この世界を知ってしまった故
@itochi
現実と理想が交わる時、 それはもう一人の自分となる
世界は絶望。世界は煌めき。世界は、 、 、
「煌咲?ちょっと大丈夫?」
肩を叩かれ、その声でわたしは目を覚ます。
「はっ。」
わたしが目覚めた時、それは移動教室の時間帯であった。
「ちょっと、いつまで寝ているつもり?早くしないと遅れちゃうよ」
「あっ、そうだった!ごめん」
わたしは慌てて生物の教科書を取り出し、荷物をまとめて教室を飛び出す。
人と人の間をかき分けながら、古びた廊下の床を踏みつける。
ギリギリチャイムの音と同時に教室に入る。
「なんとか間に合ったね」
息をこぼしながら、小百合はそう呟く。
「うん、起こしてくれてありがとう」
五時間目の授業、生物。わたしが嫌いな教科の一つだ。記号だの、長いカタカナだの、そんなものが全く頭に入ってくるわけがない。何しろ面白みがない。それなのに小百合は生物が好きなのだという。わたしにはその理由が理解できない。頬に手をつき、そんなことを考えながら授業を受けていると頭がぼんやりしてくる。
わたしはさっきなぜ眠りについてしまったのだろう。昨夜、別に夜更かししていたわけでもない。いつも通り睡眠はしっかり取ったはずだ。それなのにいつからか無意識に深い眠りに誘われていた。
「それにしても煌咲が寝るなんて珍しいね。昨日夜更かしでもしたの?」
放課後の帰り、わたしたちはいつもと同じ代わり映えのない道を歩く。
「してない、してない。だから自分でもびっくりしたよ」
わたしは学校で寝ることなんて滅多にない。だから自分自身でも驚きはしたが、日々の疲れでも溜まっているのではないかと思った。それ以外思いつくことがなかった。
そういえば最近、一つ気になることがある。それは私が何かに取り憑かれているような気がするのだ。さっき寝てしまったように、記憶が急に飛ぶのだ。自分でもよくわからないが、何かがおかしい。まだはっきりその原因は掴めていないが、いつもと違うことだけは明らかである。
「ちょっと、聞いている?」
右耳から微かに声が聞こえると同時に我を取り戻す。
「あっ、ごめん。聞いてなかった」
「ちょっと大丈夫?疲れていることない?今日はしっかり寝ないとだめだよ」
「うん、 、 、」
家に着くと、疲れと同時にため息をこぼす。頭の回転がうまく回らず、またもや意識が曖昧な感じだ。ベッドに横になり、天井を見上げる。真っ白な何の汚れにも染まっていない天井のような綺麗な心に戻りたいと、なぜかその時そう思ったことはよく覚えている。
幼き頃に戻れたら、 、 、
目が覚めると、夜の二三時であった。
「嘘でしょ」
なんでこんな時間まで寝てしまったのだろう。時間を少し無駄にしてしまった気持ちはあったが、照らされることを嫌う私は暗闇へと引き摺り込まれる夜が好きだった。
夜になると私の心は黒ずんだ色に染まる。どこか寂しいような、微笑ましいような。
夜は誰も照らさない。強いていうなら月ぐらいがこの世界を照らしているが、そんな光はごく一部だ。夜の時間帯こそが本当の自分を映し出してくれているようにも感じる。夜の暗さは、私にとって希望の光なのだ。
わたしは両親にバレないよう、こっそり外の街に溶け込む。閉鎖された住宅街を目にも入れず、煌めく街を目指して歩く。夜になるとキラキラと輝きを放つ都会はまさに私の憧れであった。そんな輝きに目を奪われ、見惚れながら散歩することがわたしの趣味の一つだ。
そうはいっても暗闇は先が見えなく、不安が過ぎる。でもこの世界では灯りを頼りにして先へと進むことができる。気持ちの高まりとともに足が弾み、足取りも軽くなる。
でも時々、ビルの鏡に反射した自分の姿を見て、気持ちが悪くなる。
それは自分が明るみの中に存在しているからだ。
翌朝
毎日変わらない日常。いつもと同じ時間に起き、余裕を持つことを学ばず、ギリギリの時間に家を飛び出す。その瞬間は何か賭けをしているようだ。間に合わなかったらどうしようという焦燥感を抱いているにも関わらず、自分は少し笑みを浮かべているのだ。
