アイドルさんとのやり取り
「……えぇ?」
……えぇ?
いや……こうして俺が唖然とするというか、驚くのも無理はない話ということで……だってそうだろう?
ふと開いたSNSにとあるメッセージが届いていた。
送り主は皐月怜悧……今をときめく人気アイドルの名前である。
「本物……?」
なりすましか……?
そう思ってアカウント元を確認すると、しっかり本人だった……認証マークはもちろん、フォロワーももうすぐ百万人という数字だ。
「……ホンモノダー」
ついカタコトになってしまうまさかの出来事!
これ……何かの間違いじゃないのか? だって内容は『あなたとお話がしたいです』というものだ。
前後に突然ごめんなさいとかそういうのは無しで……まるで勢いに任せてこの文章を打ったようにも思える。
「……こんにちは、本物ですよね?」
口に出しながら文章を書いて送ってみる。
するとすぐに返事があった。
『はい……本物です。いきなりごめんなさい……ただ、どうしてもあなたとお話がしたかったんです。どうして私に励ましの言葉をくれるのでしょうか? 有名人とは名ばかりで、暴言ばかり浴びせられているからこそ頑張ってと伝えてくれることが気になってしまって』
……アイドルがこう言ってくる時点でやっぱこの世界、終わってるよ。
一応確認してみたが、ついさっき皐月さんが投稿した『今日はお休み明日も頑張る』というものに対し、それはもう心無い言葉が掛けられまくっていた。
表の世界ではガチ恋やら純粋なファンやら……日本人に限らず外国の人まで励ましの言葉をくれるというのに、この世界ではその全てが暴言へと切り替わっている。
(デジタルとして残る文字なのに、それも全部悪い物へと変化するってんだからま~じで終わってる)
こんなの誹謗中傷という言葉では生温い物だ。
おそらくここまで言われても彼女が折れないのは、本来の世界での輝かしい日々が心のどこかで彼女を支えているからじゃないだろうか。
いや……それはみんな同じかな。
「……とはいえ、どうしようか」
そう思いつつも、文字を打つ手は止まらなかった。
そうしてやり取りをしていくことで、まずは彼女が正真正銘皐月さんであることも理解しただけでなく……一つ対応を間違えれば、悪い意味で爆弾が爆発してしまいそうだということも分かった。
……これも何かの縁だ。
こっちの世界で心が擦り減っている皐月さんが元気を出してくれるのであれば、やれることをやってみよう。
『もしよろしければ、通話しませんか?』
「……………」
通話……確かに最近の新機能でこのSNSに通話機能が実装された。
二つのアカウント間だけで出来る機能だけど……しばらく返事に困っていたら無理でしょうかと文字が打たれる。
心なしかその文字が揺れているように見えたのは絶対に気のせいだと分かっているのだが、俺は分かりましたと返事をした。
『あ……あ~……聴こえますか?』
「あ~はい……聴こえます」
『あ……こんばんは』
『こんばんは皐月さん』
『っ……えへへ♪』
会話が始まってすぐ、嬉しそうに彼女は笑った。
俺の声を彼女が聴くのはもちろん初めてだけど、俺は流れてくるショート動画とかテレビのニュースでどんな声かは知っている。
分かっていたことだけど、彼女は正真正銘皐月さんだ。
『本当に……本当に応じてくれるとは思いませんでした。ただでさえ、いきなりメッセージを送ったのに返事もくれて』
「いえいえ、というか俺の方が驚きましたけどね。こんなただの一般人にアイドルがメッセージをくれるってことが」
『……ただの一般人……一般人と言えばそうかもしれません。ですが私にとっては大きな存在です……あなたの言葉は私に希望と、勇気と元気をくれたんですから』
「……………」
『実は怖くもありました……何度か、優しい言葉をくれた人は居ましたけどみんな私の反応を楽しむばかりで……そこには悪意があったんです。しかし、あなたはそうじゃありませんね。芸能界で培った感覚……それがあなたを良い人だと言っていますから』
