第6話 VS魔族

「アリア様、ルイス様! 二匹のメイジの死体から、魔力が広がっております!」


 老師が叫ぶ。

 そしてルイスたちが動く前に、メイジを含むゴブリンたちの死体が吸い寄せられるように一カ所に集まった。


「なるほど。あらかじめ体に術式を刻んで、全員死んだら発動するように仕込んでいたのか。魔法って奥深いなぁ」


「ゴブリンの魔法に感心している場合ではありませんぞ! 生き延びるのか先決じゃ!」


 死体は圧縮され、巨大な塊になっていく。

 三百匹分の死体が蠢き、一つの人型を形成する。

 見上げると首が痛くなるほどの巨大ゴブリン。

 もちろん、寄せ集めた姿がそう見えるというだけで、実際はバラバラの死体だ。

 が、実態がどうであれ、巨人としての破壊力を有しているなら同じこと。

 殺される側からすれば、死ぬという事実に変わりはない。


「みんな落ち着け! あれほどの大きさなら、力はあっても素早く動くのは難しいはずだ!」


 アリアは励ますが、その言葉を嘲笑うかのように、巨大ゴブリンの拳が凄まじい速度で振り下ろされた。

 体を上手く制御できていないのか、空振り。

 誰も巻き込まれなかった。

 しかし衝撃波と共に、恐怖が広がる。

 ゴブリンの拳が地面にクレーターを穿っていた。

 もし人間に当たったら、甲冑ごと消し飛んで、跡形も残らないだろう。


「くく……人間共よ。我が作ったゴブリンメイジをここまで追い込んだこと、まずは褒めてやろう。褒美に、ここからは魔族、、である我が直接相手してくれる。さあ、絶望しろ。その感情が我の養分となる」


 巨大ゴブリンから黒いモヤが浮き上がった。

 そのモヤが動くのに合わせて声が聞こえる。どうやらゴブリンの群れを本当に率いていたのは、二匹のメイジではなく、この声の主のようだ。


「魔族……くっ、覚悟はしていたが、まさかこれほどのものとは……落ち着け……とにかく落ち着くんだ……」


 アリアの声が枯れている。

 もう無理だと悟ったのだろう。

 しかしルイスは、他人の悟りに付き合うつもりはない。

 倒せそうにないボスでも、まずは挑み、動きを見て対策を練る。ここはゲームではなく現実世界。コンティニューはできない。だからこそ嘆きに脳のリソースを使っている場合ではない。全力で集中しなければ。


「魔族! やったね! この世界にもいるって知ってたけど、本当に出てきた! 魔族と戦うの久しぶりだなぁ。よーし、やるぞぉ! セレスティア、その身を剣と成せ!」


「かしこまりました。あらゆる世界で唯一の主様。ルイス様。あなたにこの身を捧げましょう」


 精霊剣を構える。

 自分とセレスティアに魔力を流す。

 筋力強化。強度強化。破壊力強化。

 するとセレスティアも同じようにルイスへ魔力を送ってきた。

 合わせ鏡のように互いを強化し合う。


 巨大ゴブリンの拳が、ルイスの頭上に落ちてきた。

 

「はっ!」


 敵の動きに呼応し、剣を振り上げる。

 拳に刃をぶつける。

 そして爆発寸前まで高まった魔力を刃から放つ。

 光の斬撃がほとばしり、巨大ゴブリンの体内で荒れくるった。

 内側から切り刻まれ、瞬く間に三百の死体に戻る。その死体は更に細かくなり、いまやただの肉片。


「ぐわあああっ、人間如きがこれほどのぉぉぉっ!」


 魔族の断末魔。


「あれ? 一撃で終わっちゃった……?」


 魔族は、ゲームではボスキャラだった。

 程度の差はあるが、どれも強い。一人ソロで討伐するのは困難で、普通はほかのプレイヤーと協力して戦う。一人で倒せたら上級者として尊敬される。

 それが魔族だ。

 なのに一撃で終わってしまった。

 もしかしたら、この世界の魔族はとても弱いのだろうか。

 誰も怪我しなかったのは喜ばしいが、拍子抜けなのは隠せない。


「一撃で……魔族を一撃で倒しただと!? ははっ、ルイス! お前は本当に私の弟なのか!? 本当に凄い奴だ!」


 アリアが抱きついてきた。

 続いて、騎士や魔法師たちから大歓声が上がる。

 この反応から察するに、魔族を倒すというのは偉業のようだ。実際、ルイスとセレスティアがいなければ、みんなは全滅していた。


 もちろんゲームでも、魔族の強さは様々だった。初心者の集団が太刀打ちできる魔族もいれば、複数の上級者が密接な連携をしてようやく勝利を掴める魔族もいた。

 記憶を辿ってみると、ゲームで一番弱い魔族はこんなものだったかもしれない。

 上級者になってから初心者用のエリアで戦うと「昔はこんな敵に苦戦していたんだなぁ」と感慨深くなったものだが、今も似たような感覚だ。


「魔族をお一人で討伐なさるとは……ワシはまだまだルイス様の凄さを分かっていなかったようです。ルイス・アルクスレイドという傑物と同じ時間を生きているのが誇らしく思えますのじゃ……」


