桜と雪が舞う夜に

かるら

第一幕 序章 銀桜

 それは満月の夜で、確か、オリオン座がちょうど南のあたりに来てた頃だった。

 私は息を切らしながら、葉が生い茂る林の中を駆けていた。真冬の夜はとても凍えていて、突き刺すような寒さに耐えながら、全力で走っていた。

 そうしないと、死んでしまうから。後ろには凶器を持った3人の大人たちが追いかけていた。その速さは私よりも速く、このままでは5分と持たず追いつかれるだろう。それでも、走るしか私にはなかった。

 私には弟と妹がいる。血は繋がってないけど、ともに孤児院で生き抜いてきた、大事な家族だ。ここで私が死んだら、あの子達は生きていけない。きっと、孤児院からの虐待に心が耐えきれない。だから私は死ねないんだ。

 しかし、決意虚しく、私は突然の太ももの痛みに仰天し転んでしまった。


 「――――――ッッ!!!」


 肉離れだ。最近まともに栄養のある食事をとっていないせいだろう。転んでしまった私はあっという間に囲まれて、身動きを封じられた。銃を突きつけられる。


 「全く手間取らせやがって。大人しくしておけば死ぬことはなかったのに。」

 「あんな、死ぬより酷い目に遭わされるのはいや…!」

 「そうか。それは死を選ぶって解釈でいいな?」


 あぁ。私の命はもう長くない。そう思うと、思い出が込み上げてきた。みんなと初めて見る透明なシャボン玉で楽しく遊んだあの日。孤児院からの食事が大嵐で滞った時、みんなで分け合いながら耐え忍んだあの日。ピンク色の、アルカスの木下でゆったりと日向ぼっこをしたあの日。

 全部、大事な思い出だ。幸せだった。心残りはやはり妹や弟たちだ。どうか、辛抱強く生きてほしい。

 走馬灯が流れる中、私の後頭部に冷たい銃口が突きつけられ、男は引き金に手をかけた。

 その時だった。


 「うぐっ!!」

 「ぐはっ!!」


 突如、呻き声がした。私に銃口を突きつけている男は、動揺して辺りを見渡しながらさけんだ。


 「なんだ!?どうしたんだ!?」


 その時、私の目の前に人影が見えた。私は首を持ち上げてその人を見上げた。

 その人は月明かりに照らされた逆光で、顔こそよく見えなかったけど、綺麗なピンクの髪のサイドテールが印象的な少女だった。

 彼女はリボルバーを私の背面にいる男に向けた。


 「残念。うちらの勝ちだよ。あんたは予想外の出来事に恐れず、その少女を撃たなきゃいけなかった。」

 「チッ!舐めるなよこの小娘が!」


 彼女がリボルバーを放つ。しかし、男は怖けずに銃を構えた。リボルバーの弾は確かに男に命中したけれど、男のスーツに風穴は見られない。おそらく防弾のスーツなのだろう。痛みも感じないみたいだ。


 「だめ!あなた逃げて!」


 必死の呼びかけ虚しく、男は銃を構え、彼女に凶弾を放った。

 いや、放てなかった。


 「言ったよね。の勝ちって。あんたはもう負けてんの。」

 「ぐはっ…!!」


 突然、男の嗚咽と木が折れる音、何かがぶつかる音がして私の上からいなくなった。大きな音がした方を確認すると、私に銃を突きつけていた男がぐったりと項垂れている。

 わけがわからず混乱していると、先ほどの少女の元に、6、7歳くらいの銀髪の幼女がいつのまにか近寄っていた。


 「ナイスな蹴りだったよ、ルゥ。」

 「…(こくっ)」


 彼女の賞賛に対して、幼女は頷くだけだった。

 状況と彼女らの会話から察するに、彼女が男に蹴りを見舞ったということなのだろう。あの吹っ飛び具合を見ると、相当な力だ。男が吹っ飛ぶ経路にあった木が数本折れていることが、彼女の力量を示していた。

 しばらく呆然とこんなことを考えていたが、ハッと我に戻った。彼女たちにお礼を伝えなきゃ。

 何やら写真を見て話し込んでいる二人に向かって、私は感謝の言葉を述べた。


 「あ、あの!ありがとうございました…!」

 「ん?あぁ、ごめんごめん忘れてた。」


 助けに来たこと忘れられてたのか…ちょっと複雑な心境だけど、助けられたんだし、文句は言えないか…

 

 「とりあえず、立てる?」

 「あ、はい…!」


 そういえば、私は寝そべったままだった。

 彼女は私に手を差し伸べてくれた。私は彼女の綺麗な手を取って、立ち上がった。

 この瞬間、数分前の絶望感から解放された感じがした。心臓の鼓動をしっかりと感じる。走りすぎてジリジリと痛む足は、大地を踏み締めている。月の光は、私を明るく照らしてくれていた。生きている実感。それを強く私は感じ、涙が出た。

 改めて、彼女たちに感謝した。お礼を伝えずにはいられなかった。


 「あの…本当にありがとうございました…正直、もうダメなんだって、そう思ってました…」


 泣きながら、私は感謝の言を並べた。彼女たちがいれば、帰り道も心配ないだろう。

 これで私は、またきょうだいで楽しく暮らせるんだ。


 「そっか。それはよかった!」

 「―――私を信じてくれて。」

 「…え?」


 刹那、銃声が轟く。

 私の意識はここまでだ。



 使い慣れないリボルバーをおろして、眼前の死体を眺める。綺麗に眉間に穴が空いている。即死で間違い無いだろう。

 

