第一話 新たな依頼
「…。(ガツガツ)」
「ルゥ、落ち着いて食べていいんだよ?誰もとらないからね?」
「…?(もぐもぐ)」
可愛い。口元についた食べカスがさらにあどけなさを演出している。しばらくこちらをじっと見つめたルゥは、すぐにまた機内食をがっつき始めた。
今、私たちは飛行機に乗り、上空を移動している。まだまだ寒い日が目立つ三月の空は、蒼く澄んでいて、どこか暖かさを感じた。
隣にいるルゥは、機内食にがっついている。時差ボケ対策で昼食を抜いたから仕方がないか。
私は窓一面に広がる青空を見ながら、頬杖をついて考え事をする。
あの激戦の後、アルカスの木の根本で居眠りをしてしまった私。しかし結局朝まで私は起きなかった。心配していた低体温症にはなっておらず、むしろ体がポカポカしていて心地よかった。傍らには、何故かルゥが私に抱きつくように寝ていた。あっためようとしてくれたのか?そう思い、少し嬉しさを感じた。
正直、何故無事なのか不思議で仕方がなかったが、まずは帰ろうと言うことで、ルゥをおんぶして、そのまま帰路に着いたのだった。
思い出して、頬が赤くなる。
「あー、恥ずい…!」
「…?(もぐもぐ)」
なんか私、死に際みたいなセリフ言ってなかったっけ!?なのにこんなケロッと生存してる。うわー最悪!メチャクチャ恥ずかしい!
ルゥは気にしてないみたいだったけど、私は恥ずかしくて仕方がない。厨二病もいいとこだ。生還できた理由より、その台詞を吐いてしまった理由を追求したいくらい。
まぁでも、生存できたし!?生きてただけ儲けもんだし!?別にいいけどね!?気にしてないし!
私は火照った頬をルゥに見られないように、しばらく窓の外を眺めていた。
チラッとルゥの方を見ると、ルゥはそんな私に一ミリも気づかずに、ぷらぷらと足を動かして楽しそうにフライトを満喫していたのだった。
なんか私だけ損した気分になった。
しばらくすると、飛行機からアナウンスが入り、降下が始まった。
飛行機が雲を通り抜けると、窓の外にはには都市の姿が一望できた。
「ルゥ!見えてきたよ!」
「…!(目を輝かせる)」
もうすぐ目的地に着く。そう思うと、なんだかわくわくして落ち着かなかった。
私たちを乗せた飛行機は目的地に到着する。空港を出ると、外は晴天で、澄み切った青空が広がっていた。
ゴシック風の建物がずらりと並ぶ街並みは、どこか荘厳さを感じる。ほのかに積もった雪は、この街を彩るオーナメントのように街を一層神秘的な場所に昇華させていた。
「きちゃいましたかぁ、ロンドン!」
北欧の国イギリス、その首都ロンドン。
私たちは、何でも屋稼業の新たな依頼のため、この北東の地を訪れたのだった。
「マジシャンの誘拐?そんなことしてなんになるんです?」
「いやいや、彼女のマジックは素晴らしくてね。ぜひとも、我が社専属のマジシャンになって欲しいのだよ。」
数日前、私はとある依頼者と面談していた。日頃からお世話になっている方で、最近は専ら芸能に力を加えているらしい。
しかし誘拐か。誘拐は何度か行ったことがあるけど、どれもあまり気分のいい思い出じゃない。できるなら断りたいんだけど…。
「だったら交渉とか、スカウトとか、別に穏便なやり方があるのでは?」
「それがねぇ咲ちゃん、彼女、そういう類のものは門前払いらしくてね…。いやーほんとに困ったよ。」
「はぁ…。」
なるほど、それで途方に暮れた結果、拉致ろうと。全く、つくづく救えない奴だ。
まぁでも、この人も含め、汚い大人たちのお陰で私も生活できてるから、特に何も言及しない。私は自分の目的のために戦うだけ。
私はターゲットが示された新聞の第一面を見る。白黒の新聞からも、その金髪が美しくたなびいているこの少女が、今回のターゲットか。
「わかりましたよ。だけど、期間は長めにもらいますからね?」
「もちろんだとも。こちらとしては、連れてきてもらえるだけでありがたいんだから。いくらでも譲歩しようじゃないか。」
「ありがとうございます。」
そうして、私たちは合意する。立ち上がってお互い笑顔で握手をしたが、どちらの目も笑ってなかった。
「今度は誘拐か。大変だな。」
「ほんとーにね。やんなっちゃう。」
