第2話 家出をするチート一般人間エルフ銀髪少年碧眼魔王様

「うわっ」


理玖の口からそんな声が出る。心底嫌そうな声だった。顔の造形も変わって美少年になった事では無い。それもまあまあ理玖にとっては腹立つが、今回はそれで声を出したわけでは無い。


ならば声を出した理由とは、理玖の右頬には剣と刀が交わり、その真ん中には獅子が黒く描かれていた。理玖としてはあまりタトゥーが好きでは無い。それなのに強制的にタトゥーを付けてきたあの魔王には嫌悪の感情しか抱かない。


「これ、本当にどうするかな。顔変わっちゃってるんだよな。……はあ」


理玖は本当に嫌で嫌でしょうがないが、この家から出ていく事にした。その理由としては、家族に迷惑をかけたく無いから、というのもある。しかしその一番の理由としては、お前など息子では無いと、そう言われることを恐れていたからだ。


理玖は自身の机の上に紙を置く。家出します、探さないでください。という簡潔な文章を。


理玖は家を出る事に苦しい気持ちになり、歯軋りをしてまで我慢をし、ドアノブに手を掛けようとして、止めた。


「今の僕エルフだから少しでも見られたら不味くないか、これ」


理玖はその事実に気づき、ドアノブに触るのをやめたのだ。しかし理玖はエルフ耳を隠蔽する術を持ち合わせていない。


理玖は魔王を吸収したのだから何ができないのか、そんな事を考える。エルフと言えば魔法。理玖はそんな魔法を知らない。ならば、と理玖はある方法を思いついた。そんな方法、考えた理玖ですら引くような方法。


しかし魔王はこの方法で魔王として降臨した筈なのだ。その魔王を吸収した理玖ができない道理は存在しない。


偽リノ幻想エルクリス


理玖は勘で魔力を感じ、勘で操作し、勘で魔法を創り、勘で行使をした。


理玖はエルフ耳を完璧に偽装できたと確認した後、今度こそ家を出る。





理玖は街を歩く。赤いパーカーは兎も角として、銀髪に碧眼は目立つ材料でしか無い。それなのにも関わらず、誰もが気にしない。いや、正確には気づいていないの方が正しいだろう。


理玖は先程の魔法を少し拡張したのだ。体の特徴を隠蔽する魔法から、存在自体を隠蔽する魔法へと。もちろん、主体となるのが特徴隠蔽なので、存在隠蔽は特徴隠蔽よりかは効果が薄いが。しかしそれでも常人を騙すくらいの効果はある。


かチャリ、そんな貨幣の音を鳴らしながら店のアイスを取っていく。ガブリと噛めば、口の中にチョコの濃厚な味わいが広がっていく。


理玖がそう味わっていると、並んでいた男から悲鳴が洩れる。理玖が取ったチョコアイスがその男の狙いのものだったのだろう。その男に少し申し訳ない気持ちになりながら、アイスを食べる。


理玖が最後の一口を食べようとすると、12km離れた山で膨大な魔力が感知できた。人間の頃ならば魔力を探知などできなかった。これができる様になったのはエルフになったからだ。


(この魔力、なんだろ。膨大な魔力って言っても、二つの魔力があるみたいだし。それにぶつかり合ってるぽい?一つは人間だと思うんだけど……もう一つは異形かな?)


理玖はチョコアイスを全て食べ切った後、紙カップとスプーンを『トラス』に入れる。そして背を伸ばしていると、突如理玖の顔には笑みが溢れる。


「さあて、いっちょやるか」


その笑みは獣のような、獰猛な笑みだった。




理玖は気づいていない事だが、理玖の精神は理玖だけのもの形成されている、という訳では無い。今の理玖の精神としては、元々存在していた理玖の精神と魔王の精神が混ざって生まれているのだ。通常の場合、魔王の方は1割も出る事など無い。しかし戦闘になった時、魔王の精神が1割だけ現れるのだ。


これは幾ら魔王に耐性がある理玖でも流石に全部は無理だったのだ。


この理玖と魔王の精神の関係。魔王の精神がこれ以上出てくる事など無い。理玖の魂が強烈だからであり、魔王にとって相性が悪いのだから。


「ほおん、何をしてんの。君ら」


山に着いた理玖は山の中で争っている人と異形に対してそんな言葉を贈る。理玖自身分かってはいる。けれども其方の方が面白くなりそうな気がしたから態々聞いているのだ。


人と異形はその質問に答えない。戦っているんだ、見たら分かるだろ。と言わんばかりに争い続ける。理玖はその光景に、その行動に、ため息を吐く。


「少し落ち着けよ、三流」


ドスが効いてある理玖のその声に両者は止まる。魔法で顔を隠蔽され、見えなくとも体の小柄さは見える。年齢は10かそこらだと推測できた。事実、理玖の年齢は11だ。そんな少年が、あの声を出した。それは動きが止まるのも納得できる。