 「本当に良かったよ。わかりやすく信用してくれて。おかげでなんとか目的達成できたよ。」

 「…(クイッ)」


 ルゥが袖を掴んでくる。これは帰ろうというサインだ。


 「おっけおっけ。帰って遅めの夕飯にしよっか。でもあとちょっとだけ待ってもらっていい?依頼達成の証拠集めないと。」

 「…うん」


 滅多に喋らないルゥだが、ご飯関連の返答には、小さくうん、と呟く。ルゥの声が聞ける数少ない機会の一つだ。

 今回達成した任務は、犯罪集団アレキサンドライトの殲滅。スリから爆弾テロまで多種多様な犯罪を起こすことから、そう言われるようになった。

 任務承諾時は正体不明の集団だったが、持っている情報網を駆使して、なんとかとある孤児院の児童らが組織の組員であると判明させることができた。孤児院へと乗り込み、その場にいた孤児院の児童は殲滅できた。そしてついさっき、孤児院突撃時に盗みに出ていたリーダーの少女も始末した。

 遺体を観察してみると、右太ももの付け根あたりにナイフが仕込まれている。ナイフホルダーから取り出したナイフから、独特の匂いがした。毒が付着しているようだ。

 推測に過ぎないが、遺体の少女のおおよその魂胆としては、このナイフで私たちを脅し、孤児院まで帰路を護衛させ、到着したらお礼をしたいとかなんとか言って、孤児院に招き入れた後、児童総出で私たちを始末するつもりだったのだろう。

 それにしても、運が悪かった。何せ、ターゲットが転んだ位置がちょうど月明かりを遮っていて、顔の判別がつかなかったのだ。関係のない人物を殺すわけにはいかないし、かと言ってターゲットを逃したら依頼失敗だ。少し悩んだ挙句、私は賭けに出た。

 賭けと言っても、ほぼ勝ちと言っていい賭けだ。少女に手を差し伸べる。そうすれば付近まで行って顔の確認もできるし、もしターゲットなら確実に仕留められる。

 ただ、それは相手が私に恩義や信頼を抱いている場合のみだ。もしそうでないなら、私は相手の間合いにみすみす入った事になる。もちろん、その場合も考えてみたけど、結局私は自分を信じた。

 首尾は言わずもがなだろう。相手は素直に立ち上がって、月明かりに照らされた顔面を見せつけてくれたのだった。

 とりあえず、依頼達成を示す証拠を集めないと。私は持っているスマホで写真を撮った。けど暗くてよく見えない。めんどくさいけど、遺体を持って帰るしか無いか…

 その時、ルゥが私のスマホを奪って行った。


 「ちょ、ルゥ?どうしたの?」

 「…(ポチポチ)」


 ルゥは無言でスマホをいじった後、写真を撮り始めた。すると、スマホから光が出て明るい写真が撮れたのだ。


 「わぁ!すごいルゥ!スマホって暗いとこでもこんなに綺麗に撮れるんだねぇ…!」

 「…(呆れ)」


 ルゥの顔はいつも変わらないけど、今この時だけは私を見る目が少し冷たかった気がする。なんだかルゥの中で、私の人間としての格が一段階下がった気がした。



 先ほどの通り、私、柳原咲やなぎはらさきは機械音痴だ。パソコンやスマホの使い方は今も勉強中。それだけじゃ無い。知らない街では必ず迷うし、一週間に一度は落とし物をする。料理の行程は三回に一度くらい間違えるし、よくわからないところでしょっちゅう転ぶ。なんなら、今転んだ。


 「うぎゃっ!?」

 「…(冷たい眼差し)」


 またルゥの中で私のカーストが下がった気がする。とにかく、私は超がつくほどのドジなのだ。

 それに対してルゥ、隣の銀髪幼女は私より賢い。さっきみたいにスマホの使い方だって熟知してるし、難しい論文とかも読めちゃう。あの容姿からは想像できないほど博識で聡明な幼女なのだ。この子にはいつも助けてもらってる。


 そんなドジな私と賢いルゥのコンビは実はちょっとした有名人。

 何でも屋のギンオウ、それが私たちの異名。言われたことはなんだってこなしてみせる、をモットーに世界各地を旅する浮浪者コンビ。尾行から暗殺まで、頼まれたことはやり遂げる。

 写真で依頼達成を報告できることも、私たちがコツコツと積み上げてきた信頼を示唆している。

 私たちの名前を知らないものは、裏社会全体から見てもほとんどいない。そう自負できるくらいには、さまざまな関係各所とのコネクションがある。

 どんな業界だって、表立って行動できないことの方が多いのだ。


 「…(クイッ)」

 「あー、そうだね、早く帰ろっか。」


 袖を引っ張るルゥを見て、急いで帰る支度をした。銃をしまい、大事なコレを背負って、ルゥの方を見る。

 そういえば、あのスーツの男たちは何者だったんだろうか。同業者か?だとしたら少し申し訳なく思う。まぁ、早い者勝ちということで許して欲しい。世の中弱肉強食なのだ。

 片付けを終えてルゥに近づくと、ルゥは何か言いたげな様子。私はこのルゥをよく知っている。


 「手繋ご?」

 「…(コクリ)」


 ちっちゃな手が私に差し伸べられる。こういうところは、年相応で可愛いんだよね。

 私たちはきゅっと強く手を繋いで、仲睦まじそうに帰路についた。


 ――ルゥが手を繋いだ理由、それは咲が転んだ時にフォローするためだということに、咲は気づいていない。

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