第2話 到着


 あっという間に1年が経ち、勇者様の故郷である南部へと向かうことになった。


 両親やお兄様方、王宮でお世話になった方々に涙ながらに挨拶を済ませ、質素な馬車で出発する。

 御者は平民の服を着ているけれど、護衛を兼ねた騎士団の男性。

 一緒に馬車に乗り込んだ女性も、やはり平民に成りすましているけれど護衛役の女性騎士だ。


 そして私の侍女も同行してくれることになった。

「私はどこまでも姫様についてまいりますからね」

「わかったわ。これからもよろしくね」



 途中の町や村で宿泊するのだが、宿の近くを歩いたりして普通の生活というものを肌で感じる。

 王都ではほとんど出来なかった買い物にも挑戦している。

「これ、とても美味しいわ!」

 特に屋台での買い食いはすごく楽しい。


 規模はまちまちだけれど、どこの町や村も活気がある。

「こないだ勇者様達が魔王を退治してくれただろ?おかげで魔族の襲撃もなくなって安心して暮らせるし、こうやって商売もできるってなもんさぁ」

 屋台の店主が笑顔でそう話してくれる。

 こんなところでも勇者様達の活躍が感じられてうれしくなった。


 旅は順調に続いている。

 護衛役の女性騎士は平民出身だそうで、話し上手で平民の暮らしなどさまざまなことを教えてくれる。

 そして王宮では隠していたそうだれど、御者を務める男性騎士と恋仲であるらしい。


「姫様を無事に勇者様のところへ送り届けるのが私達の最後の任務で、2人して騎士を辞めることになっているんです」

 2人ともこの旅の目的地である南部の出身なのだとか。

 騎士団では団員同士が結婚すると同じ部署では働けないという規則があるとのこと。

 だからこの機会に騎士を辞め、冒険者登録して新たな生活を始めるらしい。

 人それぞれにいろんな人生があることを改めて知った気がした。



 無事に到着した勇者様の暮らす南部の町は王都からかなり離れているけれど、思っていたよりも規模が大きかった。

 近くに魔獣が住む森や地下ダンジョンがあるので冒険者が多いと聞いていたが、近隣に鉱山もあるためその関係者も多く暮らしているらしい。


「よう!長旅おつかれさま」

 勇者様は1年前と変わらぬ笑顔で迎えてくれた。

 住まいは古いけれど、平民が住むには大きなお屋敷だ。


「昔は鉱山の経営者が住んでいた家なんだが、長らく空き家になってたんで格安で買い取った。傷んでるところを直してまともにようやく住めるようになった感じだな」

 勇者様は魔王討伐で莫大な報酬を得ているので、そちらを使ったのだろう。


 お屋敷の中を案内される。

 住み込みで働いているという家令と料理人の男性も紹介された。

 お二方ともかつては冒険者だったけれど、年齢による体力の限界や怪我のため引退し、冒険者の後輩だった勇者様の誘いで働き始めたらしい。


「さすがに昔どおりとはいかねぇが、俺達も護衛くらいはできるから安心してくれよな!」

 大柄な料理人の男性が笑顔で言う。

「はい、よろしくお願いいたします。あ、それからもしよろしければお料理を教えていただけますでしょうか?」

「おう、もちろんだ!そうだ、通いで下働きしてくれてる子供達もいるから今度紹介するよ」


 2階の南側に面する2つの客室が私と侍女の部屋だと言われた。

 続き部屋になっているらしい。

「すまねぇが、しばらくはお試し期間ってことでこの客間で過ごしてくれ。まずはここでの生活を知ってもらわなきゃならねぇしな」

「かしこまりました」

 離れていた1年の間に勇者様と何度か手紙のやりとりをしていて、こちらに来てもしばらくはお試し生活と繰り返し言われていたから、これは納得している。

 この日は旅の疲れもあるだろうと早々に休むこととなった。


 翌朝はさっそく侍女とともに料理人の朝食作りを手伝った。

「おっ、なかなか手馴れてるねぇ」

 お世辞だとわかっていても褒められるのはうれしい。


 このお屋敷では使用人もみんな一緒に食堂で食事を取る。

「食事は皆で食べる方が美味いだろ?」

 勇者様の提案であるらしい。


 確かに王宮での食事は高級な食材をふんだんに使って美味しかったけれど、お父様達はとても忙しくてなかなかご一緒できず、寂しく思うことも多かった。

 家令の男性は無口なようだけど、料理人の男性はとても陽気で話好きでもあることから場を盛り上げてくれる。

 あんなに笑いながら食事をしたのは初めてかも。


 朝食後に料理人の男性に呼ばれ、下働きの子供達を紹介された。

 全員が孤児院出身で、料理だけでなく掃除や洗濯なども請け負っているらしい。

「「 姫様、よろしくお願いいたします! 」」

 元気な声で挨拶して、ペコリとお辞儀をしてくれた。

「こちらこそよろしくね。皆さんのお仕事を私にも教えてもらえるとうれしいわ」

「「 はい! 」」


 どうやら屋敷の中はうまくまわっているようだ。

 勇者様は何も言わないけれど、このお屋敷は雇用の場を増やす目的もあるのだろう。

 せっかく王都でいろいろと習ったのだから、私もこれからやっていきたいと思うけれど、まずはもう1つの課題である勇者様の夢のお手伝いの方にも着手しなければ。




 午後は勇者様とともに徒歩で外出する。

「目的地まではそう遠くないし、案内しながら歩いていこうか」

 後ろから私の侍女がついてきてはいるけれど、勇者様と並んで町を歩くなんて夢のよう。


 勇者様はさまざまな施設を説明してくれる。

「なんだかとても活気がある町ですのね」

「ああ、いい町だろ?」

 笑顔の勇者様がまぶしすぎる。


「おや、勇者様。今日はかわいい子を連れてるじゃないか」

 八百屋の奥さんが声をかけてくる。

 王都でいろいろと教わった職員寮の女性に雰囲気が似ている気がする。

 南部の女性はこんな方が多いのかしら?


