第3話 王と女王

ある路地裏。其処には白いパーカーを着ている理玖と白い制服を着ている女が居た。


「僕に何か用?」

「貴方が魔王ですね。私の部下が世話になりました」

「世話?ボコボコにしちゃったからその仕返しとかなの?」

「いいえ」


制服の女は否定をする。ならば何の用件なのか、と理玖は制服の女に背中を見せていた姿勢から振り返る。背中を向かせていた時も感じた事だが、ヒシヒシと魔力の多さを感じる。それはこの瞳で見ている時もそうだ。


この制服の女は上手く魔力を抑えている。しかしそれでも、理玖の中にある魂が叫ぶのだ。此奴は強者だと。


「貴方が意図的に戦闘に移行させようとしていました。けれども攻撃を仕掛けたのは此方。何方が悪いかと言われれば、此方でしょう」

「ふーん、そっか。それじゃあ納得しにくかったんじゃ無い?あの二人、割と子供だから」


理玖はこんな事を言っているが、子供っぽいのは此方も同じだと理解していた。自身が戦闘したい、という欲求を優先させたのだから。


理玖は空を見る。雲一つ広がっていない空を。太陽が大きく広がっており、とても眩しい空を。


「一つ、聞いてもいいですか?貴方は何が目的ですか」

「何なんだろうね。僕の目的って。強いて言うなら楽しむ事?」

「楽しむ事……」


制服の女はその言葉に顔を歪める。理玖と敵対するべきか、しないべきか考えているのだろう。自身が楽しむ事ならば制服の女達と敵対する可能性がある。ならば排除するべき。しかし敵対するにしては強過ぎるのだ。あの二人は若手の中で最強として降臨してきた。


それなのに、負けたのだ。圧倒的に、完膚なきまでに。


と敵対するべきか、しっかり考えた方が良い。君の選択で君等の機関が潰れるかどうかが掛かってるんだからね」

「……!?」

「君の考えに気づかないと思っの?悪いけど、それは勘違いそのものだ。僕は王だ。そんな考え、簡単に見抜けるんだよ。ねえ、華僑演歌かきょうえんかさん」


演歌は動揺を露わにする。普段の演歌ならばこんなに動揺を表さない。それほど驚いているのだ、理玖の力に。


演歌は考えを改める。自身の目の前に立っているのは人間じゃ無い。恐怖の象徴である魔王なのだと。


演歌の汗が地に落ちる。そしてそれと同時に、理玖が己の魔力を一割だけ開放する。


たった一割なのにも関わらず、演歌には強烈な圧力に怯む。


地面にはヒビが入り、窓は砕け散る。そんな周囲にも影響を及ぼす絶大的な魔力。人では理解し難い絶望の魔力。


「なるほど、確かにこれならば愚策だ。貴方と戦う事など」

「そう、分かってくれて嬉しいよ」


笑みを浮かべる理玖に対しても警戒を怠らない。いや、怠らないの方が間違いだろう。人以前の問題として、生きている者としての問題だ。果たして捕食者の目の前で被捕食者は悠長に寝られるだろうか。否、そんな事など決してあり得ない。


「これ、あげる。困った事があったら呼びな。何かあったら助けてあげるよ。後もう一つ、蒼月スカイムーンには気をつけな」


理玖は自身のスマホの連絡先を渡しながら演歌に対して忠告をする。


蒼月に関しては理玖も分かっていない事だらけだが、蒼月が起動したら不味い事は分かっている。魔王の力を宿し、自身を王である宣言している理玖が不味いのだ。人間である演歌などからしてみれば滅亡の危機まである。


「待ってください!蒼月とは、蒼月とは何なのですか!?」

「蒼月が訪れ、崩壊する時。世界に狂気が満ちる。今の僕が言えるのは其処等へんだ」


理玖は演歌に対してそんな事を告げた後、移動の準備を始める。理玖自身の足下に紫色の魔法陣を刻む。


演歌はあの情報だけでは全てを理解できなかったのか、引き留めようと腕を、手を伸ばす。しかし理玖は待たない。


「それ以上は言えんと言うたであろう。追加は、再び出会った時に話す」


空虚ナ城アルガノント






「マジで蒼月って何よ」

「知りませんよ。エンド様が『多分蒼月ってのがある!』って言い始めたのが始まりでしょうに」

「なんか割と僕の声真似上手くね?」


青空に立っている男と女が二人。一人は魔王の力を持った理玖。もう一人は家出をしてから己の忠臣として迎えいれたシャロン。魔王から来た別世界とは別の世界から来たエルフである。二つ名として与えられた名は【25刻の女王】。


0〜23刻を統括する幹部であり、心の裏面に24刻を宿す時の支配者である。


「蒼月とは、どういう現象なのでしょうか。知らないとは言っても、分かることはあるのでは無いのですか?」

「簡潔に説明するとさっきみたいな感じなんだよね。蒼月が壊される時、蒼月の中から十二人の戦士が現れる。その戦士は魔法使いだったり、斧使いだったり、剣士だったりとバラバラらしい」

「エンド様ならば何とかなるのでは?」


理玖はその言葉に顔を顰める。理玖としては非常に、非常に不愉快ではあるが理玖単体では勝ち目など薄いと言っても良いくらいだ。素の魔力、身体能力は観察する限り理玖の方が圧倒的に上だ。しかし能力だけで一気に辛くなってくる。


調べによると十二狂典と言うらしい十二人の能力はイカれているとしか思えない程の規格外能力だ。


理玖は魔力と身体能力と持ち前の潜在能力ポテンシャルでなんとかしているのだから、其処を見習って欲しいと呟くと、隣にいるシャロンが呆れの視線を向ける。


「何を言ってるんですか、貴方は。貴方自身の潜在能力が強過ぎてそれだけでも何とかなってる癖に」

「それでも能力とか欲しいんだよ」


理玖は憧れである能力を持っているシャロンに対して羨望の視線を向ける。その羨望の視線を受けたシャロンはため息を吐く。このため息も仕方ない事だろう。


理玖は魔力を持ち合わせていなかったが、その分が他に回ったのか、潜在能力が極めて高い。だから魔王から貰ったのが膨大な魔力だけだったとしても、潜在能力だけで何とかなるのだ。


「対策、やるよ」

「やるのですか?エンド様と私達幹部の刻王衆がいれば大丈夫なのでは?」

「僕一人じゃ勝てないんだよ。全くの零とは言わない。けれども勝つ可能性は10も超えていない」


悔しいが、理玖だけでは無く幹部連中である刻王衆の協力が絶対必須である。


今回の戦いは自身を魔王だと自負する理玖でさえ、研鑽を積まないと勝てないと予想していた。それは自身だけでは無い。自身だけでは決して足りない。全員で無いと、足りないのだ。


全員が皆を信頼し、努力をしなければならない。更に上のステージへと死ぬ気で到達しなければならない。


「さあ、全員に伝えろ」

「何とお伝えすればよろしいでしょうか」

「この戦を勝戦にする。我が、では無い。我等が勝戦するのだ」

「……!了解致しました」


理玖を含めた無名無法王冠クラウンが動き出す。

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