第2話

「隣、いいかい?」

 オレは努めて明るく話しかけた。近くで見ると整い過ぎていると思える程に美しい顔をした少年だ。いや、少女か?

 その子は興味なさそうにオレの顔を一瞥し、そしてすぐに視線を虚空に戻した。十三、四歳といったところか。上品なジャケットの下には目立たない刺繍の施された白のシャツ、ハーフパンツから覗いている華奢な膝と脛。胸元に膨らみはないが、さて、この子は少年だろうか、少女だろうか。返事を待たずにそのベンチにオレは腰かける。並んで座るボロボロのベンチの真ん中に一人分の空間を空けて。


「桜がきれいだな」

 何の意味も持たない言葉をオレはただ吐き出した。この年代の子供との距離感の測り方をオレは良く知らない。突然世間話を振って来たオジサンとすぐに打ち解けるようなこの年代の子供はどちらにしてもいないだろう。

「哀しい色じゃないですか……」

 意外にもその子はそう返してきた。声は変声期の男子のそれだ。なるほど、張り出しつつある喉仏を見て、男の子なのだと気づく。

「哀しい色か。変わった感想だな。思春期特有の感性だろうか」

 そう言ったオレに、彼は再び生気のない目を向ける。だが、何も言わない。ただ、オレの目を見つめてくる。そしてオレは気づいた。違和感の正体に。髪を伸ばす事が義務づけられている今の世で、彼の頭髪はこざっぱりし過ぎているのだ。二十数年前ならば当たり前の短髪だ。でも、今は違う。義務に従っていて、彼くらいの年齢ならば、彼のヘアスタイルは生まれて以降一度も切った事がない長髪を、どうにかまとめているはずだ。なのに、彼の髪は短い。どういう事だ?


 そして、それが、周りの人々に気付かれていない。


 どういう事だ?


「イカス髪型だな。オレもそんな風にしてみたいよ。憧れる」

 オレは目線を正面の桜に移して言う。世間話で本心だ。でも、少年の違和感に迫るセンシティブな内容だ。いきなり踏み込み過ぎたか。

「家畜やペットは他の家畜やペットを見て、その外見に憧れたりするのかな。あぁ、もしかしたらするのかも知れないな。言葉が通じるのなら聞いてみたいね」

 少年は意外にもちゃんと返してきた。オレの言った事に対する返答としてはズレがあるが。そしてオレは確信する。この少年は普通じゃない、と。

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