挿話 ヤクタ
カディンの森に巣食う盗賊団の頭目、それがアタシ、ヤクタだ。
そもそも、あの糞を煮締めたような男、アタシの父親だと名乗るアイツがいなければアタシは生まれ育ちもしなかったわけだが、その糞が糞だったせいで、アタシまで盗賊でなければ生きていけなかったことは因果なもんだ。
ガキだった時分には、まあ、まあ無邪気にやっていられた。
同じくらいの年頃の子がだいたい2、3人、多いときには6人くらい。新しい団員がシャバから連れてきた子やら、古株の団員が拾ってきた子、どこぞから押し付けられた子。いつの間にか減ったり、増えたり。今にして思えば、減った子はどうなっていたことやら。
アタシは頭目の子だということで飯に不自由しなかったし、殴られることも2日にいっぺんくらいで、毎日ボコボコに顔を腫らしている子の顔で天気を占ったりして笑ってたっけ。
生まれつき目端が利く方で、体も大きく、子供同士では負け知らず。12、13歳の頃には大人の男が相手でも勝てないということはなくなってた。
盗賊という稼業が安定したモノなはずもなくて、特に何もなくても団員は逃げたり死んだりして減るし、気がついたら増えていたりもする。頭目が一手間違えればたくさん死ぬ。二手間違えれば壊滅して根城を
そうしてアタシが15の頃、その父だという頭目はヘマをやらかして、カイスという手下の大男に殺された。ところがこのカイスという男、驚異的な人望の無さで手下一同に総スカンを喰らい、なぜだかアタシが推されて新頭目に祭り上げられたんさ。
それから3年、前頭目のヘマの尻拭いで必死で働いて、やっと元の盗賊団の勢いをすこし超えるほどに成長した頃、でっかい稼ぎチャンスの噂が入った。オーク族の侵入!
火事場泥棒もよし、敗残兵狩りもよし。もちろん、臨機応変に補給部隊を襲えるチャンスがあれば狙っていきたい。そういうことで、戦地に近からず遠からずのカディンの森に根城を移した。
そんなある日の朝、“蔵”の見張り小屋の寝床に侵入者を発見した。
いやぁ、驚いたの、なんの。天使が寝てた。
アタシの人生に無かったもの、足りなかったものはコレだ、って思った。甘くてふわふわの、花の香りがする、ただただ可愛いもの。まぁ、中身はとんだ勘違いで、詐欺もいいとこだったんだがな。外見だけ初見した瞬間の話な。
一応、手下が付き従ってる手前もあって、もう同衾して抱きしめて頬ずりしたい欲を抑えて、つまみ上げて、ここで何してるのか問いただしたわけさ。そしたら、化けたんだ。天使は天使でも、神罰を当てに襲ってくるタイプだったようだ。いや、普通に悪魔だったかもしれねぇ。どっちでもいいや、大差ないし。
ひと突きを避けられたのは、勘だ。理屈じゃなくて、盗賊は本当にこういう勘働きの薄い奴から順に死んでいく。その先は、悪夢。その一言でしか、アタシの言葉では言い表せない。
とにかくその朝に、アタシが15歳からの4年をかけて頭目を張ってきた盗賊団は、ふわふわした美少女が手に持った枝一本にでもって壊滅した。
頭目を張ってることに限界を感じていたってのは本当のことだ。
15歳くらいまでは、明日の自分は今日よりずっと強くなってるっていう、無条件の万能感でもって上を見ながら過ごしてた。それが頭目を任されて、守るべきものを守ってるうちに、下ばかり睨みつけながら暮らすようになっていた。それでも、生きること自体に必死だったうちはマシだった。
皮肉にも、盗賊稼業が順調になって暮らしに余裕ができたあたりから風向きが変わってきた。ヒマになった男たちが何を考えるかなんて、いくつも種類があるわけじゃない。
盗賊団の誰がアタシをモノにするか。バカどもが馬や鹿よりも回らない頭を使ってアタシに隠れて勝手に争ってるのは、何度乱入して全員殺してやろうかと思ったか数え切れねぇ。
そんなしがらみが、突然、消えた。
小屋の外で本隊をボコボコにしてきた美少女がケロリとした顔で壊滅を伝えてきたとき、アタシの胸にあったのは清々した、圧倒的な開放感。考えてみれば、盗賊を続けるのがイヤなら逃げればよかったんだ、そんな事もできなかったのは、アタシだって相当のバカだったってこった。
とまれ、アタシまでヒザを割られちゃあ、かなわねぇ。この子の機嫌をとって、上手くこなしたら、それで自由だ!
…と意気込んで、捕まえた捕虜を解放しながら思う。自由って、何だ?
農村に引っ込んで土を引っ掻いて生きるか? 街に出てお針子でもするか? 却下だ。それが自由であるものか。
考えていると、ピンとひらめくものがあった。あのとき感じたんだ。自分の人生に足りなかったのはカワイイ女の子だ。ならば、まずはその子についていこう。あの強さがあるんだ、大金をつかめることは間違いない。うまいこと話を運べば、アタシも一緒に出世できるかもしれん。そうだそれがいい。具体的には、その場その場で考えよう!
その少女――アイシャは、見た目どおり物事を深く考えない性格のようで、道案内を買って出れば喜んで乗ってくれた。危機感がないというか、大抵の危険は棒切れ一本で解決できるとでも思っているのか。無防備にニッコリ笑いかけられたら心臓が止まるかと、今まで犯した罪が洗い清められたのではないかと思うほどの美しさだった。
まぁ、気がしただけで、アイシャにそういう殊勝さは備わっていないことを後々、知ることになるのだが。
「ほれ、そこドングリが落ちてるぞ。拾わなくていいのか?」
「ドングリとネズミはNGワードで! 」
アタシの過酷な子供時代を思うと、この子ののほほ~んとした顔を見て胸の内がむやむやするところもあった。が、その日の晩には聞きもしないのに来し方行く末洗いざらい語るのを聞いて、こういうのはこういうので、人それぞれ悩むことも迷うこともあるのだと納得できた。
人生の迷子どうし、とりあえず仲良くしようや。
まずは、現状の道行きの迷子をどうにかしないといかん。
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