「いってきます」
またこの世界が始まることに笑みを浮かべているのだろうか。
いや、その逆だ。またこの世界が始まることに呆れて笑っているのだ。
「おはよっ!」
後ろから肩を叩かれ、私の横に現れたのは小百合だ。小百合は高校を入学した時に席が前後で仲良くなった私の友人。
「おはよう」
「昨日眠れた?」
「うん。眠れたよ」
嘘をついた。昨日私は夕方に寝てしまったから、あの後家に帰ったあとも全く眠れなかった。でも夕方に寝ていたから、嘘をついているわけでもないか。
「よかった!今日も一日張り切っていこう!」
相変わらず小百合は元気だ。私とは正反対にあまり性格が似ていない。けれどお互いがお互いに持っていないものに惹かれたという部分があると思う。それぞれが魅力的に見えたのだ。
それからというもの、わたしは授業中によく眠るようになり、そのことが各科目の先生から担任の先生へと伝わった。
「中原さん、最近よく授業中寝ているみたいだけど、夜更かしでもしているのですか?」
放課後に呼び出された私は、先生からそう問いただされた。
「してないです」
「じゃあどうして寝てしまうのですか、授業がつまらないからですか?」
「違います。わたしにもわからないです。気付いたら睡魔に襲われて、 、 、
本当に意識がなくて!」
「まあとりあえず、これからは気をつけてくださいね」
「はい、 、 、」
何で寝てしまうのかと聞かれても、それはわたしが聞きたいくらいだ。誰もわかってくれやしない。ただの寝ているやつだと思われても仕方がないけれど、でもわたしは別に寝たくて寝ているわけではないのだ。自分でもどうすることもできず、悔しい気持ちでいっぱいだった。
「おつかれ!浮かない顔をしてどうしたの。怒られたの?」
「うん、授業中寝ないでください、気をつけてくださいだって」
「あーその話か、まああれだけ寝ていたら言われちゃうよね」
「そうだけど、 、 、」
そのあとわたしは、小百合にどうしても寝てしまうこと、その前からおかしかったことを全て正直に話した。
「そうだったの!どうしてだろう、何か関係しているとか?」
「関係している?」
「人間の行動ってさ、脳が命令を出して、そのあと自分の中で認識して、それでやっと行動するって感じじゃん?だからつまり脳の命令がおかしいってこと?みたいな」
「なるほど?」
「だから一回病院行ってみたら?何かわかるかもしれないし」
わたしは小百合に言われるがまま、そのあと病院へ向かい今までの出来事を一から話した。
「これは過眠症ですね」
「過眠症?」
「はい、過眠症とは夜眠っているにもかかわらず、日中に強い眠気が生じ起きていることが困難になってしまうという病気です」
「そんな病気があるのですね」
「でもしっかり治療すれば治るので安心してくださいね」
わたしは過眠症と診断された。一応薬と規則正しい生活をするための説明と眠くなってしまった時の対処法を教えてもらった。
そして最後に医師から一つ質問をされた。
「中原さんはよく理想を思い描くことはありますか?」
「理想?」
「例えば未来とか、自分の未来をよく考えて、物思いに耽るようなことはありますか?」
「えっと、たまにあると思います」
「たまにですか、わかりました。お大事にしてください」
「ありがとうございました」
その帰り道だった。
その日を境に私の人生は一変する。
わたしは帰り道、街を歩いていた時、自分の顔と似ている人物を目撃する。それはもしかして、ドッペルゲンガー的なものなのかもしれないと思い、その好奇心から気付けば私は、その人物の後を追っていた。
「たしか、ここら辺に、 、 、」
「きゃっ!」
その曲がり角でわたしは私とぶつかってしまった。
わたしは一瞬わたしに似ている人なのかなと思ったが、よく見るとそれはわたしであった。
