第2話 異世界で三周目が始まる

 十歳になる頃、前世の記憶がハッキリしてきた。

 それまではおぼろげで、夢か妄想だと思っていた。

 けれど今は、自分の前世が「瑠衣という日本の少年だった」と確信を持てるようになった。


 今世の名前は、ルイス・アルクスレイド。

 アルクスレイド国王の第六子。つまり王子だ。

 が、王子とはいっても妾の子。

 王位継承権はない。王の財産を受け継ぐ一切の権利がない、廃嫡王子である。


 一応、住まいは王宮の敷地内。それは小さな離宮で、ルイスを隔離しようとしているのは明白だった。

 たまにメイドが来て、掃除をしたり、保存が利く食事を用意してくれる。

 生きるだけなら不自由はない。

 本宮の近くにいるのを兄に見つかると「穢れた血」とか「カス」とか言われる。

 王族としての教育を施されることもなく、放置である。


 殺されないだけマシ。

 ルイスはそう思って、身を潜めて生きてきた。

 しかし前世の記憶を取り戻した今は、ちょっと酷い扱いだなぁと思わずにいられない。


 それと不思議なことに、取り戻したのは記憶だけではなかった。

 いや、会得したというべきか。

 前世で熱心にプレイしたあのゲームの能力を、実際に使えるようになっていたのだ。

 念じれば手から魔法が出る。錆びた包丁で石を切り裂くことができる。


 これまた不思議なことに、顔がゲームのアバターと瓜二つ。

 そしてアバターは現実の瑠衣の姿に似せて作っていたので、地球にいた頃の瑠衣とも似ている。

 鏡に映る姿を「これは自分だ」とすんなり受け入れられた。


 ゲームと同じというなら、誰にも負けない。


 ルイスは王宮を抜け出す。

 監視されているわけではないので簡単だった。


 まずは王都の外に出て、森でモンスターと戦ってみる。

 丁度、大型モンスターのベヒモスと遭遇した。

 攻撃魔法の一撃で倒す。


「よし! 本当にゲーム並に強いぞ。これなら!」


 そして王都の冒険者ギルドに行く。

 この世界はゲームに似ていた。

 冒険者という職業がある。モンスターを倒したり、ダンジョンを探索して金を稼ぐ、あの冒険者だ。それをまとめている組織が冒険者ギルド。


 ギルドに登録するのは簡単だ。誰でもできる。

 ただし登録時にギルドご自慢の能力測定器でパラメーターを測られ、それで最初のランクが決まる。

 ルイスは、自分の強さならAランク……いや、いきなりSランクというのもありえるぞ、と期待した。


――――――

Lv:1

HP:015

MP:000

攻撃:003

防御:004

魔力:001

俊敏:009

――――――


 ところが、空中に光で描かれたパラメーターは、冒険者やギルド職員の失笑を買うものだった。


「おいおい! いくらガキだからって低すぎるだろ。そんなんじゃ町の外に出た途端、モンスターに殺されちまうぜ」


「……確かに、これでは戦闘系の依頼を回せませんね。最低ランクからスタートということで」


 受付嬢は登録書に『Fランク』とハンコを押した。大きなハンコだった。実に読みやすい。

 それにしても、なぜこんなに低く表示されたのだろうか。

 ベヒモスを一撃で倒せたのだから、ここまで弱いはずがない。


(もしかして……この測定器、三桁までしか表示されないのか……?)


 ルイスはゲームの数値を思い出して、照らし合わせる。

 まさに下三桁だった。


「はっはっは! ルイス、王宮を抜け出して冒険者になりにきたのか! それにしてもFランクとは、やはりお前は王家の面汚しだなぁ!」


 そう話しかけてきたのは、二十歳くらいの青年。

 国王の第三子、ジェイク・アルクスレイドだ。


「兄上もギルドに来てたんだ」


「俺は実力派のBランク冒険者だからな! 俺がいないと王都周辺がモンスターで溢れかえってしまうんだよ!」


 王子が冒険者というのは、地球人の感覚だと不思議に思える。

 しかしこの世界には、冒険者を称した先人たちが土地を切り開いて国を作ってきたという歴史がある。ほとんどの王族のルーツは冒険者に行き着く。

 王族こそ率先して冒険者として活動し、その強さを国民に知らしめよ、という文化がある。

 だから王子が冒険者ギルドにいるのは変ではない。

 そして王子がFランクと判定されるのは、子供であろうと恥ずべき結果だった。


「いいか。お前はアルクスレイド王家の汚点だ。人前に出る権利なんてないんだよ。こうして生かしてもらってるだけでありがたいと思え。なのに大勢の前でFランク判定を晒すなんて……恥を知れ!」