私は面談でスーツも着ていたので、帰宅がてら、ジークさんのお店に向かった。メンテナンスや修理のため、預けてた武器を引き取りに来たのだ。
「まぁ、お前が決めたことだから深くは追及しないけどよ、あんま無理すんじゃねぇぞ?身長伸びなくなるぞ?」
「うっさい。子供扱いはやめて。」
「冗談だって。おーこわ。」
反抗期の娘と父親みたいな会話だな、と密かに思う。ちょっとだけ心が満たされた気がした。思わず微笑む。
「はいよ。依頼されてたやつだ。」
「あんがと、ジークさん。」
「おう。そうだ、あの時の約束…。」
「ンン?ナンノコトカナァ?」
私はとぼけたふりをして、足早に立ち去ろうとする。
「おい!」
「あはは、ごめんごめん!4時間後にはもうフライト時刻だから、準備してもう行かないと!また次の時に持ってくるよ!それまでは、ツケってことで!」
そのまま、私は階段を上がっていった。
「はぁ全く…。お転婆な野郎だな。」
「まぁ、無事に帰ってきてくれたし、可愛い娘の頼みだ。我慢してやろうかな。」
そして現在に至る。とりあえず…
「れっつ観光ー!」
「…。(片手を上げる)」
というわけで、依頼をこなす前に、ロンドンを堪能することにした。
誘拐実行は日が落ちてからなので、それまでは暇なのだ。
実は、イギリスの他の都市には任務できたことあったけど、首都ロンドンをちゃんと見てまわったことはなかったんだよね。
とりあえず私は、近くにあったパンフレットを手に取って、ルゥと一緒にどこにいくか話し合うことにしたのだった。
私たちはいろいろな観光名所を巡った。ビックベン、バッキンガム宮殿、大英博物館…。
色々回ったのち、最後の観光場所として、ここ、タワーブリッジに訪れた。
「おおー!!橋上がってるね!ルゥ!」
「…!(感嘆の声)」
ロンドンのタワーブリッジは、テムズ川にかかる橋の一つ。橋の両岸に中世ヨーロッパ風の特徴的な建物が立っているのが特徴だ。
そんなタワーブリッジ、驚くことに現役の『跳ね橋』なのだ。つまり今となっても、テムズ川を進む船のために橋が真っ二つに割れて持ち上がり、航路を確保するという光景が見られる。
私たちはちょうどその瞬間に立ち会っていたのだった。
「いやー、人類の工夫ってすごいね!ルゥ?」
「…。(コクリ)」
私たちは2人して、目の前の光景に感激していた。久しぶりの感情だ。
私たちはあげられた橋をもっと間近で見ようと、とある場所に足を進めた。
私たちは二つの塔を結ぶ、天空のウォークウェイへとやってきた。
ここでは、よく見るガラス張りの床から、大きなテムズ川と上げられた橋が見下ろせる。実際に見てみると、橋の裏側とか綺麗な橋と橋の境目など、普段見ることができないものばかりでなかなか楽しい。
「すごいねー、ルゥ!ルゥ?」
「…!(震える)」
ルゥは小刻みに震えてる。もしかして…
「もしかして高いとこ苦手?」
「…!(ウンウンと頷く)」
あちゃー、久しぶりにルゥの新しい一面を知れたのはいいけど、これじゃ楽しめなさそうだな…。
「ごめんねールゥ。気づかなくて。降りて下の橋の方通ろっか?」
「…。(頷く)」
2人でそう決めて、下に降りようと踵を返した。
その時、突如後ろから活力のある声が飛んでくる。
「みんな〜!こんにちは〜!突然だけど、今からここでマジックショーを始めるよ〜!」
そんな高らかな宣言が耳に入る。私たちは振り返ると、黒のシルクハットにステッキが特徴的な、まさにマジシャンと言った様相の金髪少女が、橋の縁に立っていた。
「おお、まさかリンのゲリラショーに立ち会えるなんて!今日は幸運だな!」
「あの空飛ぶマジック、今日もやるのかな?」
「今日も驚かせてくれよー!」
突然現れたリンにどよめく観客たち。一方で、私は別の理由で彼女に注視していた。
リン・エフォード。たった1日にして、その名をイギリス中に広めたマジシャン。現在ではSNSの拡散等により、世界的にも有名なマジシャンとなった。今回の誘拐のターゲットでもある。
煌びやかな金髪と、全てを見透かすような碧の双眸が特徴的な15歳くらいの少女。その可憐さも、世界中に名が知れ渡るのに一役買っているのだろう。
まさかこんなところで本人に会えるとは。やっぱり運がいいかも私。
