第一話 いつも通りの休日?

 めざましが鳴る。私は五月蝿く叫ぶ時計を止めて、ベットからむっくりと起き上がる。正直、まだ寝ていたいけど、あいにく私には早起きしなければならない理由がある。

 ベットから起き上がり、ボサボサの髪をいじりながら寝室を出る。

 リビングに入ると、ルゥが座って待っていた。足をぷらぷらさせながら待っている姿を見ると、ルゥもまだまだ子供なのだなと思う。


 「おはよう、ルゥ。ちょっと待っててね、今ご飯作るからねー」

 「…うん。」


 さてと、作り始めますか。

 私は目覚ましがわりに両頬を軽く叩いて、スイッチを入れる。

 ドジしまくる私だけれど、料理は私担当だ。もちろん料理中もよくドジしちゃうけど、ルゥがキッチンに立つのはまだ早い。それに、ドジしなければ料理には結構自信がある。

 今日は目玉焼きとウインナー、レタスも彩りで添えようか。スープでレトルトのコーンポタージュを出してあげて、あとは…パンをルゥの好きなピザトーストにしてあげよう。

 まずはピザトースト。冷蔵庫からピーマンを取り出して、輪切りに。食パンにケチャップ、スライスチーズを乗せ、その上に輪切りにしたピーマンをばら撒いてトースターに乗せ約3分。あとは焼けるのを待つだけかな。

 次は目玉焼きとウインナーを焼こう。油を引いたフライパンを熱しておく。卵を冷蔵庫から取り出して、殻を割る。中身をシンクに捨てて、殻を熱したフライパンにいれた。


 「…(冷たい眼差し)」

 「えーと、ごめん。」


 どうやら今日はやらかす日らしい。


 幸い卵の個数には余裕があったので、当初の献立通りに朝食は出来た。


 「はい、ルゥお待たせ〜。美味しく食べるんだぞ〜。」

 「…いただきます。」


 ルゥはお行儀よく、手を合わせて挨拶をした。私も同じように繰り返した後、2人で朝食をとり始めた。


 「ルゥ、今日は珍しく何にもない日だけど、何しようか?」

 「…(もぐもぐ)」


 どうやら私の声は届いてないみたいだ。美味しく食べてくれている嬉しさと、話をスルーされた虚しさを同時に感じた。

 その後も、完食するまでルゥは私の呼びかけに答えることはなかった。ちょっぴり寂しい。

 ルゥは食べ終えると、自分の食器をシンクに持って行って洗い始めた。こういうところは大人びているというか、自立しているというか…

 洗い物をしているルゥに対して、改めて問いかけてみる。


 「ルゥ、今日は何しようか。」

 「…(微妙に顔をしかめる)」


 どうやら悩んでいるらしい。その姿も愛らしい。


 「じゃあ、今日はお買い物行かない?ルゥ、また大きくなって、そろそろ服が着れなくなりそうだし。どうかな?」

 「…(コクリ)」

 「わかった!じゃあ、9時に家を出よっか。それまでに支度済ませといてね。」

 「…(コクリ)」


 会話が終わると同時にルゥの洗い物も終わった。ルゥは冷たくなった手をタオルで拭き、シンクに手が届かないので使っていた身長を補うための小さな台を片付けて、そそくさと自室へ戻っていった。

 お出かけ前のルゥはいつもこうで、朝ごはんを食べ終えたらすぐに自室で何を着てお出かけするかに悩み始めるのだ。その姿は本当に年相応で可愛い。なんなら抱きしめたい。

 さて、私も準備しないとな。パンの耳だけになったピザトーストを口に詰め込んで、私も洗い物を始める事にした。

 ちなみにこのあとすぐに椅子につまづいて転んで、食器をダメにした。ぶつけたおでこが鈍く痛んだ。


 時間になったので、ルゥと一緒に街に繰り出した。今日は平日なので、今頃は社会人たちが身を粉にして働いているのだろう。私たちは有名ではあるが、月に一度、全く依頼を受け付けない日を設けている。いくら裏社会に精通しているルゥでも、まだ子供。月に一回くらいは、伸び伸びと遊んで過ごしてほしいという私なりの思いだ。

 ルゥは買い物が好きで、私から誘って断られたことはない。窓に並ぶ綺麗な服を見て、ルゥは目を輝かせる。


 「ルゥもやっぱりこういうのいつか着てみたい?」

 「…(こくこく)」


 めっちゃ頷いてる。首折れそう。


 「そっかそっか。ルゥは将来美人さんになるからなぁ。きっと似合うよ。」

 「…ありがとう。」


 きました!ルゥのありがとう!やっぱり私は運がいい!

