最終話 幸福
「のんきなこと言ってんじゃないよ!もうすぐ2年だろ!勇者様もハッキリしな!」
八百屋の奥さんだけでなく、居合わせた顔なじみのお客さん達にまであれこれ言われてしまい、私達はすごすごとお屋敷へ戻ってきた。
「姫さん、夕食後にちょっと話そうか」
「…はい」
その日の夕食の味はほとんどわからなかった。
コンコンコンコン
勇者様の書斎の扉をノックする。
「どうぞ」
扉は少しだけ開いたままにして、廊下には私の侍女が控えている。
「まぁ、そこに座って」
言われるがままソファーに腰掛けると勇者様自らお茶を入れてくれた。
薬草を少しブレンドした勇者様のオリジナルなのだとか。
「忙しくて後回しにしちまってたけど、八百屋の奥さんの言うとおりハッキリさせないとだよな」
「そうですね、私もこちらでの生活があまりに楽しくて先送りにしてしまっていましたわ」
お茶を口にしてから話し始める。
「姫さんといるとすげぇ楽しい。笑顔がかわいいし、学校での真剣なまなざしもいい。そして俺にはない知識や発想もあって、いつも驚かされてる」
勇者様はそこで一息ついてから話を続ける。
「だけど、前にも言ったとおり俺には子供が作れねぇ。俺なんかと一緒になっちまったら女の幸せってヤツをつかめなくなっちまうぜ?」
私は首を横に振った。
「私の幸せは私が決めますわ」
そう言って真っ直ぐ勇者様を見つめる。
「勇者様とともに生きていくこと、それこそが私の幸せ。今この時ですら幸せを実感しておりますよ」
勇者様の視線がこちらに刺さる。
「…姫さん、本当にこんな俺でもいいのか?」
「もちろんですわ。勇者様はこんな私じゃお嫌でしょうか?」
小さく首を横に振る勇者様。
「本当は王宮で初めて会った時から心奪われてた」
勇者様は立ち上がってソファーに座る私に手を差し伸べる。
その手に引かれて私も立ち上がる。
ごそごそとポケットを探る勇者様。
「これ、姫さんに。ちょっと地味だけど勘弁してくれ」
勇者様の手のひらの上にはシンプルな金色の指輪。
「まぁ素敵!それでは私からこちらを勇者様に」
私もワンピースのポケットからシンプルな銀色の指輪を取り出す。
「俺達、気が合うな」
「ふふふ、そうですわね」
そう言って笑いながらお互いに指輪をはめていく。
「まぁ、ぴったりですわ!」
指輪のはまった手をしみじみと見る。
「実はこっそり姫さんの侍女に聞いてたんだ。姫さんがくれた指輪も俺の指にピッタリだな」
「うふふ、それは秘密ですわ」
本当は魔王討伐の褒賞の1つとして王家から紋章入りの指輪を授けていて、そのサイズを知っていただけなんだけど。
「姫さん、これからもよろしくな」
「こちらこそ」
そう言って私達は初めて抱きしめ合った。
翌日。
お屋敷のほぼ全員が揃う朝食の場で、勇者様から私達のことを告げられると大騒ぎになった。
朝は普段どおりに学校へ行って授業をこなしたのだけれど、帰りにはなぜか町中に知れ渡っていた。
「姫様、おめでとうございます!」
「お幸せに!」
たくさんのお花やお祝いの言葉をいただき、お屋敷に帰るとお祝いの品の山が出来ていた。
その日の夕食はたくさんのごちそうが並べられ、内輪だけのパーティがにぎやかに開かれた。
賢者様や聖女様も参加してくださった。
そして私のお部屋は屋敷の女主人の部屋へ移動が決まっていた。
勇者様の私室と私のお部屋との間には夫婦の寝室がある。
寝間着の上にガウンを羽織り、緊張しながら寝室に入る。
「おっ、来たか。でもまぁ、俺の方は事情が事情なんで、ただ一緒のベッドで寝るだけだと思ってくれ。嫌なら自分の部屋で寝てくれてもかまわねぇけど」
勇者様の言葉に首を横に振る。
「いいえ、ご一緒させていただきますわ」
「そっか。じゃあもう寝ようか」
最初のうちは少しだけ雑談したけれど、やがて勇者様の寝息が聞こえてきた。
ずいぶんと寝つきがよい方みたい。
私も緊張が解けて、少しうつらうつらし始めた頃。
「…んっ、ううっ!」
眠っているはずの勇者様がひどく苦しそう。
それがあまりに続くので、迷ったけれど起こすことにした。
「勇者様!勇者様!!」
呼びかけながら身体をゆすると、やがて勇者様はゆっくりと目を開けた。
「…んん?あ、姫さんか」
「あの、大丈夫ですか?ひどくうなされていたようでしたが」
「…情けないところは見せたくなかったんだがなぁ」
上半身をゆっくりと起こした勇者様がため息をつく。
「これから一緒に暮らしていくなら話しておいた方がいいか。こんな時間に悪いが、聞いてくれるか?」
私はうなずいた。
「前に死にかけたって言ったろ?あれ、本当は違うんだ。俺は一度死んだんだよ」
「…えっ?」
死んだって、どういうこと?
