第8話 建国の精霊
「この部屋はほかのところより広い……壁や床に結界が施されて、衝撃や魔法に強くなってる……? そもそも、ほかの場所は四角いけど、ここはドーム状。明らかに特別な場所だ」
「ルイス様。中央にある魔法陣に気をつけてください」
「うん。この宝物庫に入ってから、初めてドキドキしてるよ」
「ふ、二人ともなにを呑気な……ワシは……恐怖で今にも心臓が止まりそうなのに……こんな気配の中で、どうして平然としていたれるのじゃ!?」
「ゲームでも、始めて遭遇するボスと戦う前はこんな緊張感だし……来たッ!」
床の魔法陣から、影がせり上がってくる。
「我が眠りが妨げられるのは久しぶりだな。ここまで辿り着く人間は何百年ぶりだ? 退屈しのぎに、力を試してやろう。このマーナガルムを使役したくば、我を倒してみせるがいい」
影はオオカミの姿となる。
黒い毛並みのオオカミだ。まるで馬のような大きさ。牙と爪は剣のように鋭い。
だが特筆すべきはそんなものではなく、そのオオカミが地ではなく空を蹴って歩いていることだ。
翼で飛ぶのではなく、空中を歩くという不自然な動き。それが当然のことだと言わんばかりの表情で、オオカミはルイスたちを見下ろした。
「マーナガルム? もしや初代様と契約した精霊のマーナガルムか!?」
老師は叫ぶ。
するとオオカミは目を細くし、嬉しそうに口の端を歪めた。
「ほう。我とウォーレスの関係を知っている者がまだいたか。千年近くは経っているだろうに。いかにも。我こそは、初代国王ウォーレス・アルクスレイドの契約精霊、マーナガルムである。我を知っているということは、我の強さも知っているのであろうな。それでも挑むか、人間たちよ……いや、その女は精霊か。なかなか強い力を持った精霊のようだ……ん? 待て、待て待て! もしかして我より強い? そんな馬鹿な! 我はウォーレスと共にこの地の魔族や邪精霊を一掃し、建国の礎となった精霊ぞ! 我より強い精霊などいない! 滅多にいない! 行くぞ! 心して受け止めよ!」
マーナガルムは天井に向かって吠える。人語ではなく獣の咆哮だ。
そして空中を疾走し、セレスティアに体当たりを仕掛けてくる。
ルイスは横から割って入って、掌底撃ちでマーナガルムを弾き返した。
「ぐぬっ……人間の小僧。なかなかやるな。しかし何故に精霊同士の戦いを邪魔したっ?」
「ボクの名はルイス。この精霊剣セレスティアはボクと契約している。だからセレスティアに売られた喧嘩はボクが買う。さあセレスティア。建国の精霊に、ボクたちの強さを教えてあげよう。その身を剣と成せ!」
「雄々しい主様。私のルイス様。この身をお使いくださいまし」
光が広がり、それが晴れると、巨大な精霊剣がルイスの幼い手に握られていた。
互いの魔力が互いを強化し合い、内側から破裂しそうな力が湧いてくる。
「ぬうっ! これほどの戦慄を感じたのは、我がこの世界に発生してから初めてかもしれぬ……小僧、もはやお前を人間とは思わぬ。殺すつもりで全力を出す。どうせ死なぬのだろうよ!」
次の瞬間、もともと薄暗かった地下宝物庫が完全な暗黒に閉ざされた。
いや、違う。
ここはもう宝物庫ではなく、別の空間だ。
頭上には満月。それから満天の星々も煌めきだした。
その綺麗な夜空の中を、マーナガルムが自在に駆け回っている。
「結界で作った擬似的な異世界、といったところですね。おそらくマーナガルムにとって都合のいい法則が存在しています。それがどんなものか見極めないとハメ殺しされるかもしれませんよ」
「そうは言っても、向こうの動きを待ってるだけじゃ、なにも分からないよ。まずはこっちから仕掛ける!」
「はい。ゲームでもそういうスタイルでしたね。懐かしいです」
精霊剣の刃から魔力の斬撃を放ち、天を駆け回るマーナガルムへ飛ばす。
命中するかに思われたが、マーナガルムは口を開き、その斬撃を
「くはは! 我はマーナガルム。月の世界を駆け巡る者。万物を食らい、その血で太陽を塗りつぶして光を遮る者。我は大食いゆえ、魔力だろうと肉だろうと選ばず食う。食えば食うほど夜が深まり、我は強くなる。お前たちの魔力は大したものだが、我はそれを食ってより強くなるのだ!」
確かにマーナガルムの足取りが力強くなった。
エナジードレイン系の能力だ。
「たんに自分のパラメーターを上げただけじゃ攻略できないタイプの敵だね。マンガだと吸い取れる量に限度があり、その上限を超えたエネルギーを流し込んでやれば逆に弱くなるのが多いかな。ゲームだとエナジードレインを止めるためのギミックがあるのが定番だね。さて……」
ルイスは思案する。
マーナガルムはお喋りな性格なのか、空を走りながら能力を喋ってくれた。知られたところで問題ない情報だと思っているのだろうが、小さなヒントが大きな問題を解決することだってある。
「月の世界……夜空……ボクたちを取り囲むこの結界を壊すってところから試してみようか」
