第10話 水洗トイレを作った
「んああああっ! ルイスの撫で撫では至福! もっと、もっと撫でてぇぇ♥」
「ほーら、もふもふもふもふ」
「んほおおおおおおおぅっ♥♥♥」
離宮のリビング。
ルイスは膝にマーナガルムを乗せて、その全身に指を這わせた。
快楽に染まった声が響き渡る。
建国の礎になった精霊としての威厳はどこにもなかった。
「う、うらやましい……私もルイス様に撫で撫でされたいです!」
「そんなのお安いご用だよ。ほら、セレスティア。おいで」
ルイスはマーナガルムをどかす。文句を言われるかと思ったが、マーナガルムは満足そうな顔で気絶していた。
「で、では失礼します……!」
セレスティアはソファーに横になり、頭をルイスの太ももに乗せた。
美しい銀色の髪。こうして間近で見ると、鏡を解かして糸にしたかのようだ。
ルイスはそれにそっと触れる。
「ああ……これは確かに! 確かに凄いです! 凄いというかエグい……あ、ああ……心がとろけます……ふにゃぁ……」
「大げさだなぁ」
「いえ、決して大げさに言っているのではなく……幸せすぎて処理しきれない……圧倒的多幸感……耐えられな……意識が消え……すやぁ」
精霊はどちらも眠ってしまった。
話し相手を失ったルイスは、読書でもするか、と立ち上がる。
地下宝物庫に潜った昨日、最大の成果はマーナガルムと出会えたことだが、そのほかにも本を何冊か持ち帰った。
当然、開いただけで呪いが撒き散らされるような危険なものは避けた。
それでも地下にずっと眠っていた本である。
きっと貴重な知識が書いてあるに違いない。
と、ルイスはわくわくしながら本を開いたのだが。
「……昔の王様の日記だ」
執務に追われる忙しい日々。ストレス発散のため、皆が寝静まった深夜、こっそりドレスに着替えて王宮を散歩する様子を書いた、女装日記である。
見回りの兵士に見つかりそうになってドキドキした。
夜に美人の幽霊が出ると噂になった。美人と言われて嬉しい。
しかし、いつまでも続けたらバレてしまう。この日記は本当なら焼いてしまうべきなのだろう。だが、思い出の記録に火をつけたくない。だから誰にも見つからない場所、地下宝物庫に隠す。誰かに託すわけにいかない。腕を磨いて、自力で地下宝物庫の奥まで辿り着かねば――。
「別にそこまで必死に隠さなくてもいいと思うんだけどなぁ」
ルイスは二冊目を開く。
「お。これは面白そうな魔導書だぞ」
空間魔法の理論が書かれている。
ルイスは魔法を系統的に学んだことはない。しかしスルスルと内容が頭に入ってきた。不思議な感覚だ。ゲームの魔法スキルのおかげで、無意識化に魔法の知識が眠っているのかもしれない。
「こっちの本は、物質変形魔法か。これも凄いなぁ。オリハルコンとかは無理だけど、鉄くらいの物質なら、工具がなくても魔法で加工できそうだ」
有意義な読書体験だった。
「この知識を応用すれば……あれが作れるかな。水の召喚は基礎魔法でできるし。暇だからやってみるか」
そして夕方。
工作が完成した頃、王の第五子にして姫騎士の異名を持つアリアが離宮を訪ねてきた。
「やあ、ルイス。あのマーナガルムと契約したというのは本当か?」
「アリア姉様。いらっしゃい。本当だよ。ほら、マーナガルムはソファーでくつろいでるよ」
「ふむ……あの黒いモフモフが初代様の精霊なのか? 想像していたより随分と小さいな」
「むむ? お前はルイスの姉か。言っておくが、この愛らしい姿は仮のもの。真の姿を見せてやろう!」
マーナガルムは大きくなる。大きすぎてテーブルをひっくり返した。散らかったリビングを見て、セレスティアのこめかみがピクピクと動く。
「おお、なんと堂々たる姿か! さすがは建国の精霊!」
「であろう? お前はジェイクとかいうのと違って理解が早い。褒美に、好きなだけ撫でさせてやろう」
「ならばお言葉に甘えて……」
「おお! この撫で方! まさしくルイスの姉だな!」
