06 森を抜けて
[言いはしたが、そうはならんよ。今なら武神の技でもって、旦那が殴ってきても殴り返せるし、戦死しそうになっても守れるからな。いいものを貰っただろう?]
“はずれのネズミ婆”は、97歳の頃に吹いた大風であばら家がついに倒壊し、怪我はしなかったが身動きがとれなくなったまま数週間放置され、いつの間にか死んでいたらしい。
その、わたし、とは言いたくない彼女に、反省点があるならば。前半生では幸せになるために自分から行動することができず、後半生では破滅的な方向に自分から進んでしまったことだろうか。
武神さまはああ言っているし、他人事としてはこんなことも言えるが、我が身を振り返ると、幸せになるために自分から、って、むずかしいな。特に、中盤以降の“ネズミ婆”の気持ちがさっぱりわからないし。今のわたしは、何をやったらいいんだろう。
*
そんなことを、焚き火を眺めながら、道案内のヤクタに話した。相談とか、なにか教えてほしいとかではなく、ボヤいた、というのが近いだろうか。
「“
「いや、べつに。沈黙がツラかったから。信じないでしょ?」
「信じるしかないだろう。あの武神流? キモかった。本当に、キモかった。棒もって立ってた小娘が急にビュンって動いて、ベキベキィって音がして、男どもがドサドサって
逃げる鹿を後ろから追いかけて、女の子走りで不自然に追いついて殴ったりさ。教わってできる技ならアタシもやりたいよ。」
そうかしら。そうなのかな。キモいっていい過ぎで失礼だけど!
「考えたら眠くなってきました。おやすみ。」
「ああ、日が出たら歩きはじめるからな。」
*
揺り起こされて目を開けると、真っ白だった。何も見えない。あわてて飛び起きてヤクタにぶつかり、やっと霧の中にいることに気づいた。
「あっゴメン!」
「ああ、この森でこんな霧は初めてだ。さっぱり先が見えねえ。まるでアンタの将来のようだな。」
そんなことを言われても。でも、先が見えないのは良くないけれど、暗くはないのが、せめてもの慰めだろうか。
「南に行けば街道だったよな。方角はわかるんだ。行くぞ。」
「うそ、大丈夫?」
「その感覚が分からねぇで森には住めねぇ。待ってたら水も食料も尽きるぞ。」
「それはコトですね。行きましょう! …手をつないでもらっても、いいですか。」
――――――――――――――――――――――
春の早朝、焚き火を離れるとまだまだ寒い。
真っ白な視界の中、手を引かれるまま足元の感覚を注意して歩を進める。これも"技"の一部なのか、自然に体のバランスがとれて、転んだりよろめいたりすることはない。
小一時間歩いて、だんだん慣れてきたところで雑談の続きをしようとするアイシャだが、
「おかしな空気だ。霧のせいじゃなく、危険の臭いがする。アンタの方がわかるんじゃないか?」
言われて、慌てて気配を探ると、たしかに十数人の男たちが遠巻きにこちらを見ていることが察知できる。
監視されている、というべきだろうか。盗賊たちのように騒がしく威張っていない、静かに力を圧し
「わたし、あんな人たちに襲われるような何かはないと思うんですけど?」
「盗賊退治のヘッポコ警備隊でもねェな。かなり訓練された軍隊っぽいし、ニオイも違う。おかしな奴らだ。黙って通してもらえるようお祈りしといちゃァくれねえか。」
見られている緊張感も加算されつつ、なおも道なき道を歩む。
じきに、霧が薄くなり、森の木々がとぎれた。いまだ霧は晴れないが、前には草原と、左右に延びていく石の道。空は広く、空には薄く太陽が見える。
「キャッハー! 道だぁ! 街道ですよ、戻れたぁ! さすがヤクタ!いえ、ヤクタさん!ヤクタお姉ちゃん!」
「…声、でっかい。こら、抱きつくな。あたしゃ、アンタがまだコワイんだ。」
「ええ~、ひどいー。」
「自分のやったことわかってんのか、コイツ。」
などと、ばかなことを言っていると後ろから声が掛けられた。
「Min int. X'qed tagħmel hawn!」
「なに!? え?」
「チッ! オーク族の斥候だよ。要するに、悪者の偵察部隊だね。」
「そこまで要してもらわなくてもわかります。あれが、侵略してきたオーク族……あら、人間じゃないですか。オーク族って鬼でしょ?」
「さぁな。人間のやることじゃねぇことをやらかしてるから鬼だって、里の
言っている間に、森から7,8人のオーク族が追加で現れ、半分囲まれたかたちになっている。
ふと、右手を見て、左手を見て、驚く。
「あ、ずんばり三世丸がない!」
「え?なにそれ。」
「あの、木の棒!」
「ゆうべ、焚き火にくべた、あの?」
「あぅ…」
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