第4話急展開

美夜と同居をするようになって一週間ほどが経過していた。

彼女は僕の呼び名をおじさんから斎藤さんへとシフトしていた。

斎藤和夢さいとうなごむというのが僕の本名であるが今まで明かしていなかった理由はこれと言ってない。

「斎藤さん。お弁当です。どうぞ」

早朝のことだった。

毎朝六時に起きる僕よりも早く起きる美夜は必ずと言って良いほど手作りのお弁当を手渡してくれる。

「毎日悪いね。まだ眠いでしょ?」

お弁当を受け取ると鞄にしまい美夜に問いかける。

「大丈夫です。自分の分のお弁当を作るついでですし。この後、一時間ほど寝てから支度をして学校へ行くので」

「そう。それでもありがとうね。何か不自由してない?」

「不自由はしていないんですけど…」

「ん?何か欲しいものがあるとか?」

「………」

そこで言葉に詰まる美夜を見て僕は薄く微笑んだ。

「分かった。直接言い難い事があった時は手紙かチャットでやり取りしよう。顔を合わせると言い難いこともあるでしょ?」

「そうですね…じゃあ後でチャットします」

「うん。じゃあ行ってくるね」

「いってらっしゃいっ♡今日もお仕事頑張ってくださいっ♡」

そんなエールにも似た言葉を背中で受け止めながら僕は駅へと急ぐのであった。



出社してデスクに着いた辺りでスマホにチャットが届いた。

「実は…この本が欲しくて…」

追加で送られてきたURLを眺めながら僕は了承の返事をする。

「分かった。全巻揃えればいいかな?」

「そんな…一気にじゃなくていいですよ。一巻ずつで」

「大丈夫だよ。まだ五巻までしか出てないし。一気に買うよ。そうすれば暇な時間は読書で過ごせるでしょ?」

「はい…本当にありがとうございます」

「良いよ。それにしても異世界もの?学校で流行っているの?」

「はい。友人がオススメしてくれて。でも借りるのは少しだけ抵抗があったので…」

「そうだね。物も金銭も貸し借りすると後でトラブルになるからやめておいて正解だよ」

「ですか。ありがとうございます。改めてお礼を言わせてください」

「うん。じゃあお急ぎ便で頼んでおいたから。今日の十八時頃に宅配予定になっている。それまでには家に居てね」

「わかりました。では学校に行ってきます。お仕事頑張ってください」

それに了承の返事をすると本日も職務を全うするのであった。



昼休憩がやってきてお弁当箱をデスクに広げると席の近い男女の社員に声を掛けられる。

「斎藤さん。最近お弁当ですね」

男性社員が僕のお弁当の中身を見てニマニマとした表情で数回頷いていた。

「中身も凄いですね。全部手作りに見えますけど…もしかして恋人が出来たとか!?」

女性社員もお弁当の中身を見てはあらぬ憶測を口にして黄色い声をあげていた。

「いや…そんなんじゃないですけど…」

「じゃあ自分で手料理するんですか?」

男性社員の言葉に僕は嘘をつく様にして頷いて応える。

「じゃあ工程を言ってみてください」

女性社員は豚の角煮を指差すと試すような言葉を口にする。

「えっと…実は全部スーパーのお惣菜でして…」

再び嘘を吐くのだが女性社員にはそれも通用しないようだった。

「それは無いと思います」

「どうして…?」

「えっと。私も経験あるんですけど…料理始めたてのものに見えるんですよね〜」

ギクリとして視線を逸らすと男女の社員は顔を合わせてニヤニヤとしている。

「やっぱり彼女なんですね!堅物の斎藤さんにも春が来たんですね〜」

男性社員は嬉しそうに微笑んでいた。

「でも…料理初めたてって事は歳下ですか?斎藤さんも隅に置けませんね〜」

「………」

その言葉にうんざりとした表情を浮かべていると彼ら彼女らは僕に手を振ってデスクを後にする。

折角の美夜の手料理を楽しもうと思っていたのに…。

少しのケチが着いた気がして複雑な気分だった。

しかしながら感謝の気持ちを忘れずに美夜のお弁当を頂くのであった。



終業後はもちろん残業の時間となる。

本日もくたくたになりながら時計の針が天辺を迎えるまで残業に励む。

終電が無くなる前に帰路に就くと家のドアを開ける。

流石に美夜は就寝しているはずなので足音を立てずに自室に向かう。

スーツを脱いで風呂場に向かうと全身を洗ってから湯船に浸かる。

ゆっくりと疲労を回復させようと目を瞑ると寝落ちしかける。

まずいと感じると風呂場を出て脱衣所で全身をバスタオルで拭く。

パジャマに着替えると自室に向かいベッドで眠りに着くのであった。



ネットで買ってもらった小説が光っている。

「心優しき子供らの友よ。汝に救って欲しい少女がいる。彼女は同性の友を欲している。年上の頼れる異性を欲している。彼女は何を信じれば良いのか分からずにいる。私の子らの願いは汝にしか叶えることが出来ない。心優しき子供らの友よ。どうか我の願いを叶え給え…」

可笑しな話だが小説に書き込まれた文字が音声となって脳内に直接語りかけてくるようだった。

私はそれを眠りにつきながら確かに感じていた。

もしかしたら斎藤さんもそうだったかもしれない。

小説がまばゆい光を放つと私はそれに包まれる。

もう一つ大きな輝きを放つ光が家の中で確かに存在していた。

そして二つの輝きは何処か遠くの世界へと飛んでいくのであった。



目を覚ますと僕と美夜はここではない何処かの世界の一室で目を覚ますのであった。


異世界編突入!

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