第二話 取引と家族

 あの真っ昼間の襲撃の後、私たちは新規の依頼受付を停止、預かっている依頼を片付けたのち、日頃からお世話になっている関係各所に臨時休業の旨を伝えた。

 多くの方がこの休業を残念がっていたが、どのお方も話し合いの末、納得してくださった。


 「いやー、君たちにはお世話になってるからね、この連絡は本当に残念だよ。」

 「申し訳ない、こちら側の都合で、数週間ほど暇をもらえればと。」

 「いや大丈夫大丈夫。僕も理解ある方だからね。まぁがんばって。」

 「つきましては復帰時の依頼料について、初回は半額にさせていただきますね。ご不便をおかけしますから。」

 「あぁ、そうしてくれると助かるよ。」


 まぁ話し合いというより、感謝の品々と最後の割引で納得してくれたと言った方が正しいのかな。結局世の中金なのだ。

 

 各所との諸々の取引が終了した後、一旦帰宅。この後のことを考えて、面倒だなと思う感情を奥へと押しやって、クローゼットに眠っていた一張羅のスーツを取り出した。

 ちなみに夜も遅いので、ルゥは眠いと言って離脱。まぁ交渉だけなら私だけでも十分できるし、子供は睡眠が大事だからね。

 私はスーツに着替え、髪を後ろでまとめてポニーテールにした後、大事なコレを入れた細長く大きめなアタッシュケースと、大金を詰め込んだ別のアタッシュケースを両手に持ち、とある高級なレストランへと立ち寄った。頑張った自分にご褒美、というわけではなく、


 「お待たせいたしました。オーナーがお呼びでございます。」

 「ありがとうございます。あ、預けてたアタッシュケースもらえますか?」

 「かしこまりました。すぐご用意いたします。」


 私はスタッフに連れられて、応接室に入る。中には誰もいなかった。まぁいつも通りだ。私は慣れた手つきで椅子の裏にあるボタンを押す。

 その後、飾られている観葉植物をずらして、本当にわずかに凹んでいる部分を、スーツに隠していたクラフトピックで約10秒ほど押し込み続けると、機械的な音と共に、応接室の目立たないところに降り階段が表れた。

 私は転ばないように気をつけながら…と思っているうちに足を滑らせかける。一瞬ヒヤッとした。改めて自分のドジに嫌気がさす。

 気を取り直して、階段を降りていく。段を降りるたびにコツコツと響くヒールの音が小気味良い。降り終えると、目の前には先程の小綺麗なレストランとは打って変わって古めかしい感じがする木造の部屋が広がり、壁一面に武器が飾られていた。銃や剣、ナイフに槍、果てにはヌンチャクなどの奇抜な武器までもがあり、思わず感嘆を洩らす。

 そんなことをしていると、奥で銃の手入れをしていた男性が、作業を続けながら私に話しかけてきた。

 

 「見せもんじゃないぞ、サキ。」

 「あ、ジークおじさん。こんばんは。」

 「まだ三十後半だボケ。」

 「いや三十後半はおじさんでしょ。」


 ジークさん。私たち(主に私)が贔屓にさせてもらってる武器商人だ。表の顔はこのレストランのオーナーで名が通っているが、本当の顔は、こうして各国から仕入れた質のいい数々の武器を商品とするベテラン闇商人なのである。

 実際、私たちが依頼で戦ったことのある敵にも、ジークさんと取引して手に入れたっぽい武器を使っている奴らもいた。それぐらいこの道で名が通っている人物なのだ。

 また、私の裏稼業における師匠でもある。今は独立したけど、今の交渉術や射撃は彼に教わったものが大きい。

 しばらくすると、どうやらジークさんの作業も区切りがついたらしく、作業用のゴーグルを外し、私の方に顔を向けて話しかけてきた。

 