もう一人のわたしが口を開く。
「あ!私だ!やっと出会えたわ〜」
「え?どういうこと?」
「あなたから見えている私、この私はあなたの理想の私なの」
「理想のわたし?」
「あなたさ、本当に理想が高すぎなの。自分とかけ離れすぎているから?」
「え?」
「だから理想が高すぎるの。それは本当にもうあなたじゃないよ?私を見てわかるかもだけど」
それは私が言う通り、わたしがなりたいと思う人物像であった。
「あなたが描く理想像の思いが強すぎて、私という人間が生み出されたわけ。その想像度が度を超えると、あなたはこの世界から消されるよ?まあ、今の私が存在している時点でかなり大変な状況だと思うのだけれど」
「待って、待って。どうゆうこと?何が起きているの?何でもう一人の自分が生み出されたの?」
「あなたさ、自分のこと嫌いでしょ。それでその自分の姿、現実を見たくなくて、その強い想いから眠りの世界へと誘発されていたの。それであなたの理想度が高まれば高まるほど、あなたの睡眠時間は長くなる。あなたがこの世界で生きている時間がどんどん減っているの。私がこの世界で生きることと相反してね」
「そんな、理解が追いつかない。わたしはどうしたら」
「理想を抱くことをやめることね。そうしたら、多分普通の世界に戻るわよ」
「でもそんな、理想を抱くことなんて無意識だよ!誰にだって憧れはあるでしょ」
「そうかもね、でもあなたは理想というよりもう人が違うのよ。その理想ならもうあなたでなくてもいいの。あなたの理想は自分という存在を押し殺した上で存在するわ」
「人が違う?」
「いけない!私これから友達と遊びに行く予定だったの。急ぐわ」
「ちょっと待って!まだ聞きたいことが、 、 、」
そういえばいつからか、友達と遊ぶことは減っていた。理想のわたしは遊びに行くと言っていた。それを聞いて単純に羨ましいと思った。ただただ、羨ましかった。それだけだった。
「それにしても完璧的な自分だったなぁ」
照らされることを嫌うわたしは夕日に隠れて、壁沿いを歩いた。
自分と出会ったからか、不思議な気持ちになり、心がモヤモヤしていた。
どうしてだろう。
それはまさしくわたしが理想としている完璧的な自分であった。
今のは本当に現実だったのだろうか。これもまた夢の中の記憶?幻?
考えれば考えるほどわけがわからなくなる。でもわたしはたしかにこの目で見たのだ。わたしという存在を。たとえ夢だったとしても、幻だったとしても間違いない。なぜか今は、胸を張ってそう言える気がした。
それから家に帰り、わたしが言っていたことについてもう一度考えてみた。
理想が高すぎる?考えることをやめればもう一人の私が消える?でもたしかにもう一人の私が言っていたようにわたしはわたしが嫌いだった。それを言われた時は見透かされているような気がして、胸が痛かった。
理想を描くことをやめるということは今の自分を受け入れるということ。そんなことできるはずがない。だって、 、 、
不干渉的症候群
だって、わたしはわたしが嫌いだから。
今の自分を受け入れることができたのなら、理想を描くこともなくなるだろう。どうせわたしにはわからない。みんなが思い描いているものとは違う人間なのだから。でも理想の中に溶け込んだら、今のわたしは消える 。まあ、それも悪くないかもしれない。わたしはこの世界で生きることができなくなるのかもしれないけど、もう一人のわたしの理想が生きるのなら、悪くないか。
わたしはいつからか生きることさえも諦めていた。
「生きる」
この言葉が惨めで嫌いだ。早めに諦めを持ち、期待を抱くことをやめて、干渉しない。そうすることで自分を守り、膜を張る。傷つきやすい性格と信じられないほどの情緒不安定さを兼ね備えた、そんなわたしから得た結論だ。
それからわたしが変わり得ることなく約一ヶ月後
「あーあ、消えちゃったね。それがあなたが出した答えなら私は何も言うことはないけど」
干渉的症候群
「小百合おはようっ!」
