02 森の中
そこにある大岩をズンばらりと斬れ、と言われるままに真っぷたつに断ち切った少女・アイシャ。
神の声のテンションが無闇に高くて、いまいちノリをつかみそこねて困り顔でたたずむ。ちょっと迎合する感じで、手に持った棒を“宝剣ずんばり丸”と名付けたりもしたが、狂喜を続ける神の耳に届かなかったものか、いい反応をもらえていない。
数分後、いくらか落ち着きを取り戻したらしい声が響いた。
[ずんばらり、というより、すーん、ごろり、程度の勢いであったな。手足の長さが違うとこんなものか。まあ、おいおいに調整していけばよかろう。]
同じ声ではありながら、最初の重厚な感じが抜けた、気の抜けた声だ。
[よくやってくれた、アイシャ。ご苦労さま。これにて、我の存念は晴れた。あとは、お前の好きに生きるがいい。]
「え!?」
そういった内容のクレームをつけると、
[“これだけの用事”と言って、岩を斬るというのは超一流の剣士の証、人間の到達点なのだがな。とはいえ、価値が分かっとらんのは仕方ない。褒美をやろう。後ろを見るがいい。]
「? あ! リンゴだ! 春なのにリンゴの実が、しかも ヒノキの木に実ってる! 神様ってすごいですね! 食べてもいいですか?」
[…剣はすごくないか! リンゴはすごいか。ハハハ! なら、たんと食うがいい。ブドウも、バナナもできるぞ。神様はすごかろう!]
「お家に帰れたら武神さまの祭壇をつくって売り物の色糸を捧げます! ブドウ、酸っぱくなくて甘い…バナナ? 初めて見ました。皮を剥くの? …あぁ、わたし、この森に住むぅ…」
[住まれても、困る。夜が明ければ日の出の方に歩けばいい。水が飲める川と、案内人が居るはずだ。それから、お連れさんが来たぞ。]
*
お連れさん? お父ちゃんかお兄ちゃんが迎えに来てくれたのかな、と振り向く。オレンジ色の松明の光がまぶしい。夜の闇に慣れた目がくらみ、目をこすって、声をかけようと口を開いた瞬間、背筋が凍りつく。昼間、わたしを追いかけた盗賊だ。
4人のごつい、薄汚い男たちが下卑た表情を浮かべ、ゲラゲラ笑っている。
「手間かけさせやがって。さ、お嬢ちゃん。高ァく売ってあげるから、ついておいでェ。」
先頭の男が、松明を後ろの男に投げ渡し、両手を上げておどけた調子で小走りに近づいている。
こわい。はやく後ろを向いて逃げ出したいのに、身がすくんで、いうことを聞かない。涙が
「たすけて……」
[自分でやりな。]
頭の中に声が響く。「ヒィッ!」と叫んだのは、自分の声か、夜の鳥の声か。夢中で、いつの間にか手の中にあった、ずんばり丸を正面に突き出す。
棒は、走り寄ってくる男の胸の真ん中に吸い込まれるように突き刺さった。反射的に棒を引き抜き、横に飛び退く。
男はそのまま、誰もいない正面へ数歩走って、倒れ伏した。
体が慣れた調子で自然に動くのにまかせ、次の男の、両手に松明を持って仁王立ちしているその眉間に枝を突きこむ。
不思議に、目をつぶっていても誰がどこにいて、何をしようとしているのかがわかる。どんなに目をつぶっても現状が俯瞰しているように把握できてるのはイヤだけれど、こわい顔を見ずに済んでるのはせめてもの救いかもしれない。
2人目の男が倒れ、松明が2本とも地に落ちて消えると、周囲は再び闇に閉ざされた。残った2人の男たちは状況を把握できていないのか、ぼんやりとしていたが、闇に包まれると恐慌を起こした。
怖いんだ、この人たちも。ついさっきまで、わたしを害そうとしてゲタゲタ笑っていたのに、自分が害される順番になったら、身を寄せ合ってガタガタ震えている。
すこし気持ちが落ち着いて、目を開く。大きく、力強く、絶望の象徴のように見えていた存在が、急にひどくちっぽけな、つまらないものに見えて、自分の気持ちに戸惑う。
「この人たち、どうしたらいいと思います?」と、神様に問いかけてみる。
[それだが、先ほどは話の途中であった。この先は好きにするがいい、というところからだ。
我は、わが剣術の技を用いれば、非力でも駄剣でも岩を断ち切るに至ることを証明しようと800年を懸け、そしてその賭けに勝利した。
目的は達成した。この上の望みは無いはずだったが、今、ひとつできた。もし技を伝えたのが通り一遍の剣術家ならこの後も普通に剣術家として過ごしただろうが、お前の場合、どんな人生を歩むのだろうな。望んだわけでもない最強の剣技を、努力するでもなく無造作に得て、さぁどうするのか。それが知りたい。
つまり、お前、アイシャはこれから好きなように、心のおもむくままに生きてくれればいい。伝えた剣術はその助けになるだろうが、活かすもよし、捨てるもよし、お前次第だ。寿命はまだ80年以上ある。
さしあたって、そこの男どもだがな、それも、生かすも殺すもアイシャの自由だよ。生かしても他人に迷惑ばかりかけながら、そのうち早死にするだろう。いま殺したとて、世界に何百万人もいる馬鹿のうちのひとりだ、世の中は何も変わらん。アイシャは、どうしたい。心のおもむくまま、だ。]
「…そんなの、聞かれても。困ったなぁ。……あなたたち、逃げたかったら逃げて。死にたかったら
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