せっかくだから、彼女のマジックを捕える前に見てみることにした。
そんな彼女の売りは、『今まで人類が見たことのないマジック』らしい。
「それじゃあ始めちゃおっかな!最初はウォーミングアップから!」
そういうと彼女はシルクハットを脱いで、ステッキで帽子の鍔を軽く叩くと、虚空から鳩を出現させた。まさにマジシャンらしいマジックに思わず簡単とする。
その後も、観客に選んでもらったトランプをズバリ言い当てたり、持っていたものを増殖させたりなど、多彩なマジックを披露してくれる。
私は充分楽しかったのだが、一つ疑問が。どのマジックも普遍的なものだ。他のマジシャンも多くやっているものばかり。彼女のモットーとはずいぶんかけ離れている気がする。
しかし、観客のボルテージは下がるどころか、むしろ増長していった。
「さてさて、ウォーミングアップはおしまい!ここからは初披露のマジックだよ!」
「まじか!初披露だってよ!」
「よっ!待ってました!」
どうやら今までのはウォーミングアップだったらしい。加えて、新しいマジックも披露してくれるみたいだ。ちょっぴり私も期待した。
「さて、今回私が行うのは『瞬間移動』!」
リンはそう言うと、水面からここまで42メートルもあるウォークウェイの縁に登り、立ち上がる。まるで自殺まがいのその行動は、最初は観客たちをどよめかせたが、全く動揺していないその姿を見るうちに、だんだんと静かになっていった。
「こちらの手すりから様々なところに移動して見せましょうとも!例えば…、反対側の縁とか。」
リンが反対側の橋の縁をステッキで指し示す。私たち観客が振り返るとそこにはリンがいた。
そう、リンがいた。
咄嗟に私は、リンがもともといたはずの場所をまた振り返る。そこはただの橋の縁があるだけで、奥には美しいロンドン市内が見えていた。
あの一瞬で移動したらしい。
「どうですか?言った通りでしょう?」
まさに瞬間移動と言えるマジックに思わず感服する。本当の意味でタネも仕掛けも見つからず、もはやマジックの範疇を超えている気がした。
「もちろん、遠いところに立っていけちゃいますとも!あっちの塔の上とかね?」
私たち観客は期待しながらリンの指す方向を見る。やはり、タワーブリッジの片方の塔の上に、リンがいた。
「おーいみなさーん!聞こえますかー!?」
観客からは拍手喝采が鳴り響く。リンは遠くから丁寧にお辞儀をした。
もっと見てみたい。次は驚きをくれるんだろう?
私は彼女の魔術に虜になる。次は一体何を…。
刹那、私の袖が引っ張られる。ルゥだ。わたしは我に帰る。
これ以上、ターゲットに感情移入しない方がいいだろう。誘拐の時に自分が辛くなるだけだけだ。
「ありがとうルゥ。そうだね、そろそろ帰ろっか。」
「…。(コクリ)」
私たちは拍手喝采を送る人混みをかき分けて、天才マジシャンに背を向けながらウォークブリッジを後にする。途中でうっかりルゥが下を見て、私に抱きついてきた。可愛い奴め。いくらガラス張りだからってそこまで怯えなくても…。
あれ、結構怖くない?だんだんと顔から血の気が引いていくのが自分でもわかる。
結局私たちは身を寄せ合いながら急いで塔に入った。ここだけの話、これ以来ルゥだけでなく私も高いところは遠慮するようになったのだった。
「ありがとー…ん?」
私は、マジックを披露した後、ある2人に注目してしまう。
私のマジックはまだ終わってない。それなのに、私に背を向けてタワーブリッジを後にしようとしているようだ。
「へぇ…。あんまり気にしてこなかったけど、ちょっとだけイラッとしちゃったかも。」
今まではこんなことなかった。路上で誰にも見向きされなくても、マジックをしているだけで楽しかったし、何よりアイツがいてくれてた。
しかし、今では一人でも多く私のマジックに注目してくれないと困るのだ。なんだか自分が別人になってしまったような気がする。
環境の変化は人を変える。そう私は実感する。
とりあえずわたしは注目してくれてる観客に視線を戻し、この鬱憤をマジックで晴らすことにした。
「じゃあ、次のマジック!いっくよー!」
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