理玖が一歩近づく。その一歩で人と異形は同じくして後退りをし、、冷や汗をかく。


理玖はそれに笑う。ケタケタと、不気味のような笑い声で。その笑いに人と異形は恐怖する。こんな化け物がいるという事実に。


「俺が怖いか?」


その一言にまた一歩後ずさる。そして人と異形は敵意を持つ。その様子にまた理玖はケタケタと笑う。


「おいおい、俺に挑むのか?俺が圧倒的強者だと分かってのにも関わらず?」

「俺はお前の事を危険と判断した」

「俺モ同ジダ!」

「ふむ、人間とは愚かだ。しかし同じくして俺も愚かだ。貴様等をいつでも蹂躙できる。それなのに俺は貴様等で遊びたいと思っている」


理玖は何処までも下に見ているような発言をする。更には先手は譲ってやる、と言わんばかりに手で誘うと、大剣を持った人間と鋭い爪を生やした異形が此方に向かってくる。


理玖は先ず異形の対処から始めた。異形は爪を長く伸ばし、リーチを長くしたのかもしれないが、それは同時に接近戦は捨てると言う事。理玖にとってその選択は得策では無く、愚策そのものだった。理玖は異形の懐に侵入し、手を当てる。


そしてそのまま人間の方に向かおうとすると、背後から声が掛かった。片言、つまり異形の声だった。


「何故何モシナイ。俺達ト戦ウト言ッテイタデハナイカ!?」

「勘違いするな、俺が言ったのは遊んでやるの一言だ。それともう攻撃はした。お前が気づいていないだけだ。大分軽くはしたがな」


そう言い終わった理玖は人間の方に行こうとする。そんな理玖の行動に待て、と静止を掛けようとしたが、声が出ない。否、体が動かない。体の外からの痛みでは無い、内部から来る激痛。防ぐ方法など無い様に感じる理不尽な攻撃に異形は紫色の血を吐く。


理玖は人間に対して笑みを見せる。人間はそれに震わせながらも、自身の大剣の柄を強く握る。魔力を大きく込め、袈裟斬りをする。身体能力の元も高く、並大抵の者よりも魔力に恵まれている。途轍もない切れ味を有しているのだろう。


理玖は『箱』から取り出した剣を防御に使用する。防御に使用した剣が折れる事など無い。これは理玖自身が造った剣だ。魔王の魔力をそのまま持っている理玖が造った剣だ。持ち手の実力に合わせて無限に上昇する潜在能力が無限大の最強の剣だ。


「大剣と片手剣だぞ!?何故折れない!?」

「何故折れないか?それは俺が王であるからだ。王と常人の武器が一緒だと思うか?もしそう思うのなら、勘違いも良いところだ!」


理玖は大剣を自身の片手剣で弾き、その片手剣を人間の腹に刺す。


人間は声にならない悲鳴を挙げる。これ程の痛みを経験した事など無かったのだろう。


理玖の瞳は人間の苦しんでいる顔から大剣へと移る。理玖の碧眼にはある情報が映っていた。


万物を切る大剣ウェイタスねえ。俺を切ることをできていないのに何故万物なのか。名前負けが酷いな」


理玖はそんな事を言いながら腹に突き刺さっている剣を抜き取る。理玖は人間と反対方向に剣を向ける。


飛ぶ刺突を発動させ、此方に向かってくる異形に攻撃をする。


しかし止まらない。異形は痛みを感じている。その痛みを堪えて、我慢をして理玖に突っ込んできている。


「遅いというのが分からんのか」


理玖は異形の片手を飛ぶ斬撃で斬り飛ばす。黒い血が吹き出し、異形は斬られた腕を抑える。


「この……!この魔王が!」

「好きに呼ぶが良い。お前等有象無象がどう呼んだところで俺は俺だ」


理玖は手を空に上げながらそんな事を口にする。


空中に紫色の魔法陣を刻む。理玖にとっては遊びが、人間と異形にとっては死戦が終焉を迎える。終わらせる為の魔法が放たれる。


崩壊ノ刻塵ログネット


魔法が降り注ぐ時、山が終わる。否、消失を迎える。


「ふっ、まあまあ楽しめたぞ。礼を言う」

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