迷子の無双ちゃん ふらふら紀行 ~予言と恋とファンタジーモブ民の就職活動~

相川原 洵

第一話 森

01 武神

[お前を、待っていた。我が極めし最強の剣技を託せるのは、お前しかいない。

 まずは、そこに座れ。]


 突然、少女の頭の中に声が響いた。


 小さな町で暮らす少女、アイシャは14歳になったばかり。歳が近い町の子どもたちの中でもひときわ背が低く非力で、性格も荒事に向いていない、普通の子だ。手先は人より器用だが、剣はおろか、木の棒さえ振るったことがない。


「…ひと違いでは?」


 大きな翡翠ひすい色の瞳を中空に向けて問う。

 おとなしい風貌とは裏腹に、物怖じをしない性質だった。母親は早くに亡くしているが、父と兄に溺愛され、豊かとはいえないまでも不自由なく育てられた。都会風に美しく整った顔で、自慢のまっすぐでサラサラな胡桃くるみ色の髪をなびかせて歩くと悪ガキ連中も黙りこんでしまう、不思議な雰囲気をもっている。およそ人に害を与えることも、与えられることもなく、愛されて暮らしてきたのだ。


[周りには誰も居るまい。アイシャ、お前だよ。まぁ、そこに座って聞くがいい。]

その声は話しはじめた……



 *


 満月が中天に輝く夜更け、道もない深い森のなか。あたりは闇に包まれ、ただアイシャの周りだけがぽかりと開け、月の光が青く、青くそそがれている。


 開けた空間の中央に、苔むした岩がひとつ。ただの岩かと思えば、なにか文字が刻まれ、彫刻で飾りも施された跡もある、とても古い塚だったことがわかる。

 月明かりでは刻まれた文字までは読めず、読み書きの達者が自慢のアイシャは悔しい思いをするが、ひとまず塚に正対する位置に据えられた椅子のような石に腰掛ける。


[我は800年の昔、剣の道を極め、神にまで登りつめた一人の剣士であった。だが、我は強くなりすぎた。我が剣技を受け継げる者はついに現れなかったのだ……


 アイシャよ。朝から歩きづめで、いろいろあって疲れているのは知っている。だが、あと30分、いや、10分だけ寝ないで、話を聞いてくれまいか。]



 *


 アイシャの幸せな子供時代を過ごした、ヤーンスの町は戦火に呑まれようとしていた。


 オーク族、と皆が呼ぶ異形の軍勢が東から訪れ、隣国を呑み込み、たちまちに隣領も陥落し、さらにはこの町にまでも迫りかねない勢いだというのだ。

 この街で染め糸屋を営む父は、領都イルビースで生活している弟を頼って避難しようと家財を担ぎ、同じ避難民たちと共に移動を始めた。その道中、盗賊に襲われ、家族は散り散りに。森に逃げ込んだアイシャは自分の位置を見失い、迷子になって森をさまよい、やがて日は暮れて、今に至る。



「寝てません!」

 カクンとなって目を覚ましたアイシャは無意識に叫んで、疲れて痛む脚をさする。


[手短に説明しよう。我は最強であった。それは最強の努力が生み出した最強の技によるものだ。それを、あのカムランの阿呆めは、我が最強の肉体による最強の力を振り回しているだけだと抜かしおった。許せん。そこで我は、まるで非力な者に我が剣技を教え込んで、技の最強を証明することにした。]


「ほぇー。」

 上の空で、口をぽかんと開いて聞いていたアイシャだが、だんだん嫌な予感にとらわれてゆく。


[人としての存命中にはついに逸材は現れなんだ。そこで我は神となり、神としての力を使って向こう千年、定めた条件に最も合う者を求めた。それがお前だ、アイシャ。]


「なんにもわからないんですけれども、その条件って?」


[うむ。まずは力がないことだ。娘っ子だといっても丸太を3本担かつげるようなのでは、やはり力まかせの剣術だと言われかねないのでな。]

「います、います! すごい強い子を産めそうだって親御さんにモテモテで息子さんが嘆くタイプの、ウエストローランドさん家のココちゃんとかですね!」


[うむ、そのタイプは外したぞ。次に、非力でも病弱では仕方がない。健康な体が必要だ。その点、お前は未来で、過酷な環境で96歳で孤独に餓死するまでに8男7女を産み落とす予定の頑健な体と、いくら鍛えてもまるで筋肉がつかない体質をもち、さらにどう捻じ曲げても心が傷まないひどい運命まで兼ね備える、800とせ待つにふさわしい最高の人材というわけだ。]


「いま、何を言われたのか把握しきれませんでしたが、あなた、邪神ですか?」

[いや、いや。今から与える技は、そのむごい運命を打破する力になるだろう。運命については、聞く気があれば後で解説してやろう。では、その辺から手に馴染む感じの木の枝なり棒なり、一本拾ってくるがいい。]



 *


 とんでもないことだ、とアイシャは嘆くが、疲労で判断力が鈍っているためか、奇妙に神経が冴えて眠気も無くなったためか、言われるまま、3歩ほど離れたところに落ちていた適当な木の枝を拾う。


[その枝は、岩をもつ無敵の剣だ。では、目の前の岩の塚を袈裟懸けに斬るがいい。]

「ケサガケ?」

[斜めに、真っぷたつに。ずんばらりと。]

「ずんばり?」


 少女がふらふらと、片手に太さ2センチ、長さ50センチ程度の頼りない枝の棒をぶら下げて塚の前に立つ。そのまま、でたらめな構えで棒を振り上げ、言われたとおり斜めに振り下ろす。

 全てがでたらめに、無気力に、無造作に見えて、じつは爪先から指先まで体の関節の動きすべてが完璧に理にかなった最適の動作で、木の棒は岩の存在の理を穿うがった。


 古い塚は、その半ばから断たれ、地に崩れた。同時に、世界に歓喜の衝動があふれ、アイシャの耳に喚声が響いた。


[おお! おお! やったぞ!どうだ!ざまぁみろ!腕力なんぞなくとも我が技さえあれば木の棒で岩が切れるのだ!証明されたぞ、カスども! 満足だ!

 俺の魂はいま満たされたぞ!]


「わあー、切れましたね。この棒を“宝剣ずんばり丸”と名付けましょう。」

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