第3話 充実
「さてと、他に意見はあるかな?」
図書館以外に考えていたことを披露する。
「はい、私をこの学校の講師として採用していただけませんでしょうか?」
「姫さんを?」
「私は王宮にて教育を受けております。特に外国語には力を入れておりましたので、それなりに教えることが出来るのではないかと思います」
この領には大きな港があり、外国人の出入りも多いと聞いている。
「それに各国の文化についても多少なりとも習っておりますので、それらを伝えることで交流の一助にもなるかと」
本格的な学習はまだ先でいい。
簡単な挨拶や単語、そして相手の国に関して多少なりとも知っているだけでも違うはず。
「あの、私からもよろしいでしょうか?」
私についてきた侍女がおずおずと手を挙げる。
勇者様がうなずいたので侍女が話を続ける。
「姫様でしたら外国語の他に刺繍やレース編みなども指導も可能ですわ。それに絵も大変お上手ですので教材作りでもお役に立てるかもしれません」
私は外国語のことしか考えていなかったけれど、確かにそういうことも可能かもしれない。
刺繍やレース編みは貴婦人の嗜みとして幼い頃からずっと続けていたし、絵は単純に趣味で楽しみながら描いていた。
「それから私も王宮にて侍女として長年勤めておりましたので、そちら方面の職業指導ならば多少はできるかと存じます」
「…職業指導か。実はこちらでも以前から検討してはいたんだ」
子供達にただ読み書きを教えるだけでなく、よりよい仕事に就けるようにしたいという考えは勇者様にもあったらしい。
港町には大きな商会もいくつかある。
語学や作法などがあれば、よい職に就けるかもしれない。
「よし、そのあたりは今後の打ち合わせで詰めていくとしようか」
何度かの打ち合わせを積み重ねて新たに外国語の授業が始まることになった。
授業といっても、おはようやありがとうなどの簡単なあいさつだったり、絵を見ながら単語を学ぶという遊びの要素を取り入れた授業だ。
楽しく学んで欲しいという私の要望が通った形だ。
「姫様先生!こないだね、うちのお店に来た外国の船員さんとお話ししたんだよ」
廊下を歩いていると男の子が駆け寄ってくる。
お互いに片言ではあったけれど会話できたらしい。
「まぁ!それはよかったですわね」
「やっぱりお話しできると楽しいね。別れ際に頭をなでてくれて、たぶん『また来るよ』って言ってたと思う」
満面の笑みを浮かべる男の子。
「ふふふ、きっとそうですわね」
侍女による作法の授業や私による刺繍やレース編みなどの手芸の授業も始まった。
手芸に関しては福祉施設からの参加も受け入れている。
身体が不自由でなかなか仕事に就けない方々に手に職をつけてもらおうという試みで、これは賢者様の発案によるものだ。
「あ、あの、先生すみません。ここはこの後どうすればよいのでしょうか?」
おずおずと小さく手を挙げる車椅子の女性。
「少々お待ちください。今そちらに行きますね」
手芸のクラスはいろんな世代のさまざまな環境で暮らす人達が集う場となり、授業の合間の雑談も私にとっては大変有意義なものとなった。
さらに護衛として一緒に来てくださった騎士の方々も学校の講師陣に加わった。
「教えることは我々の気づきにもなるので、大変よい刺激となっています」
「ここから未来の騎士が生まれるかもしれないと思うと楽しいですね」
冒険者との兼業になるけれど、収入の安定にもつながるのでちょうどよかったのだとか。
王宮に勤めていた元騎士が教えるとあって、剣術の授業は男の子に大人気だ。
そして少数ではあるけれど女の子も参加している。
ただ技術を教えるだけでなく、剣を持つ者の心得もしっかりと教えているのだとか。
そして私が館長を勤める図書館の運用も始まった。
こちらへ来る前に相談を持ちかけた王宮の文官が読書愛好家達に声をかけ、委員会を設立してくれた。
彼らがこちらに送る古本の収集や発送を受け持ってくれている。
多くは子供用だけれど、大人向けも専門書や小説などが順次届いている。
ただ、少々刺激の強い小説なども混じっていたので、その扱いにちょっと困っているけれど。
「むずかしそうな専門書の一番上の棚とかに紛れさせればいいんじゃねぇの?下手に隠すとかえって子供達に興味をもたれそうだしさ」
真剣に悩む私を見て笑っている勇者様。
「そういうものでしょうか?ですが、それでは大人の方にも気付かれないのでは…?」
「大丈夫だって!誰かが見つければほっといても口コミで伝わるさ」
しばらくすると勇者様の発言は現実のものとなり、私は口コミのすごさというものを実感した。
図書館は町の書店とも共存を図っている。
この街には新刊を扱う書店が1軒だけ存在している。
王都から図書館宛てに古本が送られてくる際に書店用の新刊も同じ便で送ってもらえるようにお願いした。
「おっ、もうこのシリーズの新刊が届きましたか。本当にありがたいですねぇ」
今では書店の店主さんともすっかり顔馴染み。
王都よりかなり遅れての販売だった新刊が格段に早く届くようになったのだとか。
そして新刊は図書館では一定期間扱わないこととし、書店で売れ筋からはずれた本を図書館で買い取る流れも出来てきた。
学校での生活以外も充実している。
「「 姫様、おはようございます! 」」
