ビッグウェーブ

 これは、もしかしたら運命なのかもしれない……なんてちょっと思ってしまった。

 色々と考えることは沢山あったが、奏人に遊びに行かないかと誘われて家を出た時のことだ――俺が住んでいる街はそこそこ大きいのだが、そのとあるショッピングモールにテレビ局が来ているらしい。

 そしてなんと、それがあの皐月さんが出演するロケらしい。


「くっそ……人が多くて見れねえぞ!?」

「もう少し退いていただいて……いたあっ!?」


 奏人ともう一人、そこそこ仲の良い斎藤さいとうあきら君が興奮したように背伸びして向こうを見ている。


「……こんなことがあんだな」


 だって俺は、あっちの世界とはいえ皐月さんとやり取りをしたばかりでなく、こっちの世界に戻っても何故かハートマークをもらったのだから。

 このハートマークは……正直ちょっと怖くて返事をしていない。

 怖いというよりはどう反応を返せば良いのか分からなかった、という方が正しいか。


「どうした?」

「何でもない」


 さて……そうは言うがいつも騒がしいこの商店街が、今日はそれ以上に騒がしい。

 若いアイドルの他にお笑い芸人とか、俳優とかも居るっぽいし、そう考えると色んな層のファンが遠くから訪れているとかもありそうだ。


「お、ちょっと空いたぜ! 行ってみよう!」

「よし来た!」

「ちょ、ちょっと待てって!」


 奏人と昭君に手を引かれ、俺たちはグングン前へ進む。

 というか二人とも……ここまで熱狂的なファンだったのか……今まであまり聞いたことなかったけど、これはこれでファンなら当然かもな。

 ちょっと無理やりに動いてはいるものの、二人とも周りに迷惑を掛けるような行動はしていないので、俺も強く注意をすることはなかった。


「……見えた!」

「おぉ!」

「……………」


 そして、俺たちはやっと前に出た。

 それでもロケという現場である以上は距離を取らなければならないのでそこまで近いというわけではなく、二十メートルくらいは離れている。

 けれど俺は見つけた……他の俳優やお笑い芸人、キャスターなんかよりよっぽど目立っている皐月さんが。


「あれが……あれがアイドル!」

「こうして見るとスタイルヤバいな……しかもめっちゃ美人だし」


 そうだなぁ……色々凄いよ流石アイドル。

 しかも俺たちと同年代って言うんだから凄いよなぁ……けど同時に、あっちの世界での罵詈雑言に耐えられる彼女の忍耐力には本当に感嘆の念が尽きない。

 皐月さんたちがやっているのは商店街の商品を見たり、売られている物を摘まんでみたりと……ビジネススマイルかどうかは分からないが、本当に楽しそうにしている。


「あれ、何の番組だっけ」

「さあ……?」

「なんも知らねえのかよ」


 そう言った俺だが、俺も全く知らん。

 ただこういう番組はおそらく昼番組の物だろうが……とにもかくにも、事故って映り込むのは恥ずかしいか。

 あまり心配する必要はないと思うけどさ。


「……俺、トイレ行ってきて良いか?」


 こういう経験は二度とないと思うので、勿体ないとは思いながらも俺は元来た場所を戻った。

 トイレ……しかもちょっとお腹が痛い方のトイレだ。

 急いで近くのトイレに駆け込み……そして時間にして十分くらいが経ってから外に出た。


「うん?」


 そこでちょうど、ロケも休憩に入ったようで一旦落ち着いていた。

 皐月さんたちは姿を消しており、もしかしたらどこか落ち着ける静かな場所に出演者全員で集まっているんだろう。


「休憩かぁ……なあどうする?」

「……俺はもっと見たいかも」

「良いんじゃないか? 俺はちょっとあっちでケーキ見てくるわ」


 本当なら駅前の有名ケーキ屋さんが良いんだが、近くにあるケーキ屋さんも評判が良さそうなのでそこに向かう。

 これは水瀬と能登へのお礼もあるし、母さんに対する物もある。

