第3話同居人
支度を整えた僕は玄関の外へと出る。
「ん?あんたか?うちの娘を連れ出そうとしているのは」
隣の家の父親と思しき人物は僕を見ると少しだけ訝しんだ表情を浮かべる。
「連れ出すだなんて人聞き悪いですね。あなたが恋人を連れ込んで大事な娘を蔑ろにしているからじゃないですか」
本音を怒り無くしっかりと伝えてみると彼は少しだけ困ったような表情を浮かべる。
「彼女が子供嫌いなんだ…」
何となく困り果てた表情で少しだけ寂しそうな顔をしている彼に少しだけ同情した。
「娘と恋人。どっちが大事なんですか?」
「それは…」
彼ははっきりと答えを出せないようで完全に困った表情を浮かべている。
「娘を見ると前妻を思い出すんだ…それはかなり辛い記憶だ…」
「………」
「恋人は子供嫌いだが俺のことは大事にしてくれる…だから俺も言うことを聞くようになってしまって…美夜には辛い思いをさせているとは思うんだが…」
父親は本心を口にして気まずそうな表情で後頭部あたりを掻いていた。
「私は困ってない。おじさんがいるから」
美夜は話に割って入ると本音を言っているようだった。
彼女は僕の元まで歩いて向かってくると後ろに隠れる。
「その…そういう趣味じゃないよな?娘にいやらしいことを…」
父親の心配は理解できる。
だが僕は決してそういう趣味の人間ではない。
「そんなわけ無いですよ。決して手を出さないと約束します」
「ですか…ではおこがましいことを言うんですけど…恋人が来ている時…娘の世話をしていてもらえませんか…?」
「本当に勝手なことを言っていますね。もしも今の恋人と結婚するとなったら…美夜さんは捨てられるんですか?」
「………」
父親は完全に沈黙状態になっていた。
その想像を自分でも何度もしたのだろう。
嫌な想像が頭を離れないでいたはずだ。
きっと苦しんでいるのも理解できる。
だがしかし僕が救いたいのは眼の前の美夜だけだった。
「やはりそんな事を想像しているんですね…父親としてそれはどうなんでしょう」
「父親になったこともないあんたにはわからないことだよ…」
「そうですかね?今現在の状況をよくみてください。父親のもとに娘が寄り付かないなんて異常事態じゃないですか。ただの隣の家のおじさんの後ろに隠れているんですよ?それを異常だと思わないんですか?」
「正論をぶつけるのは簡単だよな…俺がその立場だったら同じようなことを言うよ。けれど俺にも人生があるんだ。俺だって幸せになりたい。娘の犠牲の上にその幸せがあったとしたら…」
「もういいです。あなたとは話が通じない。ですが了解しました。美夜さんの世話は僕が見ますよ。どうしても今の恋人と一緒になりたいんですね?」
「………」
僕の言葉に父親は静かにコクリと頷いた。
「ですか。では後は僕に任せてください。独り身でお金にも余裕がある僕が美夜さんを…育てるだなんて大げさなことは言いません。でも何不自由なく一緒に生活します。それでよろしいんですね?」
「………」
父親はバツが悪そうな顔をすると頷いて部屋の中に戻っていった。
「ごめんね。美夜ちゃん。僕が勝手に話を進めてしまって…お父さんと一緒に居たかったでしょ?」
僕の言葉を耳にした美夜は何でもない表情で首を左右に振る。
「全然。おじさんと一緒のほうが楽しいし嬉しいっ♡」
その言葉に苦笑すると僕らはエレベーターまで向かう。
マンションを抜けると街に向かい買い物をして過ごすのであった。
美夜と生活を共にするにあたり必要な物を買い揃えると近くのファミレスで食事を済ませる。
「夕食は私が作りたいです!」
美夜は僕にその様な提案をしてくるので質問を返す。
「何が作れるの?」
「ハンバーグはマスターしました!」
「マスターしたの?それは楽しみだな」
「じゃあ今日はハンバーグを作ります!」
「わかったよ。じゃあ帰りにスーパー寄って帰ろうね」
「はいっ♡」
そうして僕らは遅い昼食をファミレスで取ると近所のスーパーに寄って買い物を済ませる。
宣言通りに美夜は夕食にハンバーグを作ってくれて僕はそれを有り難く頂くのであった。
本日より僕には同居人が出来た。
それは隣の家の女子中学生である富士美夜である。
もちろん父親の了承も得ている。
決して僕らはその様な関係ではない。
父親のネグレクトが原因で困っている彼女を助けるだけが目的なのだ。
僕の自己満足かもしれないが彼女が一人で生活できるまでは面倒を見ようと思うのであった。
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