勇者様のお屋敷で働く子供達は今日も元気よく声をかけてくれる。
「おはようございます。皆様、今日も1日がんばりましょうね」
「「 はい! 」」
ここでは孤児院出身の子が常に数名働いている。
働くことも学びの場だそうで、どこに出しても大丈夫と太鼓判を押された子には新しい職場を紹介しているのだとか。
巣立っていったこの子達の先輩もすでに即戦力となっているらしい。
「おや、姫様!今、帰りかい?ちょうどよかった、これ持っていきな」
八百屋の奥さんが声をかけてくれる。
手渡されたのはたくさんの柑橘類が入った袋。
私と侍女がそれぞれ1袋持たされる。
「それ、小さいし甘みも足りなくてねぇ。そのままじゃ食べづらいだろうけど、たぶん加工すればいけると思うよ」
とてもよい香りなのにもったいない。
「本当によろしいのですか?」
「気にしなさんな。ほら、こないだ外国人が来た時に通訳してくれたろ?そのお礼さ」
先日お店の前を通りかかった際、外国人の船員らしき男性に話しかけられて困っていたようだったので間に入ったのだ。
「では、お言葉に甘えていただいてまいりますね。本当にありがとうございます」
奥さんに頭を下げた。
お屋敷に帰って料理人さんに柑橘類を手渡す。
「おやおや、たくさんありますね。これはマーマレードにしましょうか」
その言葉にふと思いつく。
「あ、あの!もしよろしければ私にも作り方を教えていただけませんでしょうか?」
「もちろんかまいませんよ。そういえば姫様は明日お休みでしたよね。明日一緒にやりましょうか」
「はい!楽しみにしています」
翌日。
朝食を終えてマーマレード作りのため厨房へ向かうと、そこにはなぜか勇者様もいらっしゃった。
「どうなさったのですか?」
不思議に思って尋ねてみる。
「いや、おもしろそうだから俺も参加しようと思ってさ」
勇者様は小さなナイフで次々と皮をむいていく。
「まぁ、ずいぶんとお上手ですのね」
その手際よさに驚く。
「子供の頃からやってるからね」
孤児院育ちの勇者様は幼い頃から調理の手伝いをしていたのだとか。
「手伝うと試食とかできたりするんだよ。それが目当てでやってたな」
魔王討伐の遠征でも野営では勇者様が食事の支度をしていたそうである。
「凝ったものは作れねぇけど、味の評判はよかったんだぜ」
作業しながら過去に作った料理について楽しそうに話してくれる。
「それも美味しそうですわね。機会があればぜひ食べてみたいものですわ」
少しだけ考えてから勇者様が笑顔になる。
「よし!俺も久しぶりにやりたいから、そのうち姫さんに作ってやるよ」
「本当ですか?!」
「ああ、しゃれたもんは無理だけど楽しみに待ってな」
しばらく経ったある日。
有言実行の勇者様が本当にお料理を作ってくださった。
見た目はシンプルに焼いただけのお肉。
でも何か下味がつけてあるようで、とても味わい深いものとなっている。
そして大きく切った野菜がごろごろしているスープ。
火がしっかり通っているので柔らかい。
「どれも美味しいですわ!」
「ん?ああ、素材がいいからだろ」
使っているのは塩やほんのわずかな香辛料なはずなのに、心まで温まるような味。
まるで勇者様のよう。
「あの、よろしければ私にもお料理を教えていただけませんでしょうか?」
にっこり笑う勇者様。
「いいぜ。次は一緒にやろうか」
「はい!」
勇者様の笑顔でふと思いつく。
「そうだわ!学校に料理やお菓子作りの教室はいかがでしょうか?」
「いいね。作ったものを売れば接客の実習にもなるし、うまくいけば収入も得られるな。そうだ!図書館にカフェを作るってのもいいよなぁ」
図書館利用者からそのような要望があることは私も耳にしている。
「それに経営の一端を学ぶよい機会にもなるかと」
ニヤッと笑う勇者様。
「うん、ますますいいね。すぐには難しいだろうけど、さっそく検討してみようか」
こうと決めたらすぐに動き出すのが勇者様。
賢者様や聖女様はそんな勇者様の助言者であり、時には暴走を抑える役目も担ってくださっている。
「ふむふむ、よいお話であるとは思いますが、実現には課題も多いですな」
ペンを走らせて考えを紙にまとめていく賢者様。
「まったく、やりすぎないようにするのも大変なのよねぇ」
半ば呆れながらも楽しそうな聖女様。
この地に来て私の生活は一変した。
世間知らずだった私は毎日が発見の連続だ。
そして学校はまだまだ発展途上。
だけど、みんなでよりよいものを作り上げていく楽しさを私は知った。
それが大好きな勇者様と一緒になのだから楽しさしかない。
「で、あんた達いったいどうすんのさ?」
学校からの帰り道、勇者様と歩いていたら八百屋の奥さんに呼び止められた。
「「 どうするって? 」」
勇者様と声が揃ってしまった。
「ったく、姫様は勇者様のお嫁さんになるために王都からはるばるここまで来たんじゃなかったのかい?!」
「あ、そういえばそうでしたわね」
学校運営と日々の生活があまりに楽しくてすっかり忘れていた。
だって勇者様が毎日一緒なんだもの。
「のんきなこと言ってんじゃないよ!もうすぐ2年だろ!勇者様もハッキリしな!」
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