 ルゥは滅多に喋らない。しかし、長年一緒に過ごしていると、喋るタイミングに規則性があることがわかった。食事についての確認には必ず「…うん。」と答えるし、食事前は必ず「…いただきます。」の挨拶をする。

 でも、私でもいつ出現するかわからない単語。

それがありがとうなのだ!ありがとうは本当にランダムで、些細なことを軽く褒めて出る時もあれば、ルゥの活躍を大絶賛しても出ない時もある。

 今日はいい日になるに違いない。


 「はぁ…ルゥのおめかしはやはり目にいい…。」

 「…(心なしかウキウキしてる)」


 合計10点ほど服を買って回って、気づけばちょうどお昼の時間だった。


 「ルゥ、お昼は何食べよっか?」

 「…(真剣な表情)」

 「ルゥ?」

 「…咲。」

 「!?、まじか…。」


 私は驚いた。ルゥが喋ったことにでなく、ルゥが私の名前を読んだことに。

 ルゥが私の名前を呼ぶ時、それは、近くに敵がいる時だけだ。まさかこんな真っ昼間から私たちを狙う奴がいるとは…有名になって、ちょっとは狙われにくくなったと思ってたのに。

 私はルゥだけに聞こえるように小声で話しかけた。


 「何処にいる?」

 「…(わずかに屋根の上の方を見る)」


 屋根の上か…さて、どうやってそいつらを倒そうか…


 

 同時刻、屋根の上にて、


 「まったく、あいつに邪魔されなければ今頃はゆったりと休日を満喫できてたのに。とんだ貧乏くじを引かされちまったな。」


 3人のスーツの男らの一人、派手に木にぶつかってのされていた男は、先日の光景を思い出していた。結果として少女の始末はあの二人組が遂行したが、我々の姿を見られてしまった。

 裏社会において、情報漏洩は死刑も同然。姿を見られたことを隠蔽するためにも、我々は彼女らを始末しなければならないのだ。

 そのせいで、本来なら休暇をもらっていたこの日を返上しなければならなくなった。あんなイレギュラーがなければ、今頃一家団欒の時間だっただろう。

 兎にも角にも、仕事を片付けなければ。


 「あ、ルゥ、ちょっと待って。こっちの路地から行こ?路地の出口のちょうど近くに美味しいアイスクリームの出店があるから、買ってから行こうよ。」

 「…!(目を輝かせながら頷く)」


 二人組は自主的に人気の少ない路地へと入っていく。これはチャンスだ。俺たちは急いで屋根から屋根へと飛び移り、それぞれいつでも路地へと襲撃できる配置についた。

 路地は車一台が入れる程度の幅だった。俺は屋根から路地を見下ろした。その時だ。

 まるで、地面から白い稲妻が登ってくるかのように、一瞬で銀髪の幼女が目の前に登ってきた。


 「っ!嘘だろおい…!!どういう身体能力してんだ!!」

 「…。(無感情)」

 

 幼女のあまりの勢いに思わず後退り、咄嗟に装備していたサイレンサー付きアサルトライフルを幼女に向け放つ。本来なら空中で身動きが取りづらいはずなのに、その幼女は軽やかに身を翻して銃弾を避け、雪のようにふんわりと着地した。

 なんとこの幼女、あの幅の路地の壁伝いにジャンプしながら登ってきたのだ。それも一瞬でだ。この見た目で、卓越した身体能力を備えているなんてことがありえるのか?

 だが、この前の夜とは状況が違う。今は正午過ぎ、お互いに姿を視認している。相手は1人、こちらは3人。こちらに分がある。

 銀髪の幼女は軽く辺りを見渡したのち、俺に向かって突進してきた。


 「…。(冷酷な目)」

 


 俺たち3人は幼女に向けて発砲するが、まるで当たらない。これでも俺たちはそこそこのエリートだ。銃の扱いには長けている。加えて、俺は銃撃には大分自信がある。さらに追加すれば、一方向からでなく、三方向からの同時射撃だ。必ず死角が生まれるに決まっている。

 それなのに、ここまで当たらないとは。なんなんだこいつは。本当に人間なのか?