 ジェイクが言い終わると同時に、冒険者たちにざわめきが広がった。

 別にジェイクの言葉に感銘を受けたのではない。

 冒険者ギルドに入ってきた女性に反応しているのだ。


「おお……セレスティアさんだ……相変わらずお美しい……」

「あんなに綺麗なのに、俺らが束になっても敵わないSランクなんだよなぁ……」

「セレスティアさんって俺のじいちゃんがガキの頃からずっとあの姿なんだろ? 精霊ってスゲェなぁ……」

「確か、剣の精霊なんだよな。真の姿は巨大な剣だって聞いたぜ」

「けど、まだ誰も真の姿を見たことない。あるじがいないと真の姿に戻れない。セレスティアさんは、ずっと主と再会できるのを待ってるんだ」

「けどよ。セレスティアさんは、俺の爺さんが若い頃にはすでに有名人だったんだぜ? 主ってのは人間なんだろ? もうとっくに死んでるだろ……」

「それでも、転生して自分のところに帰ってきてくれるって信じてるんだって。強くて美しくて、しかも健気だぜ……」


 セレスティア。

 みんながそう呼ぶ女性は、銀色の長い髪をなびかせていた。

 頭部にベールを纏った、どこか修道女を思わせる服装だ。

 神々しいまでに美しい人。

 ルイスはその女性に見覚えがあった。名前も知っている。


「おお、これはこれはセレスティア! 今日も相変わらずお美しい。きっと真の姿も、息を呑むほど美しい剣なのだろうなぁ。やはり会うたびに、魂が惹かれ合う。きっと俺たちは前世から繋がっているのだろう。さあ、そろそろ俺があなたの主であると認めてくれないか?」


 ジェイクはそう語りながら、セレスティアの前に跪いた。

 ところがセレスティアの視線は、ジェイクには注がれない。

 ただひたすら、ルイスだけを見つめていた。


「ああ……主様! ルイ様! またお会いできると信じていました!」


 セレスティアは目に涙を浮かべて走り出し、そしてルイスを抱きしめた。

 ジェイクや冒険者たちは目を丸くして固まる。

 ルイスも当然驚いているが、セレスティアが抱きついてきたことに対してではない。セレスティアとここで出会えたのを驚いているのだ。

 だが考えてみれば、自分が異世界転生しているのがすでに常識外れの出来事。

 ならゲームのキャラクターである彼女が異世界にいても、今更驚くに値しないだろう。


「ボクも会いたかったよ、セレスティア! 精霊剣セレスティア!」


 力一杯叫んで、力一杯抱きしめ返す。

 ずっと画面越しの付き合いで、こうして肌で触れ合ったのは初めてだけど、とても懐かしい気がした。


「ルイス! どうしてお前ごときがセレスティアに抱かれている!? なぜ主と呼ばれたァッ!?」


 ジェイクは破裂しそうなくらい顔を真っ赤にして叫ぶ。


「ルイスというのが今のルイ様のお名前なのですね? 前世と近い名前で親しみが持てます。お顔もゲームと同じなのですぐ分かりました。ではルイス様、この世界を共に冒険しましょう。今度はゲームではなく生身です。より一層、互いの絆が深まりますね!」


「待て! 俺を無視するな! Bランクの俺を選ばず、なぜFランクのルイスを主と呼ぶ。答えろセレスティア! そいつはパラメーターがほとんど一桁の雑魚なのだぞ!」


 問われたセレスティアは、ゴミを見るような表情を浮かべた。


「パラメーター? もしかしてギルドが作った、三桁までしか表示されない、あのオモチャの話ですか? まったく、いまだにこんなのをアテにしているんですね」


 そう呟いてから彼女は、カウンターの上にある水晶玉の形をした測定器に手を添える。

 一瞬、魔力が流れたのをルイスは感じた。それによって測定器を改造したらしい。


「ルイス様。もう一度これで測ってください」


 言われたとおりにすると、前世で最後に確認したのと同じ数値が空中に浮かび上がった。


――――――

Lv:1

HP:2015

MP:2000

攻撃:1003

防御:1004

魔力:1001

俊敏:1009

――――――


 強い。そのくせレベルだけリセットされているので、ここから更に成長できる。

 ゲームで転生した直後もそうだった。


「なっ、なんだこのデタラメなパラメーターは……四桁なんてありえるのかっ!?」


 この驚きの声はジェイクではない。群衆の誰かだ。

 ジェイクは口を開けたまま固まっている。


「これがルイス様の本当のパラメーターです。私の主様として相応しいと納得しましたか? とはいえゲームならともかく、その時々で変動する人間の強さを完全に数値化するなど無理です。しょせん測定器はオモチャ。あなた方も、あまりこれを信じないほうがいいですよ」


 見たこともない数値の直後に、測定器をオモチャと言われた。常識を壊された冒険者たちにルイスは少しだけ同情する。


「待て! 俺たちが憧れた精霊剣が、廃嫡王子のものになるなど……納得できるか! ここで勝負しろぉっ!」


 ジェイクは剣を抜き、いきなり襲い掛かってきた。


「やれやれ。ゲームの対人戦でもそうでしたが、どこの世界にも身の程知らずはいるのですね。ルイス様、私たちの相手として不足もいいところですが、久しぶりにりましょう」


「うん! セレスティア、その身を剣と成せ!」


 ルイスの声に応じて、セレスティアが光に包まれる。そして一瞬にして形が変わり、ルイスの背丈を超える長さの剣と化した。

 それを手にして、兄が振り下ろした剣へぶつける。

 甲高い音が鳴り響く。

 ジェイクの剣は、刃の長さが半分以下になっていた。

 ルイスが一太刀でへし折ってやったのだ。

 折れた刃はギルドの天井へと突き刺さる。パラパラと漆喰の粉が落ちてきた。


「ほ、宝剣が……父上から頂いた宝剣が一撃でぇ!? ワイバーンを斬っても刃こぼれしなかったのにぃ!」


「あら、まあ。あなた程度の腕でもワイバーンを斬れるなんて、その剣は本当にいいものだったのですね。主が愚物なせいで悲惨な最期になってしまい、かわいそうです。ではルイス様。私たちの新たな冒険を始めましょう!」


「うん! 行こうセレスティア!」


 ルイスは精霊剣を手に、冒険者ギルドをあとにした。

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