バレンタインと聞いて、僕が真っ先に思い浮かべるのは、苦い思い出ばかりだった。

 キーンコーンカーンコーンというチャイムの音を合図に、教室はいつもどおりの喧騒に包まれる。

 不自然に静まり、おのおののグループにひっそりと分かれる男子生徒とは対照的に、友チョコを交換し合う女子生徒はひとしおその笑い声を大きくする。

 青春を代表する甘い期待が、教室内にはみっちりと詰まっていた。


 しかし、僕はこのイベントの残酷さを知っている。スウィートチョコレートのように甘く、それでいてビターチョコレートのように苦い、この青春格差を。


 一般に、男子としてスペックの高い──例えば優しさであったり、容姿であったり、能力であったり、何かに秀でている──そんな生徒のみが、甘いチョコレートを享受する。

 そして、そのほかの冴えない男子たちは、人並み程度には秘めた期待とともに、両手をからにして帰宅する。一方的で残酷な選別だった。


 これは、いわば中古本の買い取りのようなもので、中身がよい、見た目のよいものだけが価値を見出され、そうでないものは、価値なしとして人知れず切り捨てられるのだ。


 そんな半ば強制的に男子としての価値を査定されるこのイベントが、僕はたまらなく嫌いだった。

 それはもちろん僕よりもよい価値を見出された男子への嫉妬の念もあるのだろうが、それだけではない。


 僕は、こういう「変化」のきっかけとなるようなイベントが、嫌いだったのだ。

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