07 オーク族


「あの時の薪が、アンタの大事な剣だったわけだ。ずんばり丸三世だっけ?」

「ずんばり三世丸です。間違わないで。」

「知らねェよ。大事なモンなら大事に持っとけ。で、どうすんだ。アタシじゃ、どうにもならねえぞ。」


「…困りました。森の中ならその辺に木の枝が落ちていたのでしたが…。」

「適当な棒で良かったのか。この剣、貸してやったら使えそうか?」


 丸腰で途方に暮れているアイシャに、ヤクタが腰に下げた剣を渡した。

 細身の、片手持ち用のショートソードだが、両手で支える。木の棒とは違う、ずっしりした重みがあった。



「重たい……」

「それより軽い剣はねェよ。どうだ。振れそうかい。」


 もらった剣を両手で握り、体の正面に構える。つかがあり、つばがあり、その延長線上まっすぐに、問題のオーク族の男がいる。

 いかにも重たく、重心がずいぶん先の方にある気がするが、なんだかとてもしっくり・・・・くる。魂の奥の何処かで、喜びの叫びが上がる。剣だ!


「これだー! これっ!これですよ!」

ħalquだまれ! Ċediment剣を置いてひざをつけ!」


 すっとんきょうな声を上げるアイシャ。

 つられるように剣を抜き、構えるオーク族の男。

 しかし男は次の瞬間、突き出した剣が断ち斬られたことに気づく。


xiexなにィ!?」


「鞘から剣を抜け、武神流!」

「およょ?」


 問答無用で鞘ごとの剣を振り、目の前の剣を斬った。男が動揺している間、ヤクタに剣の鞘を抜いてもらう。

「武神流の教えには剣を鞘に出し入れする概念はないのかい?」

「わたしが知らなかっただけだよ。男の子たちのごっこ遊びで省略されてる部分はわたしも知らないのね。」

「どういう剣法だよ……ところで、いま武神流が折った剣な、折らなきゃ金貨100枚以上で売れるような名品だ。折らずに済むなら、頼むぜ。」

「アイシャですよ、わたしの名前。…金貨、売れたらわたしにもくださいね。」


――――――――――――――――――――――


 一方、剣を折られた男は唖然としていたが、眼の前の女たちがワチャワチャ喋りながら剣を抜き、放たれた刀身の光を見て我に返る。

 何を言っているのかはわからない、のんびりした田舎の農夫に似合いの響きの言語だ。のどかな雰囲気に騙されたが、意外な剣の腕前の小娘だった。だが、鞘ごと振ってくるなどという乾坤一擲の奇襲ならば、それで俺を殺しておくべきだった。次があると思うな!


 後ろで囲んでいた数人の部下たちがどっと笑い、指差し、はやし立てる。

「Int kodard! Fart! Mistħija għalik(腰抜けヘタレのオカマ野郎)!」


 我等がモンホルース帝国西方軍特殊部隊“毒蛇”第二隊長としては、すでに回復不能な不名誉を犯してしまった。折られた剣はこの世に6振りしかない、栄えあるこの立場を象徴するものだ。今しがた、そのうちの1つが失われてしまった。

 かつてこの剣が折られたことなど聞いたこともない。新開発の火薬砲から打ち出された砲弾も叩き切った業物ワザモノだった。手入れも十分。娘っ子が振った剣の鞘が刃に真っ向当たって折れ飛ぶなど悪夢にも起こり得ない。

 ただ、周囲の誰よりも、油断があったとしか考えられない自分自身を許せない。すでに残された道は、彼女を殺して自刃するのみ。そのためにはまず、彼女を殺さなければならない。心は痛むが、その弱さが己を今から死なせる。願わくは、後方の馬鹿どもが同じ轍を踏まないように……。


――――――――――――――――――――――


 アイシャには男たちが何を、どういう気持で嘲笑っているのかわからないが、ああいうのは不愉快だ。ちょっとムッと頬をふくらませるが、当の男は口を固く引き結んで、折れた剣を投げ捨て、予備で持っていたらしい短剣を引き抜く。

 男の目が座っている。もはや平和裏に解決する可能性はないらしい。


 握った剣からは鞘がはずれて、軽くなったうえ重心の位置も適正になった。これまでアイシャは剣を好んだことはないが、今、自然に心が全能感に満たされ、穏やかで無邪気な赤ん坊のような笑みが浮かぶ。

 男から気が叩きつけられる。だが、ぬるい。気の流れに逆らわず、波に、渦に身を乗せてこちらも剣を振るう。

 筋力はそれほど必要ない。必要なタイミングで必要な向きに力を出して、関節に、筋肉に、体の隅から隅まで完璧な動作を伝えていけば、力は自乗されていく。これが、武神流の奥義。



 ヤクタが見たものは、短剣を構え、雄叫びを上げて走り出し、すぐに転んで倒れ伏す男。そして、ついさっきまで自分の手が届く位置にいたはずのアイシャが男の背後に立ち、「ゴメンね」と胸に手を当てる略式のお祈りをしている姿だった。

 一瞬、格好つけて勝手に転んだバカ男を笑ってやろうと息を吐いたところで、その男が絶命していることに気づく。



 囲んで見ていた7人のオーク族たちも、あなどる余裕をなくして張り詰めた空気を漂わせる。

 無言で目配せを交わし、ジリジリと間合いを調整し、一斉に走り出す。

 3人が正面と横から突進、2人が後ろに回って退路を断つ。あとの2人はヤクタに襲いかかる。そういうフォーメーションだ。


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