「聖女の秘術のおかげで生き返ったんだ。だけど、そのせいで聖女は能力のほとんどを失ってしまった」
ああ、そういうことなのね。
聖女様は職務で外に出ることはあっても、大聖堂の奥深くで暮らすはず。
それなのにこんなに離れた地へ移り住むことを許されたのは、おそらく聖女としての役目を果たせなくなったから。
「聖女は『自由に暮らせて楽しいのだから謝らないで』って言うんだ。『学校の仕事もすごく楽しい』って。だけど俺が聖女としての未来を奪ってしまった」
どう声をかけてよいのかわからず、ただただ勇者様の背中をさする。
「賢者だってそうだ。魔王討伐の遠征の間に大事な一番弟子を病で失った。『我が子のような存在で』ってよく言ってたんだよ」
勇者様の瞳から涙がこぼれる。
「俺さえヘマをやらかさず、もっと早く帰れたなら最期に会わせてやれたかもしれない…いや、治療だって出来てたかもしれない」
初めて見る勇者様の涙。
「…こんな俺が本当に幸せになっていいんだろうか?」
寝台にはハンカチもないので勇者様の涙を指で拭う。
「月並みな慰めを言うことは簡単かもしれません。ですが私はあえて言わずにおきましょう」
勇者様をそっと抱きしめる。
「勇者様が抱えているものを、どうか私にも背負わせてください。これからは2人で抱えて一緒に生きていきましょう」
その夜は2人して泣きながら抱きしめ合って眠った。
翌日も学校のために精力的に動く私達。
そして勇者様が不在の折に賢者様や聖女様と話す機会を作っていただいた。
「魔王との決戦の折に私達は結界からはじかれてしまったの」
「すべてを彼1人に託すことしかできなかったのじゃよ」
そこで判明したことは、お2人もまた勇者様に負い目を抱いていることだった。
余計なお世話であることは重々承知の上で、それそれの想いを私が伝えさせていただいた。
そして勇者様は賢者様や聖女様と3人だけで話し合いの機会を持たれた。
ずいぶん長い時間お話しされていたようだけれど、私は参加していないのでその内容は知らない。
ただ、勇者様はこうおっしゃっていた。
「いろいろ考えたり思い悩んだりしたところで過去は変えようがない。だからこれからのことを真剣に考えていく。みんなでそう決めた」
「はい、私も微力ながら頑張らせていただきますわ」
後日、聖女様と話す機会があった。
「私、今の暮らしをとても気に入っているのよ。本当に制約だらけの生活だったんだから」
自由に外へ出ることも許されず、お酒は決まった日にしか出てこない。
今の聖女様は庶民が集う酒場で連日のように楽しく飲んで食べて語らっているのだとか。
酒場で得た意見や情報は学校作りや運営に還元されていたりもする。
「力はほとんど失ったけれど、使うべきところで使い切ったのだから後悔なんてないわ」
さっぱりとした性格の聖女様を私はひそかに心の師と仰いでいる。
賢者様と話す機会もいただけた。
「彼はいまだに気にしているようだが、私はすべて運命として受け入れておるのですよ」
さすがは賢者様、達観しておられるみたい。
「誰にでもどうしようもないことはある。だが、そのことだけに囚われずに生きるのもまた人生ですよ」
しばらくして学校にはお菓子作りの教室と作ったお菓子を販売する小さな店舗が出来た。
賢者様がかつて王都で菓子職人をしていた知り合いの方に声をかけ、講師になっていただいたのだ。
「第二の人生をこの地で楽しもうと思いますよ」
販売するお菓子はすぐに人気となり、生徒も年齢性別を問わず増えていった。
図書館にもカフェスペースが出来た。
聖女様の飲み仲間を通じて知り合った若い夫婦を雇うことになった。
「2人とも食堂で働いていたのですが、いずれ独立を考えていたので、ここでしっかり勉強させていただきたいと思います」
調理の教室については設備などさまざまな事情で断念したけれど、意外な方が名乗りを上げた。
この地の領主様である。
「ここには港があってめずらしい食材も入ってきますし、外国の料理の店もいくつか存在します。いつか美食の都と呼ばれるようにしてみせますよ」
こうして出来た調理の学校は勇者様が立ち上げた学校の姉妹校となった。
実習を兼ねて運営する食堂も併設され、安価で美味しいと大人気だ。
勇者様達が立ち上げた学校は、優秀な卒業生を多く輩出することで年々評価が高まっていった。
国内外から頻繁に視察団が訪れ、求められれば運営のノウハウも惜しみなく提供する。
各地に同様の学校が設立され、ついには正式に国からの支援を受けられることが決まった。
「文官となった卒業生達が尽力してくれたらしいよ」
勇者様がそう教えてくださった。
やがて王都にはより専門性が高い学校や教員を育成する学校も出来た。
もはや私達だけでなく、たくさんの方々が関わってくださっている。
忙しくしているうちにあっという間に月日は流れ、賢者様と聖女様はこの世を去って私達もすっかり年老いてしまった。
学校の運営は信頼できる方々にお任せして私達は隠居生活に入った。
穏やかな日々はゆっくりと過ぎていく。
そして今日は最初に勇者様達が作った学校の創立記念日。
たくさんのお祝いの手紙やお花が届いている。
「なぁ、姫さん」
すっかり白髪になってしまった勇者様。
「あらまぁ、その呼び方もずいぶんと久しぶりですわねぇ」
私もすっかりしわだらけのおばあちゃんになってしまったのに、姫なんておかしいわね。
「…俺は今でも子供をその腕に抱かせてやれなかったことを悔やんでる。なぁ、姫さんは本当に幸せか?」
数えきれないほど伝えたというのに、いまだに気にしてらしたのね。
「もちろん幸せですわ」
にっこり笑って答える。
「私達が関わった学校を巣立っていった教え子、そのすべてが私達の子供だと思っておりますのよ」
泣き出しそうな勇者様の手に私の手を添える。
お互いにしわだらけになった手が重なる。
「ほら、私達は世界で一番の子沢山ではありませんか」
褒美の姫は一途です 中田カナ @camo36152
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