第5話 VSゴブリン軍団
「ゲームだとコントローラーを動かすだけだったけど……実際に空を飛ぶのは神経を使うなぁ」
ルイスはそう呟きながら、森の上空をふわふわと移動する。
使っているのは飛行魔法だ。本当は自動車みたいな速度を出せるが、不慣れなので控えめに飛んでいる。
「うふふ。初めてにしては上手ですよ、ルイス様」
セレスティアはこの世界に来て百年経っているだけあり、危なげなくルイスの横をついてくる。
早く自分もそうなりたいものだと思いながら森を観察した。
どこかで騎士や魔法師たちが、魔族やモンスターの群れと戦っているはずなのだが。
「あの辺りではありませんか? 風もないのに木が揺れています」
「本当だ。魔力の気配もする。行ってみよう」
現地を上空から観察すると、確かに戦闘が行われていた。
二十人ほどの騎士。それを援護する同数の魔法師。
彼らが戦っているのはゴブリンの群れだった。敵の数はザッと見た限り、こちらの十倍。完全に取り囲まれている。
とはいえ、そこらの素人ならともかく訓練を受けた騎士と魔法師が、たかが十倍のゴブリンに苦戦するはずがない。包囲されても力技で突破できるはず。
なのに彼らの表情は青ざめていた。
死んだゴブリンが立ち上がるからだ。いくら斬っても燃やしても、即座に再生して襲い掛かってくる。無限の敵を相手にしているようなものだ。いくら力量に差があっても、やがて押しつぶされてしまうだろう。
「あいつが生き返らせてるんだ」
空から観察すると、よく分かる。
群れの後方に、異彩を放つゴブリンがいた。
ほかの個体よりも一回り大きく、木を加工して作った杖を持っている。それだけでも高い知性をうかがわせるが、もっと決定的な違いがある。そのゴブリンは魔法を使っていたのだ。ただ魔力を放つのではなく、きちんと魔法として発動している。
「死霊術を使ってるみたいだね」
「ええ。あのゴブリン、変異体のようです。ゴブリンメイジですね」
だがメイジへの道は不滅のゴブリンによって阻まれ、並の突破力では到達できない。
詰んだ状態。
装備もスキルも揃っていないゲームの序盤でこんな状況に陥れば、バランス調整不足と叩かれるだろう。
しかし幸いにも、騎士たちの中に、その二つを兼ね備えた者がいた。
「姫様! まずワシが穴を空けます。それを押し広げてください!」
老師がいた。
彼女は杖の先端から魔法の槍を連射し、ゴブリンの群れを抉り取る。すぐに再生が始まったが、攻勢に出る糸口としては頼もしい一撃だ。
「さすが老師! 今日はいつもより強いな! 若返るようなことがあったのかっ?」
そう言いながら、老師が作った穴に飛び込んでいく少女がいた。
姫騎士の異名を持つ、国王の第五子、アリア・アルクスレイドである。
名に違わず、姫のようなロングドレスと騎士のような甲冑を調和させた服装をしている。
長い髪をなびかせながら、大剣を手にゴブリンに突撃する姿は、絵画のように美しかった。
そして美しいだけでなく、実力も備わっている。
立ち塞がるゴブリンの壁を一気に穿ち、踏み越える。
メイジの眼前まで駆け抜け、脳天に刃を振り下ろした。一刀両断。ゴブリンの魔法師は左右に引き裂かれ、血を撒き散らしながら沈黙する。
次の瞬間、ゴブリンたちにかかっていた魔法が解けた。死霊術で保っていた体が、ただの死体に戻ってしまう。
崩れ落ちていくゴブリンを見て、騎士と魔法師たちは歓声を上げた。
「あらあら。私たちの出番がありませんね」
「いや。まだ終わってないよ」
崩れたはずのゴブリンたちが。斬ったはずのメイジが。
時間を戻したかのように再生し、また立ち上がってしまった。
その原因は単純。
ゴブリンメイジは二匹いたのだ。
「群れの対岸にもう一匹。片方を倒しても、もう片方が生き返らせちゃう。両方同時に倒さないと駄目。だけど……」
ルイスはみんなの様子を見る。
掴んだはずの勝利が手の隙間から逃げ出したのだ。空気が絶望に包まれるのは当然。
老師でさえ諦めの表情に染まりつつある。
が、ただ一人、姫騎士アリアだけは毅然と敵を睨みつけ、仲間たちを鼓舞した。
「諦めるな! ゴブリンの魔法師がもう一匹増えたところで、やるべきことは変わらない。私と、私が信じるお前たちなら、必ずや敵を撃滅できると信じている!」
その声で、騎士や魔法師たちの瞳に光が戻ってきた。
「アリア様はとても勇敢ですね。ルイス様の姉上に相応しい人です。しかし勇敢なだけでは打開できませんよ」
「うん。助けに行こう」
ルイスとセレスティアは急降下。
抜剣と同時に斬撃。
着地したとき、すでにゴブリンメイジは二匹とも細切れだ。
「ルイス!? なぜお前がこんなところにいるんだ!」
そう叫んだのはジェイクだった。
騎士の中に混ざっていたので、ルイスは今まで彼に気づけなかった。
「魔族やらモンスターの群れやらが出たって噂を聞いて。様子を見に来たんだ」
「そんなことは聞いていない! 俺がこれから格好良くゴブリンを全滅させるところだったのに、なぜ邪魔をした!」
相変わらず整合性のないことを言う。
真面目に相手する理由が思いつかなかったので、ルイスは兄を無視する。
すると代わりに姉がその相手をしてくれた。
「兄上。ルイスのおかげで私たちはこうして生きている。自分でも信じていないような嘘で虚勢を張るのはよせ。見苦しい」
「アリア! 兄に向かってその口の利き方はなんだ!」
「兄上好みの話術を身につけて、私になにか得があるのか? 私はルイスと話したいんだ。少し黙っていただこうか?」
「生意気な……姫騎士と呼ばれて調子に乗りやがって!」
「少しと言わず永久に黙らせてやろうか!」
妹にそう怒鳴られたジェイクは、顔を真っ赤にしつつ、それ以上なにも反論しなかった。
「さて。ルイス、助けてくれてありがとう。それにしても、こうして話をするのは久しぶりだな。実のところ、私もジェイク兄様と似たようなものだ。姉弟なのにルイスを気にかけず、何年も会っていなかったのだから。ルイスが精霊剣に選ばれ、騎士団長と老師を倒したと聞いたときは、なにかの冗談かと思った。しかし、こうして目の当たりにして思い直したぞ。どうやったかは知らないが、お前はたった一人で、凄まじい技を磨いてきたのだな。心の底から尊敬するよ」
「ありがとう。アリア姉様にそう言ってもらえると嬉しいよ!」
「可愛いことを言う奴め。お前とはゆっくり話をしたいな。王宮に帰ったら――」
アリアは途中で言葉を切った。
不穏な気配が辺りに充満したからだ。
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