 「んで、今日はなにしにきたんだ?リボルバーの調整ならこの前やってやったし、サブのアサルトライフルも最終メンテからそんなに経ってないはずだが。」

 「あぁ、新しく武器を仕入れたくて。」

 「それは別にかまわねぇけど、お前、リボルバーだってまともに当てらんねぇじゃねえか。今更なにをご所望なんだよ。」

 「あー、私じゃなくて、ルゥでも使えそうなやつが欲しいんだよね。」

 「あの嬢ちゃんでも使える武器か…なかなか難しいな。」


 まぁ実際難しいだろう。いくらルゥの素のスペックが高いとは言え、銃を撃った時の反動や剣の重さには慣れがいるだろう。往々にして、使い慣れない武器は寿命を縮める。

 しかし私は知っている。ジークさんはただの武器商人じゃないことを。


 「あーでも、ジークさんが作ったあの銃ならルゥにも使いやすいんじゃない?」

 「なんのことだ?俺の仕事は武器の取引とメンテナンスのみだ。武器製造には噛んでない。」

 「とぼけたって無駄なんだけどなぁ、ジークさん?」

 「知らないものは知らないからな。誰かと間違えてるんじゃないか?」


 想定通り。正直ここまでわかりやすく目を動かしてくれるとは拍子抜けだ。気づかれてないつもりなんだろうけど、ほんのわずかに視線が左にずれたのを私は見逃さなかった。

 人間が嘘をつく時は、多くの人が右に視線をずらす。もちろん、絶対に嘘をついている、という証拠にはなり得ないけど、嘘をついている可能性があるってだけで今は十分。

 この心理戦、私の勝ちだ。


 「まぁまぁ、まずはこれを見てみてよ。」


 私はスマホを取り出して写真アプリを開く。そして、とっておきの画像を彼に見せた。


 「ん?…なんだこの武器は?今までみたことないぞ…!?」

 「実はその武器、もう使い道がなくて困っててさぁ?どうしようか悩んでるんだよねぇ?」

 「くっ…。そういうことか。」

 「そういうこと。ほら、売ってくれたらこの武器渡してあげるけど?」

 「…現物がないと流石に信じられない。この写真が加工の可能性もあるからな。」


 このおじさん、意外と慎重だな。みたことない武器をちらつかせればすぐに売ってくれると思ってたのに。流石にそこまで盲目武器オタクじゃなかったか。


 「まぁそうだよね。というわけで、サンプルがここにありまーす。」


 私は持参したアタッシュケースを開き、中のものを取り出す。細長い袋に包まれていたそれを、まるで神秘のベールを剥がすかのように丁寧に、慎重に取り出した。

 私は取り出したそれをジークさんに渡す。


 「それは私が今使ってるやつだから。譲りたいやつはまたこれとは別だからそこだけ注意してね。あとはご自由に観察してもらって。」

 「わかった…。しかし、それにしても奇妙な武器だな。剣の部分はみたことないほど細いし、刃は片方にしかついてない。サーベルの一種ようなものか?」

 「まぁ詳細はそのうちね。はい観察タイムしゅーりょー!」


 私は強引にその武器を奪い取る。それでもまだジークさんは何かぶつぶつと呟いてる。これ以上私の大事なこれをこの武器オタクにベタベタ触られたくない!

 

 「さて、そちらの要求は飲みましたけど、こちらに報酬はないのかな?」

 「…はぁ、いいだろう。その代わり、約束は必ず果たせよ?」

 「わかってるって。」


 私に釘を刺したジークさんは、作業台の方へと向かい、ゴソゴソと何かを探したあと、いくつかの銃を持ってきた。


 「銃が二つと、手榴弾が一つか。結構気合い入ってるね。」

 「どれも試作段階だがな。」

 「一つ目がこれ。ピストルを改良した多機能型の銃だ。もちろんピストルとしても使えるし、持ち手のダイヤルを回せば、ワイヤーフック、テーザーガンにもなる。難点としては、器用貧乏ってところだな。どの機能も元々の銃よりはスペックダウンしてる。」

 「二つ目はこのショットガン。こいつはショットガンとしての威力はそのままに、片手で打てるようになるべく小さく作ったものだ。こっちは頑丈な分厚い鉄扉も貫通できるが、銃身を削ったせいで手に反動がえげつないほどくるし、2、3発で銃口が焼けちまってダメになる。どうしても使い捨てみたいになっちまうな。」

 「手榴弾の方は、特製の閃光弾。結構強い光が出るからな、最悪目が潰れることもあるかもしれん。」

 「変なのばっか作ってるね。」

 「うっせ。さぁ、どれにするんだ。さっさと決めてくれ。嬢ちゃんに合いそうなのは…このショットガンかもな。」


 正直、期待よりも数段上の品が来た。どれもこれも、私たちが使うにはピッタリすぎる。もしかして…?