 老師は感涙までしている。

 褒めてもらえるのは嬉しいが、ここまでくると調子がくるう。


「ルイスゥゥゥゥ! ほかの連中は騙せても俺は騙されないぞ! Fランクが一人で魔族を倒せるわけがないんだ……これは全部、お前の自作自演だろっ! お前が魔族と共謀して騒ぎを起こし、まるで自分の力で解決したかのように演出したんだ、そうに違いない!」


「兄上。なぜ魔族がルイスの言うことを聞く前提で語っているんだ?」


「うむ。特にあの魔族は、村人や旅人を残虐に殺して、その絶望をエサにするような奴じゃ。そんな邪悪な存在と共謀しようと思ったら、力尽くで従えて、使い魔にするしかない。つまり、どう足掻いてもルイス様は魔族より強いという結論になるのじゃよ」


「だ、だけどルイスはFランクだし……」


「ふん。冒険者ギルドの評価など当てになるものか。Aランクまでなら金で買えるという噂じゃないか」


「え? 金でAランクになれるのか……!」


「兄上。いいことを聞いたみたいな顔をするのはやめていただこう。わずかでも誇りがあるなら、そんなことはできないはずだ」


「あ、当たり前だ! 俺は自力でBランクになった。きっともうすぐAランクだ。ここまで来たら自力でSランクになってみせるぞ! そんな俺よりルイスが強いなんてありえない……あ、そうか、魔族が弱すぎたんだ! そして俺がルイスを倒せば、俺が魔族より強いと証明できる! うぉぉぉっ、覚悟しろルイスゥゥゥゥゥッ! ぐわああああっ!」


 向かってきたジェイクは、またしても風魔法で吹っ飛んでいった。


「ふう。うるさいのがいなくなって清々した。さあ、みんな、王都に凱旋しよう」


「アリア姉様。兄上を持ち帰らなくてもいいの?」


「一人で帰ってくるだろ。子供じゃないんだから。それよりルイス。どうやったらそんなに強くなれるんだ? 参考にしたいから教えてくれ。騎士や魔法師たちも知りたがっているぞ。そうだ、お前を教官にしよう。ルイスが鍛えてやれば、強くなれるはずだ」


 アリアの提案を聞いて、みんなのテンションが上がる。

 しかし、こんな大勢になにかを教える自信はない。


「えっと。ボク、疲れたから先に帰るね。アリア姉様、老師、また今度!」


 ルイスは精霊剣を肩に担いだまま、飛行魔法で一気に逃げた。




「ふぅ。昨日は危うく、この国の剣術と魔法を担うことになりそうだったよ」


「うふふ。私はルイス様が評価されて嬉しかったですよ。まあ、義務が増えると楽しく冒険する時間が減るので、教官役を断ったのはよかったと思いますが」


「そう。ボクはこの世界を冒険したい。せっかくゲームの強さを生身に宿したんだ。究極のVRだよ。楽しまなきゃ損! というわけで冒険に行こう」


「楽しそうにしているルイス様を見るのは、なによりも幸せです」


 セレスティアはメイド服を修道服に変化させ、ルイスに並んでついてくる。

 後ろに控えるのではなく、横を歩いてくれるのが嬉しい。

 剣とその主という主従関係がある。が、それとは別に、対等な関係でも結ばれているのだと感じる。


「老師。お願いがあるんだけど、いいかな? 忙しいなら今度にするけど」


 王宮の中にある老師の書斎。そこを尋ねると、彼女は読書の最中だった。

 読書の邪魔をされると腹が立つことくらいルイスは前世で学んでいる。

 しかし老師は笑顔で栞を挟んで本を閉じた。


「どの魔導書も、すでに読んだものばかり。それよりもルイス様が紡ぐ言葉のほうが貴重じゃて。して、お願いとは? この老体にできることなら、なんでもしますぞ」


「そんな大げさな話じゃないよ。地下宝物庫への鍵を借りたいなぁって」


「なんじゃ、そんなの容易いご用……って、地下宝物庫ぉぉぉっ!? 建国以来千年の闇を封じ込めているあの地下宝物庫! ワシでさえ恐ろしくて滅多に近づかない地下宝物庫……なぜわざわざ危険を冒すのじゃ!?」


「それだけ貴重なものが眠ってるってことでしょ? 散歩がてら探索してみようかなぁって」

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