第4話 VS魔法庁長官

「ルイス! ルイスゥゥゥ!」


 またしてもジェイクがうるさい。

 無視しようにもずっと叫んでいるので、仕方なくルイスとセレスティアは外に出る。


「わははっ! 昨日は惜しくも負けてしまったが、今日はそうはいかんぞ!」


 ジェイクの台詞を聞いて、ルイスは首を傾げる。

 昨日負けたのは騎士団長であって、ジェイクはその土俵に立っていない。

 どこから「惜しくも」なんて言葉が出てきたのか理解しがたい。


「お前の剣の腕はちょっとだけ認めてやろう。だが十歳でそこまで剣術を磨いたのなら、それ以外を鍛える暇などなかったはず。俺は疑似魔法を使えるぞ! さあ魔法で勝負だ!」


 言っていることが卑怯すぎる。

 ちなみに疑似魔法というのは、自分の魔力ではなくマジックアイテムにあらかじめチャージしておいた魔力を使う魔法のことだ。

 なにせこの世界、魔力を外に放出できるのは女性だけと言われている。だから男性は自力ではろくな魔法が使えない。

 それを補うのが疑似魔法であるが、威力も精度も本物に劣ってしまう。

 だがルイスはゲームスキルを引き継いだせいで、男なのに自前の魔力で魔法を撃てるのだ。


「うおおおおっ、ファイヤーボール!」


「アクアボム」


 ルイスの水魔法は火球を掻き消し、そのままジェイクを水浸しにした。


「冷たっ! だがこの程度で俺を倒せると思うな――」


 ジェイクは途中で言葉を止めた。

 ルイスが放った電気の塊が、彼の眼前で静止したからだ。


「ずぶ濡れで電撃を受けたらどうなるか、兄上は分かってるよね?」


「く、くそ、卑怯者めぇぇぇ!」


 そう捨て台詞を吐いてジェイクは去って行った。

 数時間後。


「あいつだ! あいつがこの国最強の魔法師を自称してるんだ! この国の魔法庁長官であるあなたを差し置いて! 許しがたいだろう!? さあ、ルイスに身の程を教えてやってくれ!」


「ほっほっほ。ジェイク様、そう焦りなさるな。ワシは誰が最強を自称しようと気にせぬよ」


 ジェイクと一緒にやってきたのは、深いシワが刻まれた老婆だ。

 魔法庁長官。確かにそういう役職の人だが、二つ名のほうが有名だろう。

 類い希なる実績があり、知識があり、年齢を重ねた今でも陰りが見えない。

 この国の魔法師は、尊敬を込めて彼女を『老師』と呼ぶ。


「ふむ? この気配……確かにあのメイドさんは精霊剣のようじゃな。百年間、どんな剣士も主と認めなかった彼女が、十歳のルイス様のもとへ来るとは驚きじゃ。しかし剣士として天才だからといって、魔法でも最強を名乗るとは驕りが過ぎるのぅ。別にワシこそが最強と言うつもりは毛頭ないが、子供に大人の強さを教育してやろうか。ルイス様、かかってきなさい」


「最強とか名乗ってないんだけど」


「ルイス様、頑張ってください。下手に隠すよりは、この世界の人たちにルイス様の実力を教えて上げたほうが潔いというものです。『強さ』に対する新たな基準を作ってやりましょう!」


 セレスティアはなにやら盛り上がっている。

 そしてルイスも「悪くない考えかも」と思った。

 ゲーム初心者だった頃は、強い人のプレイを見て参考にした。ド派手なエフェクトの技を見て、早く自分も使えるようになりたいと憧れたのはいい思い出だ。その気持ちをこの世界の人たちにもお裾分けしたい。


「ほっほっほ。セレスティア殿は本当にルイス様を買っているようじゃな。しかし、これを見れば、大抵の魔法師は心が折れますぞ?」


 老師はそう呟いてから、魔力を練り上げた。


「おおっ! 炎と氷の槍! 二属性の槍を同時に作り出すとは、さすが老師……いや、更に雷と岩!? 四属性とは恐れ入った! ふははは、どうだルイス! これが真の強者というものだぞ! 俺に勝ったくらいでいい気になるな!」