 いや、考えすぎかもな。


 「ちょっと気が変わっちゃった。これ、全部売ってよ?」

 「は?」

 「ダメなの?」

 「いや、そうじゃねぇが…あーわかった、売ってやる。ただ、言い値で買ってもらうからな。」

 「オッケーオッケー。あ、でも流石に法外な値段はやめてよね?」

 「言い値だって言ってるだろ?」

 「ぐぬぬ…まぁ、しょうがないか…。」

 

 全く。ケチなおじさんだ。

 その後、ジークさんから渡された伝票を見て、思わず変な声が出るほど驚いたのは想像に難くないだろう。

 まさかアタッシュケースに入れていた現金をほぼ全て渡すことになるとは。これからこのおじさんには、ちょっとは負けてくれるかもという期待はしないことにしよう。

 

 「はいよ、確かに金額通りだ。」

 「はぁ、思ったより出費が嵩んじゃった。3ヶ月分の給料が…。」

 「嘘つくな。お前らこれくらい1ヶ月半あれば稼げるだろうが。」

 「まぁそれはともかく、ありがとうジークさん。これで準備万端だよ。」

 「どこか行くのか?」

 「ん、ちょっとね。」


 行き先を聞かれ、思わず濁して答えてしまったことに、ちくりと胸が痛む。

 ジークさんにはとてもお世話になった。昔、7年くらい前に、右も左も分からず街を彷徨っていた時、当時はまだ暗殺稼業で現役だったジークさんに偶然出会えたのは、本当に運が良かったと言えるだろう。


 「なんだ、嬢ちゃん。迷子なのか?」

 「…行く当てがない。」

 「なるほど…、とりあえず、飯くわねぇか?奢ってやるよ。」


 2日ほど何も食べてなかった私に選択肢はなかった。その後、本当に行く当てがないこと、当時12歳の私には働ける場所もないことを彼に話すと、彼は飄々と「じゃあ俺の弟子になれ。」と、半ば強制的に弟子にさせられた。彼の指導は厳しかったけど、人並みの生活はさせてもらえたし、銃の種類から射撃訓練まで懇切丁寧に指導してもらったことに、感謝してもし足りない。

 独立した今でも、こうして武器屋と顧客としてお世話になっている。

 だけど、こんなに親切にしてくれるジークさんにも、私たちの目的は話していない。いや、話せないんだ。話したところで伝わらない。御伽話だと思われるのが関の山だろう。

 皮肉だが、私とルゥの目的を共有できるのは、きっと私たちが殺さなきゃいけない人たちだけだ。

 目の前の罪悪感から目を背けようと、私はジークさんに帰る意思を伝えた。


 「さてと、じゃあそろそろ帰るよ。」

 「おう、気をつけろよ。」

 「うん。じゃあね。」


 私はアタッシュケースを両手にもって階段を上がろうとする。刹那、ジークさんの声がした。


 「生きて帰ってこいよ。」

 「!!!」


 あぁ、あの時のは、やっぱり気のせいじゃなかったかもしれない。

 そりゃそうだ。当時はあれほど有名だった暗殺者が、いくら突然現役引退して、ひっそりと武器屋に転職したからといって、彼が築いてきた情報網が無くなった訳じゃない。当たり前だ。

 どこかで私たちの行動を見守ってくれていたのだろう。そして、私たちにピッタリな武器を作ってくれていたのだ。そうに違いない。

 そして、この武器を私たちが求めてきた。それは言い換えればそれほど強い武器が必要なほど危険な任務に行くことの裏付けだ。だから、私たちのことを心配してくれた。

 何も伝えてなくても、見守ってくれてそっと助けを出してくれる人がいた。そのことに気づいて、張り詰めていた気持ちが大分楽になった。

 視界の端が滲む。

 あぁ、やっぱりまだまだ未熟だな。きっとあの目線もわざとだ。師匠、いや、お父さんはまだ越えられないや。

 思わず、振り返って抱きつきたくなった。私だって死にたくない。危ない目には会いたくない。そう言って、お父さんに抱きついて、心の内を曝け出したい。きっと彼なら、私の話を聞いても突き放さないはずだ。

 でも、踏みとどまってしまう。甘えるなと、突き放されてしまった時のことを考えてしまう。結局のところ、私は素直になれなかった。

 ぐちゃぐちゃになった感情に戸惑いつつも、それらを押し殺して、彼に、お父さんにひとつだけ返事をした。


 「うん。行ってきます。」


 それだけ伝えたあと、私はなるべくゆっくり、階段を上がっていった。涙で滲んだ視界が、階段を上がり切る前に元に戻るように。



 「…素直になりゃいいのにな。」

 

 俺はつぶやく。まぁ、遅めの思春期ってやつなのかもな。

 しかし、あいつも腕を上げたもんだ。このままのペースでいけば、心理戦においては俺を越すだろうな。射撃は心配の域を出ないが。

 

 「それにしても、この武器、本当に妙だな。出会った当時は、あいつはこんな武器持ってなかったはずだが…。」


 俺はスマホで共有された例の見たことのない武器を観察する。

 基本的な剣の作りとしては西洋やアジアの作りと同じだが、鋼の頭身は細長く、弧を描いているのが特徴的だ。

 中国のものか?いやしかし中国には何度も滞在したことがあるがこんなものを使うやつはいなかった。僻地の村か何かでしか使われていないものなのか…?


