終幕 2人で
私は、ルゥを抱えたまま、フラフラと林の中を進んでいた。
ルゥは、何事もなかったかのようにスヤスヤと寝息を立てている。
「ごめんね、ルゥ。ちゃんと守ってあげられなくて。」
「…。(スヤスヤ)」
瞬間、足がもつれて転びかける。
すんでのところで持ち堪えたが、限界も近い。
もう1時間近く歩き続けてへとへとだ。加えて、夜の冬が疲れた体をじわじわと病んでいく。
何処かで、座って休んでしまいたい。でも、止まらない。ルゥが寒いだろうから。
足が痛む。もしかしたら骨にヒビが入ってるのかもしれない。それでも歩く。ルゥが風邪をひかないように。
なるべく遠く、遠くまで。
もう、体の方は限界だった。
不意に、立ち止まる。
動けなかった。
もう、体が動いてくれない。
流石に休まないと、死んでしまう気がした。
辺りを見渡す。すると、目立つものがあった。
木漏れ日のように月光がさす林の中に、一本の満開の桜が見えた。いや、満開のアルカスか。
私は引き寄せられるようにアルカスに近づいた。
木の根元に着く。風が吹き、アルカスの枝を揺らす。サァァと、木々が擦れる心地よい音と、月光に照らされながら舞い散る花びらが印象に残った。
私は木陰にルゥを座らせる。そして上着をルゥに被せて毛布代わりにしてあげた。心なしかルゥの表情もリラックスしたみたいだ。
私も、もう無理だーと言わんばかりにルゥの隣に倒れ込む。そのまま夜空を見上げるように
仰向けになった。
そのまま、私は微睡んで、意識を失いかける。
私、柳原咲は、桜花流剣術の継承者。桜花流は、江戸から続く、一家相伝の秘剣だ。その技は桜や春に関連付いたものとなっており、華やかなものから地味なものまで多種多様な剣技が存在する。桜が季節によって魅せる姿が変わることになぞらえている。
この剣なら、私だってルゥに勝てる自信がある。本当だったら私だって、いつ何時もこの刀を使っていたいけれども、そうもいかないのだ。
この剣術を知る者はもはや世界中で私のみ。世界の誰もがその存在を忘れ、地球上から秘匿されてしまった剣。
この世界の虚構に気付いたあの日から、私はこの剣を奥の手として隠し通すことにした。この剣が世に広まらないように。そして、いざという時の為に、絶えず牙を研いできた。
正統なこの桜花流の継承者として確信を持って言えることは、静けさと激しさ、静と動を両立したこの剣術を初見で見切ることは不可能だろう。詰まるところ、初めてこの剣技を前にした敵にとっては、訳も分からずに斬られる理解不能の一太刀なのだ。
私は、オリバーの言葉に賭けた。彼は「『視える』ようになった」と言った。その言い回しは予知というよりは予見。その微妙な違いに賭けたのだ。
結果、オリバーは右腕を失うことになる。そして同時に、彼が件の力そのものを行使出来るわけではないことも明らかになった。よく似た力が使えるようになる、と言ったところか。
私の微睡んだ視界に変化がある。少し意識を覚醒させて見てみると、いつの間にかルゥが起きていて、私の方を見つめていた。
「ルゥ…、おはよ。」
「…。(心配そうな表情)」
「大丈夫、ちょっと休んだら治るよ…。」
やっぱ、私ってダメだな。もっとしっかりして、ルゥを助けてあげなくちゃいけないのに。こうして無様な姿を見せただけでなく、心配までさせてしまった。ごめんね、ルゥ。
私は、寒さで感覚がない右腕をなんとか動かしてルゥを撫でてあげる。大丈夫だよ、安心してね、という意味も込めて。
しばらく撫でていると、ルゥが横から覆い被さるように抱きついてきた。折れた肋骨の痛みが気にならないくらい、ルゥの体はあったかくて、とっても心地よかった。
「ごめんね、ルゥ…。ダメな私で…。そして、こんな私を支えてくれて…。ありがとう…。」
ルゥは私の胸に顔をぐりぐりと押し付ける。顔は見えないけど、多分泣いているみたい。
もう一回、ルゥを撫でようと手を上げてみる。いや上げられない。もう体は悲鳴をあげていた。
眠くなってきた。また意識が遠のく。こんなところで寝たら、低体温症で死んでしまうかもしれない。でも、とっくに起き上がる体力も立ち上がる気力も尽きていた。
死ぬわけにはいかないのに。でも眠い。そうだ、10分だけ。ルゥに起こして貰えばいい。そうしよう。
「ルゥ…ちょっと私眠いからさ…10分したら、起こしてくれない…?」
「…!?(首を振る)」
「ごめんね…ほんとーに…眠くって…頼んだよ…ルゥ……。」
瞬間、目の前が暗くなる。
私の意識は、ここまでだ。
凍えるような寒さの夜。満開の桜の下で2人の女性がうずくまっている。1人は、桜色の髪が綺麗な少女。スゥスゥと寝息を立てている。
もう1人は6、7歳くらいの幼女で、銀色の長い髪をたなびかせながら先ほどの桜色の髪した少女に抱きついている。
暫くすると、幼女は少女から離れ立ち上がる。
「咲…。」
幼女はそう呟くと共に、握りしめた右手を開く。
ずっと握っていたらしく、手が真っ白だった。まるで朝の日差しに照らされた雪のような小さな右手に、これまた小さな『桜の枝』が握られていた。
いや、『桜の枝のかけら』と言った方がニュアンスが近しい。幼女はそれを見つめ、呟く。
「…一緒じゃなきゃ、ダメ。」
幼女は目尻に滲む涙を吹き、その『かけら』を一気に飲み込んだ。そして何事もなかったかのようにまた少女に抱きつく。
ただ、今度は、少女を暖めるように、なるべく全身を少女に密着させるように抱きついた。
そして、少女のものであると思われる羽織り物を自分達にかけた。
その後、30秒ほどで幼女の頬が火照りはじめる。体温が上昇しているらしく、少し息が荒くなる。どうやら先ほどの『かけら』を飲み込んだことが関係しているらしい。この状態で抱きつくことで、少女に暖を取らせようとしているのだろうか。
しばらくすると、幼女の方もウトウトとしだす。そのまま眠り始めてしまった。
雪が、静かに舞い始める。まさにシンシンという擬音がピッタリ当てはまるように静かに舞う。
風に吹かれ、桜も舞い落ちる。地面に落ちるその時まで、彼らは美しさを放ち続けた。
桜と雪が舞う夜に、寒さをまるで感じさせない、幻想的な風景の中、2人の少女が微笑みながらスゥスゥと寝息を立てていた。
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