あっちでは救い、こっちでは救われて

 暗がりの中、俺は……俺は何をしているんだっけ?


「俺は誰……ここはどこ……私は誰」

「好井君、大丈夫?」

「レンさん、大丈夫ですか?」


 ……すまん、現実逃避はここまでにするわ。

 俺は今……水瀬と皐月さんに腕を抱かれている……それも両サイドから挟み込むように。


「……………」


 変装もクソもない状態の皐月さんを外に出すわけにいかず……それもあってか、俺たちは裏路地にそのままだ。

 一応、ちょい知り合いに出会ったから少し別れるとは奏人たちに伝えたけど……ええい、なんでこんな目に遭ってんだろ俺ってば。


「それで……好井君は何故、有名アイドルと?」

「レンさん……彼女は一体?」


 二人に同時に詰められ、俺はあわあわとする他ない。

 ただ……俺を挟むようにしてジッと見つめ合っていた二人だが、いきなりうんうんと頷き始めた。


「なるほど……つまりあなたも好井君に惹かれたってわけか。境遇は私と似たようなものかな?」

「かもしれませんね……どうしてか、などと悩むことすら不要でしょう。この感覚の前では」


 そしてまた、二人は俺を見つめた。

 そうしてただただ時間が過ぎて行くだけなのに、二人は片時も俺から視線を逸らすことはない。

 俺からの言葉を待っているわけでも、何かされることを期待しているわけでもない……彼女たちはただ、これで良いと思っているんだ。


「その……二人とも、ずっとこうしている気?」

「うん。気になるから」

「そうですね。気になりますから」


 水瀬はともかく、完全に皐月さんも馴染んでいた。

 しかしながらここで救いの手が――皐月さんのスマホに電話が掛かってきたらしく、アイドルにあるまじき顔になって彼女は舌打ちをする。


「……はい……え? その件は説明しましたし、何より今はそんなことを言っている場合では……あ、いえ……ちっ……あぁいえいえ、今のは舌打ちではありません投げキッスです。投げキッス助かると言うやつです」


 それからしばらく、皐月さんは通話をした後……残念ですがと言って離れた。


「……どうやら勝手に抜け出したのはダメだったようです。とはいえちゃんと理由は伝えたはずなんですがね」

「いやそれは……」

「それだけ好井君のことが気になって仕方なかったと。その心に逆らえなかったんだね?」

「はい、その通りです……はぁ、致し方ありませんが戻ります。それではレンさん……その、よろしければまたお会いしましょう」

「あ、はい」

「……通話もまた、時間があれば是非してくれると嬉しいです」

「またって……」


 また……え? 覚えてるのか?

 とはいえ彼女はそのまますぐに去っていき、裏路地から出た瞬間に表は大騒ぎになった。

 俺と水瀬はボーッとそれを見送ったが、段々と騒ぎが向こうに離れて行ったのを感じてふぅっとため息を吐く。


「ほんと……なんだったんだろ」

「そうだね……でもあの子も私たちと同じ。好井君は凄いね……アイドルまであんな風に」

「いやそれは……」

「……ねえ好井君、ちょっと表に出ない? あの子と違って、私たちはただの一般人だから大丈夫だし」

「……分かった」


 彼女の提案に頷き、外に出て近くのベンチに座った。

 その時にチラッと奏人からのメッセージに目を通したが、再び現場に皐月さんが戻ってきたことで賑わいを取り戻したとのこと……あれ、言ってしまえば原因は俺にあるようなものなので申し訳なさはある。

 俺は自分がしたことを間違えたとは思ってないけれど、それでも思うことはあるんだ。


「あの子のことは一旦置いておくとして、好井君と話しておきたいことがあってね。ほら、あの話……貞操逆転に関する話」

「あ、あぁ!」


 突然の話題にビックリしたが、彼女から伝えられた言葉にもしかしたらという希望が胸に宿る。

 それで少し彼女との距離を詰めてしまったが、それだけ俺は気になって仕方なかった。


「その……期待しているところ申し訳ないけど、何かを覚えているかと言われたらそうじゃなくて。能登さんと一緒にあの話をした後、もしかしたらまた入れ替わったんじゃない?」

「っ!?」

「やっぱり……ごめんね――私、何も覚えてない」


 本当に申し訳なさそうに、彼女は俺に頭を下げた。


「いや、謝らないでくれ……むしろ、馬鹿にせず向き合ってくれただけで俺は嬉しかったから」

「それは……向き合うよ。私の心はあなたが気になって仕方なくて、求めているから。だから私は向き合う……他ならないあなたのためにね」

「水瀬……」

「でも……そっか。よくよく考えると、あの日からしばらくの間……私は普通に過ごしていたって認識してるよ。けど、好井君の反応を見るにそうではないってこと……か」

「……………」


 やっぱり……こうして実際にこのことを話すと混乱しちまうよな。


「どうにか……どうにか覚えていたいね。二つの世界があって、あっちで私が好井君に助けられたのであれば……救われたのであれば、こっちで私はあなたを心から救いたいもん」


 ……ありがとな水瀬。

 その言葉だけで今は満足……いや、満足という表現さえ生温いくらいに嬉しいよ。


「あっちで俺が救って、こっちでは君が俺を救う……か」

「うん。それはきっと能登さんも一緒でしょ」

「……かもね」


 能登に関しては、絶妙に気付きそうで気付かなかった……けど、安心させてくれる言葉を沢山掛けてくれる。

 あっちの世界でもこっちの世界でも水瀬は色仕掛けで距離を詰めてくるけれど、やはり根本はとても優しい女の子だ……ははっ、どうなるかって心配はあるけど話したのが彼女たちで良かったな本当に。


「ねえ好井君」

「うん?」

「何が出来るってわけじゃない……だからどうか、思い詰めないでね?」

「……おうよ。あっちの君も、思い詰めないでくれな」

「それは分かんないなぁ。しっかりと好井君に見守ってもらわないとね」


 ほんと……一々言葉でドキッとさせてきやがる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る