 「まぁ、いいか。あいつが帰ってきたら問いただそう。」


 そうして俺は考えるのをやめ、元々やっていた作業に戻るのだった。


 取引が終わり帰宅。ドアを開け、「ただいまー」と気だるげに唱えた。

 時刻はすでに夜2時。ルゥみたいな子供はぐっすりの時間だ。私も早くシャワーを浴びて、諸々を片付けたら寝るとしようかな。

 そう思って、部屋の電気をつけると、リビングの机でルゥが突っ伏して寝ていた。側にはルゥの大好きなゲーム機があった。きっと夜更かししてゲームをやってるうちに寝落ちしたんだろう。


 「全く、眠いっていうからお留守番させたのに。」

 「…(ぐっすり)」


 我ながらルゥに甘い。天使のようなルゥの寝顔を見ていると、彼女が夜更かししてたことなんてどうでも良くなってきた。まぁ、私もよくこういうことしてたからね。

 でも、流石にここで寝かせたままにするとルゥが風邪をひいてしまう。私はルゥを抱っこして、ルゥの部屋へと向かう。ルゥは思ってたよりも重かったけど、心地よい重さだった。

 ルゥの部屋のドアを開け、彼女をベッドに寝かせる。すぅすぅと寝息を立てるルゥをみてると、本当にただの可愛らしい幼女に見える。

 ルゥの寝顔を見て、私は少し複雑な気持ちになる。本当なら、彼女にも両親がいたはずだ。しかし、彼女の両親は行方不明。出身もわからず、彼女についてわかってるのはその名前だけ。

 そんなルゥの両親を、実はこっそりと探したりもしている。ジークさんや知り合いにも頼んだりはしているけど、なかなかそれらしき人物は見つからない。


 「懐かしいな、ルゥと出会った時のこと、未だに鮮明に思い出せるよ。」


 私がルゥと初めて会ったのはだいたい2年前。依頼が失敗して肩を落としながら帰る途中、路地裏から彼女はボサボサの髪にボロボロの布一枚だけを羽織って出てきて、そのまま突っ伏して倒れてしまった。見るも耐えない酷い有様だったから、急いで病院まで連れて行った。病院にしばらく入院してもらって、それからは一緒に過ごすようになった。流石にほっとくわけにはいかなかったし、それに、過去の自分とルゥを重ねてしまったから。

 最初の頃はギクシャクしてたけど、2ヶ月くらい経つと、いつの間にか心を開いてくれたみたいだった。きっかけがなんだったのかはわからないけど、とにかく、この時から私たちは最高のコンビになった。

 理由は本人が話したがらないので知らないけれど、なぜかこの頃からルゥの格闘は強かった。

 多分、以前ルゥがいた環境が関連してるとは思うけれど、なんとも言い難い。

 私は寝ているルゥの頭を撫でてみる。若干口角が上がった気がする。気のせいかもしれないけど。


 「大丈夫。ルゥは何にも心配しなくていいよ。私が守るから。」


 私は決めていることがある。それは、万が一にでもルゥを死なせるような状況にはしないこと。そして、その万が一が起きたなら、何がなんでも私が代わりになるということ。

 死ぬのは怖いし、たまにプレッシャーで足が震えたりもする。でも、そういう時は決まっていつも、ルゥに幸せになって欲しいという想いが心の底から湧いてくる。気づいたら、足の震えが止まってるんだ。

 彼女に会って、私はいっぱい救われた。ドジで依頼もまともにこなせなかった私が、まさかここまで有名になるなんて思ってもみなかった。

本当に助けられっぱなしだ。

 今日の日が暮れたあと、私たちは目標、『桜』の入手のため、スーツの男たちが吐いてくれたアジトに向かう。きっと、激しい戦いが繰り広げられるに違いない。それほど、『桜』は人に力を与えるんだ。もしかしたら手も出せず惨敗、なんてこともあり得る。

 それでも、私たちの目的達成のためにも、戦って勝たなきゃいけない。

 私もそろそろシャワーを浴びて着替えてこよう。そう思い、最後にもう一度ルゥを撫でてから、ルゥの部屋を後にする。


 「おやすみ、ルゥ。」


 私はそう残してシャワールームに向かった。

 決戦まで、あと16時間。


 …ちなみにこの後、シャンプーとリンスが切れていたことに気づき、渋々近くのコンビニまで買いに行った。夜の街は流石に寒すぎた。

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