 虎の威を借りる狐とは、こういうときに使う言葉なのだなぁ、とルイスはしみじみと思う。


「ほほ。ジェイク様よ、そういうのをオーガの威を借りるゴブリンと言うのじゃぞ……って、ルイス様!? その莫大な魔力は一体……まだ増える! そんな馬鹿な、これは疑似魔法ではなく、ルイス様ご自身の魔力じゃ! 男が本物の魔法を使うという例は大昔あったらしいが、おとぎ話の類いかと……しかも十歳の子供がこれほどの魔力などあり得るのか!? ど、どんな魔法を使うつもりなのじゃ……召喚魔法? 精霊の系統? ぬおっ、ドデカいのが出てくる……炎の化身じゃぁ!」


 ルイスが召喚したのは、十メートルはあろうかという巨人だ。老師が叫んだように、全身が炎でできていて、ただ立っているだけで周囲の温度を上げてしまう。

 少々の水をかけたところで無意味。それどころか大雨でさえ触れたそばから蒸発させるだろうと肌で感じる。

 炎は水に弱いという常識を破壊するだけの存在感。

 それを前にした老師は、膝を折って座り込む。


「ワシの負けじゃ……魔力量も技術も遠く及ばん……ほほ……まさか七十近くなってから身の程を教えられるとはのぅ。人生、なにが起きるか分からんものじゃ……」


「老師! なぜ諦める! こんなガキを図に乗らせていいのか!?」


「図に乗る? ルイス様が? これほどの精霊を召喚しておきながら、誇ることもなく涼しげな顔をしておるのに? 本来なら実力をアピールして、己の地位向上を図るものじゃろう。なのに、この小さな離宮で研鑚を積み続け、騎士団長を超える剣術を身につけ、ワシを屈服させる魔法を会得した。むしろ謙虚が過ぎるというもの。ジェイク様、実力でルイス様に並ぶのは無理でも、精神面ではもっと見習うべきじゃな」


「ルイスを過大評価し過ぎだ! あいつが使っているマジックアイテムが凄いだけだろう!?」


「まだ分かっておらぬのか。ルイス様は自分の魔力を使ったのじゃよ」


「そんな馬鹿な! 男が本物の魔法を使うなんて……あり得ないだろ!」


「ワシも目の当たりにするのは初めて。じゃが前例が皆無というわけではない。そもそも、なぜ女しか魔法を使えぬかも分かっておらぬ。ルイス様が使えても、あり得ないとは言い切れぬぞ」


「そんなのインチキだろ! くそっ……どいつもこいつもルイスばっかり褒めやがって! 俺はBランクで、そいつはFランクなのに! ルイスが強いなんて、なにかの間違いだぁぁ!」


 ジェイクは絶叫しながら剣を構えて走ってきた。

 ルイスはそれを風魔法で吹き飛ばす。


「ぬわぁぁぁぁぁっ!」


 情けない悲鳴を出しながら、放物線を描いて川に落ちた。あの川は本宮近くの池に繋がっているので、そのまま流されれば家に帰れる。


「あれだけ罵倒されたのに、地面に叩きつけず小川に落としてやる優しさ。コントロールも抜群。感服じゃ。後進の育成をしながら余生を送ろうと思っていましたが、血がたぎってきました。ワシはまだまだ強くなってみせますぞ! まずはモンスター討伐じゃ!」


 なんとなく老師が若返ったように見える。

 軽快な足取りで「やるぞぉ!」なんて言いながら去って行く。


「やる気がある人を見ると、ボクもやる気が出てくるよ」


「ふふ。では私たちもモンスター狩りに行きましょうか」


 次の日。ルイスとセレスティアは王都の外に出るため、道を歩いていた。

 すると噂話が聞こえてくる。

 森に出現した『魔族』とそれに率いられたモンスターの群れを倒すために、騎士団と魔法師庁が出動した。その部隊に、国王の第三子ジェイクと、第五子である姫騎士が参加しているという。

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