第3話

 二十数年前のあの日、人類は地球の支配者ではなくなった。突然現れた奴等によって支配される家畜になった。宇宙人とも、月に住む者とも、地底魔獣とも、異次元生命体とも言われる奴等が一体何者なのか、それすら把握できないままに、人類は奴等の足元に跪く事になった。


 一見平穏に見えるこの日常は、奴等の管理下にある。人類の営みに興味を持たず、人類の武力に脅威を覚えない奴等は人類のそれまでの営みを続ける事を許した。ただ、人類が自分たちの脅威に育つ事を懸念したのか、テクノロジーの発展を奴等は規制した。


 幸せな家畜となった人類は、あの日以降、変わらない日常を繰り返している。――現状維持――という無為な頽廃を続けさせられている。


「羊やアルパカもアルコールに酔って騒ぎたいなんて思うのかな」

 少年は呟く。無表情で、網膜に映っているハズの桜の花びらを無視しながら。

「さあな。毛を狩られた後の寒さをしのぐ為に酒であったまりてえ、なんて事を思う羊やアルパカはいないだろうとは思うが」

「ふふふっ、オジサン、面白いね。そうか。寒いだろうね、全身の毛を刈られたら。そりゃあ。それに比べたら人間という家畜は幸せだね。刈られるのは髪の毛だけだし、帽子を被る事を禁じられてもいないもんね」

 笑うと歳相応の少年だ。笑ってもやはり美しい顔をオレに向けてそう言った。


 奴等にとって人間の頭髪がどのような価値を持つのか。それを解明した人間はいない。羊やアルパカの毛のように服飾に用いられるのだという話は端から否定されていた。他方、知的生命体の脳のすぐ傍から延び続ける素材が奴等のテクノロジーには重要なのだろうという憶測も意味がなかった。その論説は奴等に対抗する術を持たない、奴等に遠く及ばない劣った知的生命体であるという事実をして、自虐的に作用した。

 ただ分かっているのは、奴等が人間の長い髪を求めているという事だけだ。

 奴等の服飾の素材になっている可能性と、奴等のハイテクノロジーに関わる何かに使用されている可能性は同等にある。そして、人類には及びもつかない使われ方をしている可能性の方がずっと高い。


 無為な頽廃の中の人類には、もう、それを真に解明しようという気概もない。


 なにせ、我々人類は知的生命体であるという誇りをもう持てないのだから。


 せっせと育んだ髪を刈られるだけの家畜に過ぎないのだから。

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