幕間 和の消失
皆は、日本という国から、真っ先に何を想像するだろうか。
ある人は、『侍』という。江戸時代頃に存在した、刀を持ち、髪を特徴的な丁髷で整えた武人のことだ。
ある人は、『寿司』という。魚介の生の切り身を、白米とお酢で味を整えたものに乗せて、大豆から作った液などで食す、日本特有の料理のことだ。
ある人は、『漫画やアニメ』という。日本のアニメ・漫画文化の発展は目を見張るものがあり、海外で大人気な作品も多々存在している。
他にも、蕎麦、相撲、スカイツリー、富士山、鰻、日の丸…挙げればキリがないだろう。
少なくとも、『日本』という国を全く知らないという人の方が、世界的に見ても少ないはずだ。国土面積としては他国に劣るものの、その独特な文化と発展力により、先進国へ比較的早く名を連ねた実力は伊達ではない。
そのはずだった。
2028年4月17日。中国の都市部で、とある少女が街中を歩いている。桜色のその髪は手入れされていないみたいでボサボサ、服も洗ってある様子が見られず泥まみれ、本当にみすぼらしい格好で見るに絶えない。
途中、少女は誰かに石を投げられた。結構な痛みらしく、頭を手で押さえている。少女はそのまま、避難するように路地に入った。
しばらく走ったのち、息を切らせて少女は立ち止まる。壁にへたり込むように座り、しばらく空を見上げていた。その後、急に何かを思い出したようにポケットを弄り出した。取り出したのは、メルカトル図法で表された、航海でよく用いられる世界地図だった。
世界地図はところどころに折り目は残っているものの、見た目の印象としては綺麗な方だった。ただ、一つだけ違和感がある。
日本列島が存在していない。
中国の東に、主要な四つの島と、数々の小さな島で構成された国が見当たらない。
少女はため息をついた。
「みんな、日本のことを知らない…。いや、元々なかったみたいになってる…?どうして…?」
少女は街中の人々に、「日本はどっちの方向!?」と尋ねて回ったのを思い出す。相手から帰ってくる返事は、決まって「そんな国聞いたこともない」とのことだった。
少女は途方に暮れた。行く当てがないのだ。未成年であることを偽って働こうにも、流石に身長が足りない。
少女は結局、座り込んでじっとすることで、エネルギーの消費を抑えることにした。
この後すぐ、少女は40代ほどの男性に無理やり弟子にされ、生活を共にするようになるのはまた別のお話。
ケトルが沸く音がした。私は、コーヒー豆を砕き、フィルターに入れて、熱々のコーヒーを注いだ。
私はコーヒーを淹れたマグカップを片手に持ち、壁にかけたクシャクシャの今となっては小さく感じる世界地図を見る。
やはり、日本列島はなく、太平洋がちょっとだけ広く感じた。
「…元に戻さないとね。」
私はコーヒーを一気に飲んで気合いを入れようとする。当然、熱々のコーヒーは私の口の中を蹂躙した。
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