褒美の姫は一途です
中田カナ
第1話 決意
「魔王討伐を成し遂げた勇者たるそなたに我が娘との婚姻を許そう」
「あ、ごめん。それはちょっと無理」
私の人生の大きな転機となるはずだった婚姻の申し入れは、驚くほどあっさりと断られてしまった。
目の前にいる彼は魔王討伐を成し遂げた勇者様。
平民出身ながら卓越した剣技と膨大な魔力で、数名の同行者とともに魔王討伐をあっという間に完遂。
魔王が討伐されたことにより魔族も退散し、各地から奪われた数々の財宝も取り戻すことができた。
そして今は来週行われる祝賀式典を前に、褒賞についての話し合いが王宮の会議室で行われている。
私はこの大陸で一番大きな国の王女。
勇者様はその功績により爵位を賜るから身分的につりあいも取れるはず。
出立前の壮行の式典で目が会った瞬間、お互いに感じるものがあった…と思っている。
そして式典後のパーティで、風に当たるために出たテラスにてほんのわずかな時間だけど2人きりで話すことが出来た。
魔王討伐後にやりたいことを熱く語る勇者様は輝いて見えた。
私もそんな勇者様のお手伝いがしたい。
そう思った。
「…どうかご無事で」
「必ず勝利をこの手に掴んで戻ってまいります」
出立時はそのくらいしか話せなかったけれど、気持ちは通じた…と少なくとも私は思っていた。
だから国王であるお父様にお願いしていたのに、あっけなくその夢は打ち砕かれてしまった。
「そなたは我が娘では不服と申すか?それでもすでに心に決めた女性でもおるのか?」
お父様の不機嫌そうな低い声が響く。
王宮の方々が調べた限りではそのような女性はいないと聞いているけれど、もしかして旅の途中で運命の出会いがあったのかしら?
「いや、約束を交わした女なんていないよ。姫さんはすげぇかわいいし、素直で愛されて育ったんだろうって思う。だけど一緒になれない理由は2つある」
お父様は勇者様をにらんだままだ。
「して、その理由とは?」
「まず1つは、俺は爵位は要らねぇからだ。故郷に帰ってやりたいこともあるし、どう考えても貴族なんて俺には向いてねぇ。姫さんとじゃ身分の釣り合いが取れねぇから結婚はむずかしい、そうだろ?」
「爵位は要らぬと?!」
驚きで目を見開く一同。
「ああ」
まぶしいくらいの笑顔で答える勇者様。
確かに勇者様にとって貴族という身分はむしろわずらわしく思えるのかもしれない。
「して、もう1つの理由は?」
お父様が問いかけると、勇者様は少しとまどうような表情を見せた。
「ん~、こういうのは人前であんまり言いたくはねぇんだけどさ、俺って子供が作れねぇ身体になっちまったんだよね」
「…え?」
思わず声が出てしまった。
「最後の決戦で一度死にかけてさ、同行した聖女の秘術のおかげで一命は取りとめたんだけど、まぁそういうことになっちまった。だから相手が誰であろうと結婚する気はねぇんだ」
会議室に沈黙が落ちる。
「ちょ、ちょっと、みんなしてそんなに深刻そうな顔をしないでくれよ!俺自身はもう気にしてねぇんだからさ」
あわてる勇者様。
気にしていないとは言うけれど、きっとここに至るまで苦悩もあったことだろう。
いいえ、今も心の中ではまだ苦しんでおられるのかも。
「ほら、女の人はさ、やっぱり自分の子供が欲しいとか思うもんだろ?それを考えると俺は結婚しない方がいいと思うんだよね」
勇者様は明るく話そうとする。
「それに勇者って血筋とは無関係って聞いてる。だから別に子供とかはできなくてもいいんだよ」
勇者は神託により選ばれる。
だから勇者の子孫が勇者になるというわけではないのだ。
わずかな時間に考えをめぐらせ、私は意を決して立ち上がる。
「あ、あの!勇者様、そしてお父様やここにいらっしゃる皆様方。私からお願いがございます」
室内にいる全員の視線が突き刺さる。
「私は勇者様と一緒になれるのならば、王都を離れて平民になるのもかまいませんし、子供だって望みません!」
お父様の驚く表情が視界に入るけれど、もう引き下がれない。
「ただ、今の私ではあまりにも力不足であることは自覚しております。ですから私に1年間だけ猶予をいただけませんか?勇者様の伴侶として生きていけるよう努力したいと考えております」
そう言って頭を下げた。
私が言いたいことを言い切るとまた沈黙が落ちる。
わがままなのは承知している。
でも、あの方を逃したくないの。
「勇者よ」
沈黙を破ったのはお父様だった。
「我が王家は政略結婚をよしとしない。多くは語らぬが過去にいろいろとあったのでな」
そこで一度区切ってお父様が私を見る。
「末の姫がそなたを好いているのは聞いておった。内気でおとなしい姫が初めて自分の意志で動こうとしている。王としてではなく、娘の父親として頼みたい。どうか我が娘の意志を少しは尊重してやってはもらえぬだろうか?」
勇者様はしばらく考えた末に私を見た。
「…姫さんの気持ちはわかった。だが、俺も故郷でやりたいことがある。もし1年経っても気持ちが変わらなければ俺の故郷へ来るといい」
バッと顔を上げて勇者様を見る。
「ありがとうございます!」
「ただし、実際に住んでみて地方や平民の暮らしが無理だと思ったなら王都へ帰ってもかまわねぇ。それでどうだ?」
その言葉に淑女の礼をとる。
