第10話

「あー。まさか、オマエと二人だけでの潜入になるとはなー」

「そう言うなよ、タカ兄。僕の目的と組織の目的の折衷案として、これ以上の作戦はないよ」

「まぁ、そうなんだけどよ」

 オレはヨシノとレラジェの領域に入り込み、ヨシノの誘導に従い歩みを進めている。


 雪が積もった日に、木々が生い茂っているどこかにレラジェの領域への入り口が開く。正確に言うならば注意深く観察する事で判別できる異次元への出入り口は雪が積もった日が一番見つけやすく、それ以外の条件で人間が見つけ出す事はほぼ不可能らしい。ヨシノはそう説明してくれた。


 ヨシノと出会って十か月。春のあの日には想像だにしていなかったミッションと、目の前に広がるこの光景。見知った世界とも、人間が作ったどのフィクションの世界ともかけ離れたこの世界は脳が理解を拒絶しているのだろうか、何が何やらまるで分からない。光の奔流と嗅いだこともないにおい、味覚に作用するような耳鳴り、靴底から伝わってくる堅いのか柔らかいのか判別のつかない感触……。オレには隊員にこの体験を伝える義務がある。全身の感度と脳の疲労度を調整する事を考えながら、オレはヨシノの後に続いた。


 そうして辿り着いたのは一人の男が座している空間。

「やあ、よく来てくれた。約束を果たしに来てくれたんだね……」

 男は座ったままヨシノに語り掛けて来た。

「うん。随分と待たせちゃってごめんね。あ、そうそう。この人はタカ兄。僕を助けてくれて、僕に名前をくれたんだ」

「そうですか。タカさん。どうもありがとうございます」

 男は深々と頭を下げる。その顔はまぎれもなくヨシノが歳をとった先にある顔だ。オレと同い年位の、サラサラと長い髪を肩や腰に纏わせているこの美しい男はヨシノのオリジナルに違いない。


「しかし、拍子抜けだったぜ。ここに来るまでにレラジェに会わなかった訳じゃないが、奴等はオレ達にまるで興味を示さなかった」

「ええ。奴等は基本的にあらゆることに無関心なんです。ハンターやペットの飼い主がレアケースなんですよ。我々人間は奴等にとって血を吸わない蚊のようなもの。騒ぐ価値もない」

「そういうものなのか」

「えぇ」

「そして、人間と同じようにイレギュラーな個体は偏執的で、わざわざ弱い存在に害を与えたがる」

「ペットというのはつまり……」

「ご想像にお任せします」

 目を伏せて、オリジナルはそう言った。

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