 俺はこいつに対して銃は有効打にならないと判断し、銃を捨てた。賭けだが、接近戦に出ることにした。これしか残る方法はないのだ。


 「これでもベテランだからな。舐めるなよガキ!」

 「…。(いてつくような眼)」


 バシバシとこの幼女から繰り出される蹴りや殴りは、一撃一撃が重く、まるで俺より一回り体格の大きいやつと戦っているようだ。このスーツがなかったらどうなっていたことやら。

 しかし、俺もやられっぱなしではない。着実に反撃し、幼女にダメージを溜めていった。仲間からも援護射撃が飛んでくる。

 やがて、幼女の動きに鈍さを感じた。すかさず俺は幼女の腹にカウンターを見舞う。防がれはしたものの、流石に応えたのか、幼女が俺から距離を取った。


 「へっ、言ったよな。舐めるなって。」

 「…。(気に入らなさそうな目)」


 これなら勝てる。俺は銃と胆力にだけは自信があるんだ。

 確かにそう思っていた。

 しかしここに来て気持ち悪い違和感を感じた。なんだ?何かがおかしい…?

 そうだ、なぜ距離をとった隙だらけの幼女を仲間は撃たない…?それに、援護射撃はいつからなくなっていた…?

 気づいた時には手遅れだった。


 「はいチェックメイトっと。」

 「な…?」


 後ろから冷たい感触がした。もちろん俺はこの感触を知っている。

 幼女との戦闘に夢中になり過ぎていたのか、いつの間にか、ピンク髪のサイドテール少女が俺に銃を突きつけていた。


 

 時は少し遡る。


 「じゃあルゥ、作戦はこうしようか。」

 

 私たちが尾行に気づいて少し経った頃。先ほどと同じように小声で会話しながら、ルゥに私が考えた作戦を伝えていた。


 「この先に、ちょっとした狭い路地がある。あそこに入って、ルゥは連続壁ジャンプで屋根の上まで登って欲しい。頼めるかな?」

 「…。(よゆーの表情)」

 「おっけー。登った後、ルゥは派手に暴れて欲しい。私も屋根まで登りたいんだけど、流石にルゥみたいに壁ジャンプはできないからね。窓枠とかを利用してちょっとずつ登んないといけない。その時間を稼いで欲しいんだ。」

 「…。(コクリ)」

 「ありがとう、ルゥ。後の展開は、いつも通りになるように調整してね。じゃあ、はじめよっか。」


 当たり前だが、人は壁から壁に瞬時に渡ることは普通はできない。だけどルゥは別だ。初めて会った頃は、ルゥのその身体能力に私も驚いたけど、今ではルゥは人ではなく、ルゥという種族そのものなんだって思うことで、無理やり納得した。

 ルゥが壁伝いに登るとすぐにサイレンサーの独特な銃撃音を聞いた。まぁ、ルゥに当たることは万に一つもないだろう。

 ルゥの身体能力は神がかっている。それは視力にも当てはまる。彼女にとって、銃弾は避けるものなのだ。

 ルゥより約30秒ほど遅れて屋根へと登ると、そこにはルゥと男が戦っている様子と、それとは別にスーツの男二人がタイマンしている二人に対して銃撃を浴びせていた。あのスーツには見覚えがある。なるほど、だから同士討ちを気にせず乱射してるのか。

 男二人の視線はルゥとタイマンを張っている男に釘付けのようだ。まったく。いくらルゥが規格外だからって、私も抹殺対象なんじゃないの?せめてどっちかは見張っとかなきゃダメなのに。

 私は素早い手刀でスーツの男二人を気絶させた。手刀なんて使ったのいつぶりだろう。

 同時に、ルゥが男から重い一撃を返された。あれは痛そうだ。

 まるで神にも等しい力を持つルゥだが、明確に弱点も存在する。それは、攻撃が直線的すぎるのだ。

 ルゥの格闘は重く素早い。並外れた戦闘センスによる状況利用も得意だ。しかし、開けた場所で一対一でやり合うとなると、彼女の攻撃は単調で、読みやすい。いくら重い攻撃でも、動きが読めるなら攻撃を受け流したりガードしたりすることができる。そこから反撃を取られてしまうのだ。