 あ、まずはご挨拶しなければ。

「あ、あの!私、勇者様の妻…と申し上げたいところなのですが、現在はまだお試し期間中でございます。ふつつかものではございますが、どうぞよろしくお願い申し上げます!」

 淑女の礼ではなく平民らしくお辞儀をする。

「ひ、姫さん?!」

 なぜかあわてる勇者様。


 八百屋の女性は一瞬きょとんとしたがすぐに大笑いし始めた。

「あはは!おもしろい子だねぇ。気に入ったよ。困ったことがあったらいつでもおいで」

 こんな調子であちこちで声をかけられた。

 勇者様はこの町でとても慕われているようだ。




 目的地はかつて軍の駐屯地だった施設。

 軍はここでは手狭になったため郊外へと移転している。

 敷地内を進み、一番大きな建物の玄関前に2人立っているのが見える。


「姫様、ご無沙汰しております」

 細身で白髪の眼鏡をかけた男性は賢者様。

「お久しぶりでございます。お元気そうで何よりですわ」

 妖艶に微笑む年齢不詳の美しい女性は聖女様。

 後に勇者様からこっそり聞いた話によると、年齢は賢者様と大差ないのだとか。

 勇者様とともに魔王討伐を成し遂げたお二方だ。


「さっそく打ち合わせを始めようか」

 会議室と書かれた部屋に通される。

 軍の駐屯地時代から会議室として使われていたので、プレートもそのままなんだとか。


 ここは勇者様が賢者様と聖女様とともに立ち上げた学校。

 現在は無償で町の子供達に読み書きと計算を教えている。

 資金はお三方が魔王討伐で得た報酬。


 この国に学校がないわけではないけれど、貴族や富裕層の子女が対象であるため学費は高額になりがちだ。

 多くの子供達のために教育の場を作りたい。

 それが勇者様の長年の夢だった。


 賢者様と聖女様は勇者様の夢に賛同し、魔王討伐の帰路でアイデアを出し合い、あっという間にこの学校を立ち上げた。

 魔王討伐には剣聖様と魔術師様も参加なさっていたけれど、元々お二人方は王宮所属であったため本来の職務に戻っている。

 でも勇者様の夢に賛同してくださっていて、現在もさまざまな面で支援しているのだとか。


 私と侍女の2人はまず学校内を一通り案内され、それから説明を受けることになった。

「今は午前・午後・夜の3部制で読み書きを中心に教えている。多くの子供達は働いているから通える時間がまちまちだからな」

 勇者様が説明を始める。

 賛同してくださった領主様からこの施設を借り受け、手分けして子供のいる家庭を説得してまわり、ようやく軌道に乗ってきたところだという。

 他にもこまごまと説明されたが、子供達のことを考えていることがよくわかった。


「説明はだいたいこんなところかな。さて姫さん、何か意見はあるか?具体的でなくても、今すぐできるものでなくてもいい。俺達とは違う目線からの意見を聞きたい」

 この1年間ずっと考えていたことを話し出す。


「まず、図書室があるとよいのではないかと思います。こちらに空いているお部屋はございますよね?」

「部屋ならまだいくらでも余ってる。だが本はどうする?」

 製紙や印刷の技術向上で王都では本もたくさん出回るようになった。

 しかし流通という課題もあって地方に関してはまだまだと聞いている。



「まずは王宮勤めの方々から不要になった本を寄贈していただこうと考えております。他にもいくつか案を考えてはおりますが、まずは小規模なものから始めて、少しずつ増やしていければと」

 実は王宮を出る前にすでに話はしてあって、協力者もすでに得ている。

 了承さえいただければすぐにでも動き出せる状態だ。


「そして図書室は子供達だけでなく、この町で暮らす大人の方々にも利用できるものにしていきたいと考えております」

「大人もか?」

 首をかしげる勇者様。


「はい、幼い頃に賢者様は『学びに年齢は関係ない』とおっしゃっておられました。そうですよわね?」

 賢者様に視線を送る。

 王宮で賢者様に教わっていたのは兄達だったけれど、たまたま同席していたことがあったのだ。

「おやおや、よく覚えておいでだ。そのとおり、この私ですらいまだに学びの途中ですからな」

 笑ってくしゃっとしわが増える賢者様。


 王宮にいた時から考えていた案を披露し、賢者様が私の言葉では足りなかった部分を補ってくれたことで勇者様も納得してくれた。

「よし、では西門から一番近い棟をまるごと図書館にしようか」

 1室から始めるつもりだったのに、建物1つまるごとに決まってしまった。


「それから姫さんを仮の図書館長に任命する。やりたいようにしてくれてかまわねぇが、報告・連絡・相談はこまめに行うこと。いいな?」

「かしこまりました」

 勇者様に頭を下げた。


「さてと、他に意見はあるかな?」

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