魔法はゲームで幾度も使った。だがそれはコントローラーを操作しているだけで、魔力や術式を感じているわけではない。
今は違う。
この世界で記憶を取り戻してからまだ数日だが、魔法を肌で感じ、脳で理解しようと努めた。
だから目の前の結界を解析することだってできる。
「ルイス様、私に流し込んでいるこの魔力は一体……!?」
「ちょっと特殊な波長だけど、セレスティアなら耐えられるよね? 結界を貫くよ」
「お待ちを、ルイス様! 相手は精霊です。精霊が作った結界とは、もはや一つの世界。いくらルイス様とはいえ、そう易々とは――」
セレスティアが言い終わる前に、ルイスは彼女を振り下ろした。
刃からほとばしる閃光が夜空に伸びていく。
これが本物の夜空なら、光はただ飲み込まれて終わる。
しかし、ここは閉ざされた偽の夜。光は程なくして壁に衝突した。
「ふはははっ! 愚かなあがきだ! 我の結界を攻撃魔法で破壊しようなどと! これは力尽くで破れるものでは……って、ええええええっ!? 我の夜空がバリンって割れた! なんで! 我こんなの初めて!」
夜空を模した結界に穴が空いた。
結界で包まれた異空間は、風船と同じように破裂する。
夜空が消え、もとの地下宝物庫の風景が戻ってきた。
「力尽くではない……我の結界が解析され、分解された……? 我の結界って、そういうことができるのか……? でも現に我の意思と無関係に解かれたし……ま、まだ負けを認めてなるものかぁ!」
マーナガルムはヤケクソ気味な声を上げながら、ルイスに突進してきた。
が、結界が砕けたことで、マーナガルムは魔力の大半を失っている。
言わばマラソンを走った直後。
そんな疲れ切った相手にルイスが後れをとるはずもなく。
精霊剣の腹で殴りつけ、床に叩きつけてやった。
「まだやるとか言わないよね?」
ルイスはマーナガルムの首元に、剣先を突きつける。
勝負はついた。
これ以上続けるというなら、ルイスはマーナガルムにトドメを刺さねばならなくなるが、建国に携わった伝説の精霊を殺すなど、そこまではしたくない。
「わ、我の負けだ……まさかウォーレス以外の人間に負ける日が来るとは……約束通り、我はお前の契約精霊になる」
「そういえばそんな話だったね」
「そういえばって……これまで何人も我と契約しようと挑んできた。しかし我が認めたのは建国の王ウォーレスただ一人。それに続くのは名誉ではないのか!?」
「特に……」
「とぼけた奴め……子供だからウォーレスに並ぶ意味が分からないのか? 我はそんな子供に負けたのか。お前、ルイスと言ったな? 苗字はないのか?」
「フルネームは、ルイス・アルクスレイドだよ」
「アルクスレイド? もしやウォーレスの血を引いているのか?」
「うん。一応、王子だよ。継承権はないけどね」
「言われてみると、どことなく面影がある! ふふ、そうかウォーレスの子孫に負けたのなら仕方がない。むしろ奴の才能が現代に受け継がれているのを嬉しく思う。さあ、ルイス! 我を地上に連れて行け!」
面白いアイテムがあったら持ち帰ろう。その程度の気持ちで地下宝物庫に来たのだが、まさか建国の精霊と契約するなんて予想外だった。
「あんな複雑で分厚い結界を一瞬で解析するとは……しかも、ただ結界を破るだけでなく、マーナガルムを力で圧倒! つくづくルイス様はワシの想像を超えてくるのじゃ! もはや魔法庁長官の地位を譲ってしまいたいくらいですぞ!」
老師は、マーナガルムが夜空結界を広げてからずっと腰を抜かしていた。それがようやく気力を取り戻し、興奮した声を上げる。
「長官とかやだよ。ボクまだ十歳だよ。それより……マーナガルムを連れていったら、みんな怖がるんじゃないかなぁ? こんなに大きなオオカミ、モンスターと間違えられない?」
「案ずるな、ルイスよ。その点は千年前に対策済みだ。変身! とうっ!」
ぽんっという音と共に、マーナガルムは小さくなった。ルイスの頭に乗っかれそうなサイズ。ただ縮小されただけでなく、手足が短くなり、胴体が丸くなって、親しみやすいフォルムである。
「どうだ、愛らしいだろう? これなら怖がられる心配はない。撫でたいなら撫でてもよいぞ?」
「本当!? じゃあ遠慮なく!」
もふもふもふもふもふもふもふもふもふ。
「おお? おおおっ? なんと心地いい撫で方……これはウォーレスを超える……んほおおおおっ、気持ちいいいいいいいっ♥♥♥」
マーナガルムは悶絶した。
「ルイス様にあんなに愛撫してもらえるなんて羨ましい……はっ、いけません。よこしまな想いを抱いてしまいました!」
人間形態に戻ったセレスティアは、なにやら葛藤している。ルイスは彼女がなにを悩んでいるのか、まるで分からなかった。
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