「かしこまりました。それでよろしくお願いいたします」
とりあえず望みはつながった。
でも課題は山積みよね。
「姫さんに無理してほしくねぇから、待ってるとは言わねぇ。ただ、どんな形であれ姫さんとのことが決着するまでは他の女には決して手は出さねぇことを誓うよ」
うなずく私。
「ですが、もしも勇者様に運命の出会いがありましたなら、その際はどうか遠慮なくおっしゃってくださいませ。私は勇者様の幸せを願っておりますので、その時は潔く身を引きとうございます」
苦笑いする勇者様。
「運命の出会いならもう…いや、今はやめとくよ。まぁ、とにかく姫さん次第ってことだ!」
翌週、王宮での祝賀式典が終わると勇者様はすぐに故郷へと戻られてしまった。
勇者様に拒まれなかったことに安堵したけれど、ただ待つだけで何もしてこなかったことをとても後悔している。
魔王討伐を成し遂げれば勇者様が爵位を賜って一緒になれるはず。
そんな自分勝手な願望しか頭になかったのだから。
今の私はどう考えても勇者様にふさわしい女性ではない。
1年なんてあっという間。
まずは何をしなければならないか、それをまとめなければ。
「まずは平民としての常識や日常生活を身につけることでしょうか。さまざななことを姫様お1人でできるようになりませんと」
子供の頃からずっとそばについていてくれる侍女が相談に乗ってくれた。
彼女は子爵家の三女だったが、早くから自活する道を選び、王宮での信頼を勝ち取って今の立場にある。
私にとって母もしくは姉のような存在である。
これまで着替えや入浴、お化粧などは当たり前のように侍女達にやってもらっていた。
これからは1人でできるようにならなければならない。
「これらは私がお教えいたしましょう。近日中に平民の女性の服も揃えてまいりますね」
「生活についてはどうすればいいのかしら?」
何から手をつけていいのかわからず、途方にくれて尋ねてみる。
「平民の暮らしを指導できる講師を探してまいります。心当たりがございますので、今しばらくお待ちくださいませ」
そしてポンと手を打つ侍女。
「ああ、そうですわ!私も下位とはいえ貴族として育ってまいりましたので、平民の生活は詳しくないのです。もしよろしければ姫様と一緒に学ばせていただいてもよろしいでしょうか?」
思いがけない提案にうれしくなる。
「もちろんよ!1人よりも貴女と一緒ならきっとがんばれるわ」
私の侍女は本当に優秀だ。
あっという間にさまざまな手配を整えてしまった。
平民の日常生活については王宮の職員寮を取り仕切る女性から習うことになった。
教えを請う場所も職員寮になった。
「話は聞いてるよ。まかしときな!王女様でも遠慮なしでビシバシいくからね」
「はい!よろしくお願いいたします」
彼女はふくよかで豪快な女性で、勇者様と同じ南部の出身とのこと。
料理は基礎が身についたら南部の郷土料理も教えてくださるのだとか。
「そうそう!いい感じだね」
指導役の彼女は、とにかくまずよかったところを褒める。
それからもっとこうした方がいいと助言してくれる。
次に生かせるし、がんばろうと思える。
「誰だって叱られるより褒められた方がやる気が出るだろ?」
あまりに褒めてばかりなので、気になって聞いてみたらそう言われた。
確かにそうかもしれない。
このやり方は見習いたいと思う。
勇者様とは時々手紙のやりとりをしていて、現在の住まいには使用人もいるから無理に平民の生活を身につけなくても大丈夫との言葉もあった。
でも、今の私は知らないことを知る楽しさで毎日があっという間なのだ。
身支度も1人でできるようになってきた。
公務がある時こそドレスを着るものの、何もない日は動きやすい平民の服装で過ごす。
「ドレスがいかに動きづらいものであるかを思い知ったわ」
「ふふふ、そうでございますね」
毎日が発見の連続だ。
私が今まで暮らしていた世界がいかに狭くて限られたものだったかを知るよい機会でもあった。
今のところ私の計画は順調に進んでいると思う。
だけど、まだ気にかかることはある。
「姫様、どうかなさいましたか?何か気にかかることがあれば遠慮なくおっしゃってくださいませ」
ひそかについたため息を侍女に気付かれてしまったみたい。
「今は平民の暮らしを身に着けるべくいろいろと習っているけれど、これらができてようやく人並みということでしょう?勇者様のおそばに立てるような女性になるには、まだまだ足りないと思うの。それに勇者様の夢のお役に立てる方法もよくわからなくて…」
侍女は少し考えてから笑顔を私に向ける。
「私が思うに、必要なのは『姫様らしさ』ではないでしょうか?」
「えっ、私らしさ?」
思わず首をかしげる。
「人にはそれぞれ得意・不得意がございます。今の姫様は不得意をなくすべく努力なさっておられますが、得意なことを伸ばしてご自身の強みとするのもよいかと」
私の得意なことが強みになる。
それは考えつかなかった。
「ありがとう!何かわかりそうな気がしてきたわ。さっそくだけど相談に乗ってもらえるかしら?」
「もちろんでございます」
真剣な話し合いが連日夜遅くまで繰り広げられた。
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