なにやら意気投合している。
「ところで姉様、なんの用で来たの?」
「特にこれといった用はない。学校帰りに、弟の様子を見に来ただけだ。マーナガルムも気になったしな」
学校帰り。その言葉通り、アリアは制服を着ていた。
彼女は魔法学校に通っている。
姫騎士という異名から剣だけで戦うイメージが浮かぶが、その戦闘スタイルは魔法剣士なのだ。
「ああ、ところでトイレを借りてもいいか」
「うん。さっき調整したばかりだから感想を聞かせてよ」
「うむ?」
アリアは不思議そうな顔をしながらトイレに向かった。
数分後。
「おい、なんだあのトイレ! 水がピュゥゥゥって出て私を綺麗にしてくれた! そして立ち上がったら勝手に水が流れたぞ! あれはどこに流れていったんだ!?」
いつも落ち着いた雰囲気をまとっているのに、目を丸くしてドタドタと走ってきた。
「トイレに魔石を組み込んだんだよ。タンクに水を召喚して貯める仕組みなんだ。その水でピュゥゥゥって股間を綺麗にしたり、シャァァァって排泄物を流すんだ。トイレの下にも魔石があって、そっちには空間魔法の術式を刻んだ。流された排泄物は異空間に消えるから、地下にたまったりしない。便利でしょ。水洗トイレっていうんだ」
「凄すぎる! 私はもうここのトイレ以外で用を足したくないぞ!」
「そこまで気に入ってくれて嬉しいよ。じゃあ、お風呂も見せてあげる。こっちは火の術式を入れたから、温水を出せるんだ。寒い冬でもすぐ温まるよ」
「凄い! しかも広い! 装飾が綺麗! お前は強いだけじゃなく、こんなのを作ってしまえるのか。ルイスの魔法はどこまで多彩なんだ!?」
「褒めすぎだよ。地下宝物庫から持ってきた魔導書がなかったら作れなかった」
「つまり新しく学んだのか! 私の弟は勉強熱心で偉いなぁ!」
撫でられた。
前世で兄弟がいなかったので、姉に撫でられるというのは初めてだ。
ルイスは上機嫌になる。
「なんならお風呂に入っていく?」
「うむ! 一緒に入ろう!」
ルイスは一緒に入ろうという意味で言ったのではないのだが、アリアが目を輝かせているので、断るのも悪い気がする。
「お待ちください、アリア様。いくら姉とはいえ、男女でお風呂に入るのはいかがなものかと。ルイス様は私がお風呂に入れてさし上げます」
「そうか? 別に普通だと思うが? そしてセレスティア、お前がルイスと入るのはいいのか?」
「私は精霊ですので。人間の尺度で考えないでください」
「あまりにも卑怯な論法だな。ルイスを独占したいだけに聞こえるが?」
「あなたこそ、ルイス様とお風呂に入りたくて必死ですか?」
「悪いか?」
「悪いかどうかはともかく、変態だとは思います」
「お前、人のこと言えんだろう」
二人の間に、バチバチと火花が散る。
ルイスはいたたまれない気持ちになってきた。なぜ二人が険悪なのかはよく分からないが、自分が関係しているのだけは分かる。
ルイスはセレスティアもアリアも好きなので、喧嘩などして欲しくない。
「えっと……二人ともボクとお風呂に入りたいんだよね? だったら三人一緒に入ろうよ。きっと楽しいよ。だから喧嘩なんてしないでよ。ね?」
ルイスは場を和ませようと、精一杯の笑顔を浮かべた。
「う……なんて愛くるしい笑顔をするんだ……可愛すぎて愛苦しい……!」
「天使! 圧倒的な天使力! 確かに私が間違っていました……ルイス様を独占しようなんて何者にも許されることではありません。というわけでマーナガルム、あなたも一緒に入りましょう」
「え!? 我、毛が濡れるの嫌なのだが……」
「ワガママを言ってはいけません。あと昨日から指摘しようかと迷っていましたが、あなた、ちょっと獣臭いですよ」
「ぬっ!?」
というわけで、みんなで風呂に入ることになった。
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