前は?」

「そんなもの、付けられていない」


理玖は少女の言葉にだろうな、と言う納得を覚える。何となく分かっていたからだ、あの男が態々物と思っているのに名前をつける訳が無い、という事に。


理玖はそれに対して怒るつもりは無い。科学者としての色々な考えは少し理解できるつもりだ。理玖は魔法使いで剣士で侍で聖職者で悪魔祓いで退魔士で研究者で科学者でもあるからだ。


しかし納得はしない。自身の技術を先に進める為と言っても、限度はある。その限度をあの男は通り過ぎていたのだ。例え人工生命体だったとしても命があるのは変わらない。


「名前、俺が付けてあげよっか?」

「良いの?……お願い」


理玖は少女の答えに頷き、考える。名は体を表す、と言う。名前で行くべき道が変わると言っても良い。人とは精神で影響されるもの。精神とは色々な事で影響されるもの。それは名前に関してもそうだ。人と同じような精神を持っている少女の名前を決めるという事は道を決めると言っても差し支えないだろう。


理玖は考えて、考えて、考えて、その先に思いついた。少し前にシャロンと共にある世界へと出かけ、見つけた花言葉。とても美しい花に完璧に似合っている花言葉。


理玖はそれを選んだ。例え魔力を吸収される事が毎日だったとしても、光を捨てなかった少女にピッタリと称して選んだ。


「イリア。黄色の綺麗な花で花言葉は光り輝く希望だ。俺と一緒に来るか?イリア」


理玖はイリアに対して手を伸ばす。この少女の強さならば一人でも生きられる、そう判断しての問いだった。


しかしイリアにとってその問いは迷うまでも無い。着いていくの一つしなかった。強い、強く無いの問題では無い。理玖がイリアに名前を付けた時からイリアは決めていた。理玖に忠誠を誓うと、身も心も全て捧げると、そう決めたのだ。


イリアは手を取る。理玖の伸ばしてきた手を。








「マスターの部下が地下で戦ってるの?」

「そうだな、身体能力は決して高いとは言えないが、優秀なのは確かだ」


理玖はイリアに対してそう嬉しそうに口にする。イリアは理玖が優秀と称する男がどんな強者なのか、気になったのだろう。イリアから探知魔法の前兆が見えた。


理玖は探知魔法が終わったのを見計らって、イリアの方向を見ると冷や汗を流していた。


イリアは上を見たのだろう、今では少しも見えない上澄みを。そして恐怖を感じている。


(良いねえ、合格だ。圧倒的強者に恐怖を感じている、そしてその恐怖を持っても戦おうとしている。忠誠を誓った俺の為に)


理玖はイリアの持っている感情、そして決意に対して期待通りだと微笑む。そうして微笑んでいると、奥から強烈な魔力のぶつかり合いを感じ取った。一つは宗介、もう一つは理玖が狙いとして来た兵器。


理玖の頬には冷や汗が浮かぶ。事前情報把握をしているから知っているのだ。宗介では勝てないと。


理玖があの兵器に期待していたのは、十二狂典に対抗できる策の一つと感じていたからだ。幹部一人で勝てるのなら期待はしていない。


焦り、その感情が頭の中を埋め尽くす。大事な戦力で、仲間でもある宗介を失う訳にはいかない。『箱』から自身の剣を取り出し、魔力を纏って斬撃を解き放つ。


斬撃と言うには膨大な質量を持っていた斬撃が宗介と兵器が戦っている部屋に撃ち込む。壁を貫き、宗介に当たる事なく像型兵器にのみ当たった。


「其方は終わったんすね!俺もう限界なんで抜けます!」

「んじゃイリアに背負われてくれ!」


理玖は宗介の腕を掴み、イリアの方向に投げ飛ばす。背後から「またこれっすか!?」と悲鳴のような声が聞こえたような気がしたが、気にせずに兵器に向かって斬撃を向かわせる。


先程の魔力斬撃でも分かっていた事なのだが、攻撃が全く効いていない。防御をする為の魔力出力を見る限り、出力はあまり高くない。それなのに攻撃が通じないという事は、素の防御が高いのだろう。魔王である理玖よりも更に。


理玖は己の剣に込める魔力を高め、斬る。その斬撃は兵器の耳を斬り飛ばした。兵器は斬り飛ばされたのすら気にせず、耳を再生する。しかし理玖は全くもって絶望などしていない。むしろ攻撃が通じているのを見る事ができて良かったとすら感じた。そして確信をしていた。この兵器に勝つ事ができる、と。


兵器は理玖に向かって魔法砲撃を放射する。理玖の魔瞳からの情報だと追尾型の魔法砲撃みたいだ。理玖は納得をする。これならば宗介も苦戦をするはずだ、と。しかしそんなもので理玖をどうにかできるという考えは間違いそのものだ。


理玖は魔法砲撃を剣で貫いた後、兵器の顔に向かって剣を突き、兵器の内部に侵入する。


侵入する際、象型兵器の装甲に剣が当たり防御と攻撃が拮抗するが、剣に込める魔力を高める事で防御を貫いた。


侵入した兵器の内部は歯車が数え切れないほどあり、歯車同士が回っている音が聞こえる。


理玖は壊れても直す事ができる、と思い歯車に傷を負わせる。少しの間その歯車が効かなくなったからなのか、魔力の電気が辺りを走らせる。


その魔力の電気は周囲に撒き散らす放電型になっており、理玖にも攻撃が当たりそうになるが、理玖はその魔力の電気を剣で弾く。


魔瞳の出力を強化させ、歯車の様子を確認する。魔瞳に載ってあった情報には一つの歯車では駄目だと、そう書いてあった。


ならば、と理玖は魔力を纏った剣を回転斬りし、周囲の歯車を一気に傷つける。そしてその傷つけた歯車全てを魔瞳の対象としていると、膨大な魔力反応を感じ、一気に再生する。


歯車は魔力の電気を放出する。先程のような全方位の放電電気では無く、理玖を狙いとした電気に変わった。


自身の剣で弾きながら避け続ける。動いている歯車を地面として動き続ける。


避けて、避けて、避け続けていると、歯車の奥から強烈な魔力放射反応を感じた。剣に魔力を込め、突き出す事で魔力砲弾の直撃を回避はしたが、理玖の手には想像以上のダメージが残る。


「ボスラッシュってか?何でも吸い込むピンクボールのゲームじゃねえんだぞ」

「楽シマセロヨ、魔ナル王」


水色の髪をオールバックにし、片目が禍々しい紫黒色に染まっている者が現れた。


(この象型兵器の化身ってところか。内部に侵入し、ある程度暴れた者には化身が出ると聞いていた。しかし此処まだ強いとは……予想外だな)

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