第2話
翌日警察から電話があった。
男の意識が回復し、私に会ってお礼を言いたいと言っているらしい。
警察も立ち会うというので仕事帰りの午後六時に病院へ行くという約束をした。
六時に病院へ行くと受付に松井と名乗る警察の人間が待っていて病室まで案内してくれた。
ドアをノックし、松井と一緒に中に入る。
「山田さん、この方が救急車を呼んでくれた佐藤さんですよ」
松井が声を掛ける。
山田と言われた男はベッドの上で上半身を起こし、私に頭を下げた。
「山田と言います。有難う御座いました」
こうしてみると本当にまだ若い。
20代半ばといったところか。
真面目で几帳面な若者という印象を受ける。
「あ、いえいえ当然のことをしただけです。体の具合はどうですか?」
「お陰で大丈夫です。検査結果が出るまで入院するように言われているだけですから」
山田は折り目正しい口調で言った。
「何があったんです?」
私は自然な疑問を口にした。
すると山田は松井に目線を向け、何か問うような眼をした。
私も松井の方を見た。
松井は少し考えるような間を取ってから、私の方を向き、暫しじっと私を見つめてから言った。
「佐藤さん、ここで聞いたことは他では言わないようにお願いします。特にマスコミ関係者には話さないで下さい。それからご自身のSNS等にも載せないように。貴方が山田さんの命を救った人だから特別にお知らせする事です」
「え…はい」
「もし誰かに話されたりすると、あなたにも危険が及ぶ可能性がありますので、くれぐれもお願いします」
「…分かりました」
何だかよく分からないが、そんな事なら聞かない方が良いのだろうか?
戸惑っている内に山田は話し始めていた。
「私は、真実教の教団から逃げて来たんです」
「真実教…」
私は驚いた。
真実教は世間ではかなりエキセントリックな新興宗教という事で知られていた。
俗世間から離れ信者が集団生活を送っているという。
1年ほど前、真実教に入信した信者の親が子供を返せと教団を訴えた事で世間の耳目を集め、
世間を賑わせた事でその存在が多くの人に知られた。
だが、特に何かの事件に関係したとか、周囲に問題を起こしているというような話はない。
その裁判も、親子で話し合い、結局親が訴えを取り下げたという結末だった。
「そう、あの真実教です」
「そう…なんですね」
「はい。私は、両親とも信者だった関係で物心ついた時には教団にいました。自然と信者になりました。小学校と中学校には行きましたが、教団の先生から外で言われた事は全て噓だから信じるなと言われ、そのとおり教団の教えだけを信じて生きて来ました。中学校を出てからも信者として教団の仕事をしてきたんですけど、二十歳を過ぎるころからどこかおかしいと感じ始めたんです。それでいろいろ自分で考えるようになって…。もしかして自分は洗脳されているんじゃないかと思うようになったんです。それで、教団には内緒で、外の人と友達になりました、パソコンのゲームを使って。そしたらその人は信じている宗教なんか無いって言って言うんです。それでもその人は良い人でした。そして自分の自動車を持ってると言うんです。自分が働いて稼いだお金だから自分が使ってもいいんだとか。教団では仕事して稼いだお金は皆のもので誰の者でもありません。さらにその人は、この社会は皆平等だから自分の努力次第でどんな生活も生き方も自由にできるんだとか言うんです。それって、私が教えられてきた事と全然違います」
山田は台本でも読むように淡々と話した。
「教団の外は悪い人に支配されている。皆奴隷みたいに働かされて、いくら一所懸命働いても、何も働かない悪い人達が殆ど全部を持っていく。だから、皆お金の為ならどんな悪い事でも平気でするって。嘘つくとか、嘘じゃないけど相手が勝手に思い込むような事を言って結局騙すとか、とにかくお金の為なら何でもありの危険な社会だって教えられてきました」
淡々と話していた山田の声が震えてきた。
「やっぱり私は洗脳されていたんです」
山田は泣き出した。
私は何も言えず松井を見た。
「真実教は公安の監視対象になっています。真実教の信者は皆信仰心が篤いので山田さんは貴重な脱会者なんです」
外の友達と交流を持っている事が教団にばれ、逃げている途中で行き倒れになったという。
捕まっていたらどうなっていた事か。
無事に脱会できて良かった。
私が知っているのは、いや私に知らされたのはここまでで、その後山田がどうなったのかは知らない。
ただ、その日から山田は「こちらの世界」で暮らす事になるという事だけは分かった。
おそらく警察、公安で様々な事情聴取を受け教団の全貌を明らかにする手助けをする事になるだろう。
今のところ、真実教が何かの犯罪に関与しているという話は聞かないが、公安が監視対象にしているくらいだから、警察は何かを疑っているのかも知れない。
この先真実教に捜査のメスが入ったなら、きっと、この山田の情報が元になっているのだろう。
そんな風に考えた。
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