 本来なら、私では手も足も出ない格闘センスを持っているのに、たまに自宅で行うルゥと私の格闘タイマンでは、いまだに引き分けなのがいい例だ。

 強撃を受けたルゥは、苦虫を噛み潰したかの表情を浮かべ、ルゥは男から距離を取った。

 ルゥが距離を取ったのは、重い一撃を喰らったからじゃない。いや、正確にはその要因もあるんだけど、ルゥが果たすべき目的を達成したのが主な要因だ。

 ルゥが達成した目的。それは、私が登ってくるまでに敵の配置を変えること。

 おかげでタイマンしていた男はいつのまにか私に背を向ける形でルゥと対峙していた。

 これが私たちの勝ち方。ルゥが暴れ散らかし、ヘイトを集め、私は気付かれずに暗躍する。シンプルで1番効率的だ。

 ここまできたら、残りは私の仕事だ。私は男の後頭部にリボルバーを当て、意気揚々と宣言した。


 「はいチェックメイトっと。」



 「後ろの男たちは気絶させて拘束してある。助けは来ないんじゃない?」

 「っ!い、いや、すぐに本部から援軍が…!」

 「いやいや、私たちに顔見られたから隠蔽しにきたやつに、どこから援軍が来るってのよ。」

 「くっ…!」


 この少女、頭が回るな…咄嗟の嘘は通用しないようだ。

 銃を突きつけられた俺はその後、降伏し、彼女たちに拘束されていた。


 「…要件はなんだ。言っとくが、組織のことは死んでも喋らないからな。」

 「大丈夫大丈夫、そんなこと聞かないから。聞くことはただ一つだよ。」


 「『桜』って知ってる?」


 「っ!!」


 この瞬間、俺は負けたと実感した。俺のこの反応が、彼女に取っては最も欲しかったものだったのだ。


 「なるほどね。いいよ、答えなくても。でも代わりに話すこと、あるんじゃない?」

 「はぁ…。分かった。俺の完敗だ。なんでも答えてやる。その代わり、『それ』の口外だけはするんじゃない。分かったな。」

 「おっけー。まぁ、するつもりはないけどね。」


 俺は結局、組織のアジトの場所、構成員の人数、挙げ句の果てにはアジトの内部構造まで吐露する羽目になった。今日は本当に厄日だな…。


 「ありがとう〜!助かったよ〜!」

 「もう話しただろう。さっさと俺たちを解放しろ。抵抗の意思はない。」

 「え?解放すると思ったの?」

 「…どういう意味だ。」

 「あなたたちと一緒。姿を見られたら、始末しないとね。」

 「おい待て!全部話せることは話した!もう情報はない!強請ったって無駄だって!なぁ!」

 「別に強請ってないよー?本気で殺そうとしてるだけ。」

 「ひっ…!!」


 ピンク髪の少女の表情が、一瞬何か恐ろしいものに憑依されたかのように冷たくなった。彼女は本気だ。俺を始末する気だ。

 女だからって甘く見過ぎてた。どうしよう。せめて部下だけでも?いや二人とも気絶してる。まずい。どうすればいい。どうすれば死なない。どうしよう。


 「じゃあ、情報ありがとう。さよなら。またね。」

 「いやだぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 死の恐怖に、俺の脳は耐えきれなかった。

 彼女のトリガーが押し込まれる。

 俺の意識はここまでだ。



 「まぁ、嘘なんだけど。」


 私は何も弾が装填されていないリボルバーの引き金をカチカチと引いた。

 最初からこのリボルバーに弾は入ってない。一応持ってはいるけど、私に取ってこの銃は打つために使うものではない。

 ルゥの仕事を簡単に言い表せば「戦闘」になるが、それでいうと私の仕事は「交渉」だ。ドジばかりな私にある長所の一つは、この交渉術。敵の弱みを握り、情報をかき集めるのが私の分担だ。他にも、作戦立案や火力支援などのルゥの戦闘サポートや、武具の調達、依頼受付など、細かいことは私担当だ。

 これはルゥにはできない。人見知りという枠を超越した無口キャラのルゥには見知らぬ人と会うことすらない。ルゥとの会話が成り立つのは私だけしかいないのだ。

 一方で、仮にギンオウが私だけでも成り立つことはない。持ち前のドジに加え、戦闘面に関して持っている才能がほとんどないのだ。銃撃もそこまで得意ではないし、剣や槍はちょっと練習した初心者レベル。言うなれば凡人程度の才能なのだ。一応、得意な戦闘スタイルはあるにはあるのだが、事情があって今は使えない。

 どちらかが欠けるだけで容易く崩落する。それが何でも屋ギンオウの全貌である。ただ二人で一緒にいるのでなく、二人一緒じゃないと生きていけないのだ。

 そんな私たちギンオウには暗黙の了解が一つある。それが、「任務以外で殺しはしないこと」だ。

 男達につけていた拘束用の縄を解きながら、私はルゥに話しかける。


 「ルゥ、聞いてたよね?」

 「…うん。聞いてた。」

 「一歩前進だね。」

 「…うん。」


 私たちギンオウの目的、彼の反応は、その達成に大いに貢献してくれた。今まで、一進一退だったこの目的が、今日大きく達成に向けて前進した。


 「うーーん!気分が良いや!やっぱり私は運がいい!」


 

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