 二人と別れてケーキ屋さんに向かうその時――ちょうど暗がりに続く通路の前を通ったその瞬間だ……グッと腕を引かれたのは。


「っ!?」

「いきなりごめんなさい……痛かったりしましたか?」

「……!?!?」


 声も出ないとはこのことだ。

 だって俺の腕を引っ張ったのは……暗がりに居たのは皐月さんだったから。

 今まで、テレビやスマホ越し……一旦さっきのことは置いておくとして遠くからでしか見られなかった美貌がそこにはある。


「すみません……どうしてもあなたのことが気になってしまって。ふと、見物客の中であなたを見つけた時……何かがビビッと反応したんです。私の中の何かがあなたに」

「……………」


 ごめん……ちょっと怖いかもしれん。

 目も眩むほどの美貌なのは間違いないが、こうして仄かな香水の匂いが届くくらいに近い距離……全くドキドキしないし逆に心臓がキュッとしてしまう。


「あの……怖いんですけど」

「……その声……私、知っている気がします……ねえあなたが……あなたがレンさんですか?」


 レン……そのままだが俺のSNSにおけるアカウント名だ。

 これはどういうことだ……確かに彼女からハートが送られたのは確かだけど、あのやり取りの記憶は残っていないはず……いや待て、彼女は知っている気がすると言ったのか。


「その……レンは俺です」

「あぁ……っ! やっぱり……やっぱりそうなんですね!」

「ちょっと!?」


 ギュッと、胸元に豊満な胸を押し付けるかのように彼女は抱き着いてきた。

 銀髪がとても綺麗で体は柔らかくて、めっちゃ良い匂いが……じゃなくてどうなってるぅ!?!?


「よく分かりません……ですが、あなた声は私を安心させてくれる……私を励ましてくれる……あれ? どうして私は実際に経験したような……いいえこう思うとうことはそういうことなんでしょう!」

「どういうことなの!?」

「あぁレンさん……レンさんっ!」


 ぐぐぐっ……!

 こういう時、力任せに離そうとしない……いや、出来ない俺の心の弱さが情けない。

 でも……でもこれは仕方なくないか?

 さっきまで確かに怖かったのに、今はもうとことん嬉しそうで……感動した様子で見つめてくるんだから。


(でも……やっぱり何かが繋がっているのは間違いないんだな。これはもしかしたら、何かしらの強い衝撃を受けた記憶とか?)


 段々と分かっていくことがある……けど、これが繋がったからってどうなるかという問題にも直面するんだが。

 正直なことを言えば、仮にもしも記憶の引継ぎが可能になるとして……俺でさえこうなんだから、あっちで冷遇されている女性の彼女たちからすれば……それはない方が良いのかもしれないし、俺もそれを望むべくではやはりないのか……?


「何を考えています?」

「えっと……」


 あ、また声の圧が戻ってきた。


「あの……皐月さん、おかしいと思わないのか? だってこんなの、誰が見てもおかしいだろ」

「誰がと言われても私たち以外居ませんよ? それにロケは休憩に入りましたが私の出番は終わりです――マネージャーや他の人は唖然としてましたけど、ちゃんと抜けてきましたし」

「それはどうなんだよ……けどあなたはアイドルだし、もしもこんなところを見られたら――」

「構いませんよ。この胸に宿る想いに比べれば、そんなものはどうでも良いことです。それにある程度のスキャンダルなら揉み消せます」


 か、覚悟を決めた目をしてやがる……っ!


「……ですが」

「はい」

「確かによく分かっていません……それは本当なので離れます」

「……うっす」

「……いえ、離れません」

「なんなん!?」


 これがまさかという形で訪れた皐月さんとのファーストコンタクトだ。


「……好井君?」

「へ……?」


 そして、この場を水瀬に目撃されてしまうのも……何だろうねこれ。

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