「おはよう!煌咲」
相変わらず変わらない日常の始まり。私は今日も友達に囲まれている。
「煌咲、今日このあとみんなでカラオケ行かない?」
「いいね!行きたい!」
放課後は毎日遊びに出かけ、日が暮れるまで遊んだ。親には怒られたりしていたけれど、楽しかったからどうでもよかった。
そんな日々が続いたある日、私は眠りにつく。
「あれ、結構寝ちゃったな」
時計を見ると夜中の二時。私は遊び疲れたせいか、帰ってからすぐ寝てしまったようだった。
その日を境に家だけではなく、学校の授業中も眠るようになってしまう。
「中原さん、授業中また寝ているみたいじゃないですか。前も言いましたよね?せっかく反省したと思ったらまたですか」
「前も寝ていたのですか?」
「覚えてないのですか?」
「何のことだかさっぱり、 、 、」
「まあとにかく気をつけて下さいね」
前も授業中に私は寝ていた?一体全体いつのことだろうか。記憶にない。
まあ、いっか。
私ははじめ、この生活が楽しくて、ただただ楽しくて、それ以外のことは何とも思わなかったけれど、いつからか少し疲れるようになってしまっていた。そんなある日トイレに行った時、
「煌咲ってさ、ちょっと最近調子乗りすぎてない?」
そんな言葉が聞こえた時、私は既に泣いていた。今になってわかったことじゃない。本当は傷つきたくなくて、気づかないふりをして振る舞っていたのだから。
それからというもの、なぜだか今まで意識しなかった相手の見えない考えを気にするようになり、尋常に人の機嫌を伺うようになった。
そんなことをしていたら、自分を偽って、何者かを演じている気分になって、自分が壊れていった。
ある日私は、深い眠りにつく。
自分という存在。それはこの世界で唯一無二の存在。そんな存在はこの世にいない。複製などできない。私が消えても尚、この世界でわたしが生きている。
よろしく頼むよ。私が好きな自分よ。
本当の自分は
一回知ってしまった景色を再び見ることは高揚感がなく、期待が高まらない。
大人になると知識が増えることと代償に高揚感が失われる。
人生において、大人になるまでにそれぞれの年代に合わせた目標というものがある。例えば中学生なら高校受験。高校生になればどんな日々が待っているのだろうと高まる感情を胸に理想を描いたことは誰でも一度はあるのではないだろうか。
その描いた理想の日々を成し遂げた、現実になった人の割合は一体全体どれくらいなのだろうか。わたしたちが描いている理想、それは自分では無い。どこかドラマで見たような、どこかのSNSで見たような、そんなものを理想としている。他人の一部、作り物だ。なのに、そんな理想を抱きながら入学するものであって、入ってみれば理想とかけ離れた日常に絶望を感じるのも仕方がない。
それからというものわたしが描いていた理想は一瞬にしてぶち壊されることを知り、期待を抱くことをいつしか辞めた。
眠りについてしまうのは自分が現実から目を背け、見たくないと強く願う気持ちから誘発されてしまうもの。つまりは現実逃避。
いつからかわたしは夢の中で、わたしが描く理想の中で生きていたのだ。夢の中で生きてみるのも案外悪くないかもね。
この世界を知ってしまった故
雲一つない青色。その空を見ると清々しい気持ちになる。
陽の光を頼りに身体をあたためながら一人くつろいでいると、わたしの頭上を何十羽かの鳥が勢いよく通り過ぎて行った。
わたしは驚き、肩を窄めるとともにその鳥の行き先を目で追う。
遠い山奥へ、わたしにはわからないその遠い先へと羽ばたいていくのであった。
穏やかな風が少し頬にあたり、心地よく爽やかな気持ち。
それと共にだんだんと眠気に襲われ視界がぼやけ始めると、また気付けば深い眠りの世界へと迷い込んでいた。
この世界を知ってしまった故 @itochi
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