それだけ……人の悪意を見てきたってことだろうか。
この鋭さというか……縋りたいと願うような言葉と重みは、まるで有芽ちゃんを思わせた。
そして彼女が抱く気持ち……水瀬や能登に通じるものがあるとも思え、俺はこのまま続けるべきか迷う。
「……良い人ってのは流石に結論早すぎじゃないですか?」
『分かりますよ――あなたは優しい人です。私はそう思います』
そう断言されると冗談でもそんなことはない、だなんて言えない。
ここまで来るとそこまで難しく考える必要はないかと思い、取り敢えず俺は俺の考えていることを口にすることにした。
「皐月さん、俺は相手が女性だからって暴言は言わないし暴力も絶対に振るわないです。身近な存在で言えば母親とか、後は友達にもそんなことは絶対にしないです」
『……居るんですね。あなたの優しさを間近で受ける女性が』
「……? えっと、だから俺は偽りない気持ちであなたに頑張ってと伝えています。活動諸々に対しても、そして理不尽な言葉の数々に対しても。俺にはそう伝えるしか出来ませんから」
一瞬、彼女の声が低くなった気がしたけどそう締め括った。
『……ありがとうございます。その言葉で私は救われます』
それなら良かったと俺は笑った。
その後、俺から暗い話題は止めませんかと提案してお互いに趣味とか明るい方面の会話をした。
皐月さんはこういう会話も久しぶりということで、どれだけヤバイ世界なのかと俺を不安にさせては来たものの、三十分も経った頃には彼女の声は表の世界のように明るい物へと変化していた。
『あぁ……本当に嬉しくて、楽しくて……ふふっ、生きる活力になりましたね!』
「生きる活力って……」
『あ、そんな物騒な捉え方はしないでくださいね? 確かに辛いことは沢山ありますが、あなたの言葉があれば大丈夫ですし!』
それ……現に支えが俺しか居ないって言ってるようなものでは?
色々と引っ掛かりはあるものの、流石にもう夜は遅いので通話は終わった。
するとすぐ、ピコンとメッセージが届く。
『ありがとうございました。好きです……あなたとの話がとても』
……楽しかったですと、そう返事をしておいた。
つうかこのやり取り……流石に世界が変わったらなくなるよな? 逆に元に戻ってそのままだったら気味悪がられるぞこれ。
水瀬や能登と違って実際の絡みは皆無だし、そもそも向こうは俺の顔すら知らないので……ま、こればっかりはまた世界が切り替わった時に確認してみるしかない。
「でも……アイドルとの繋がりか」
僅かに胸に抱いた高揚感もすぐに消えてしまう。
後先不透明のやり取り……今日だけでは何も判断出来ないからこそ、また大きなため息が出る。
「え?」
更に、俺のアカウントを彼女がフォローした。
俺は特に何も考えることはせず、反射的にフォローを返したが……これもまた、どうなるかと考えたところで眠たくなった。
「ふわぁ……」
今日はもう寝てしまおう……そうしてベッドに横になり、程なくして俺は眠りに就くのだった。
▼▽
翌日になり、母さんが元に戻っていたことで世界が再び切り替わったことを教えてくれた。
そうして俺が確認したのは昨日のやり取り……もちろん全て消えていたので、世界に関する矛盾の発生である皐月さんとしたやり取りの確認は出来なかった。
しかし、彼女と相互フォローになっているのは消えておらず……更にはやり取りは消えていても、通話をした痕跡は残っていたのでこれをこっち側の皐月さんがどう思うのか……それだけが俺は不安だった。
「……?」
その時、皐月さんから絵文字が……ハートの絵文字が一つだけ送られてきた。
これは……何の意味があるんだろう?
それに対し俺はどう返せば良いのか分からず、結局それに返事をしたのはそれから随分と経った後だった。
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