心強い味方?

「あぁ……気持ち良いわとても」

「もっとしてあげるよ?」

「良いの? ならもっと強くしてほしいわ」

「分かった」

「っ……ふふ、息子にこんなことをしてもらえるなんて幸せね」

「これくらいならいつだってしてあげるって」

「本当に? ならこれからもお願いするわね」


 有芽ちゃんとのことがあった日の夜、母さんの肩もみをしていた。

 いつもありがとうという息子としてのお礼と、お仕事お疲れ様の意味も込めたものだ。


「会社での嫌なことも全部忘れられるわね」

「なあ母さん……あまり溜め込んだりは――」

「しないわよ。前にも言ったでしょ? どんなことがあっても、あなたの存在が私を幸せにしてくれるだけでなく元気にしてくれるんだから」

「……そっか」

「えぇ」


 母さんの笑顔に俺は安心する。

 ……とはいえ、こうして肩もみをしたのには理由があって母さんの機嫌を損ねたからだ。

 実は有芽ちゃんとの時間は結構長くなってしまい、いつも帰る時間よりかなり遅くなってしまったのだ……それで心配させてしまった母さんのご機嫌取りをするためだったわけだ。


(ま、これに関しては俺が悪かったな)


 ないとは思っているが、女性犯罪者による誘拐とかレイプもかなり増えているらしいし、それで暗くなった外を歩いたことに母さんは怒ったわけだ。

 これに関しても正直……まだまだ慣れていない。

 途中まで恍惚とした表情の有芽ちゃんが送ってくれたけど、有芽ちゃんも俺が家に入るまで見ていたみたいだしそれだけ心配してくれていた。


(……恍惚とした表情で心配とかもう訳分らんが)


 まあでも、あんな有芽ちゃんも悪くはなかったな……。

 完全に機嫌を良くした母さんにおやすみと伝え、部屋に戻ってスマホを手に取る。

 すると奏人からちょうど電話が掛かってきた。


「もしもし?」

『おっす蓮、今大丈夫だったか?』

「大丈夫だぞ?」

『そっか……今日、帰ってきた有芽から話を聞いたよ。嬉しそうにお前に助けられたって言ってた』

「ま、偶然見ただけだよ」

『それでもだ……ありがとう本当に。俺にとって有芽は大切な妹だからなのもあるけど、その相手が蓮ってのも嬉しかったぜ』


 ……ったく、わざわざ伝えてくるのは律儀なやつだよ。

 でもやっぱりこの世界においても奏人は有芽ちゃんのことを大切にしているんだなと、それがこうして実際に言葉として聞けると嬉しくなる。


『有芽のやつさぁ……飯の時も蓮のことを話しまくってよ。父さんは有芽を煽るし、母さんは久しぶりに家に連れてきたらってノリノリだ』

「へぇ、なら今度お邪魔しようかな」

『是非そうしてくれ』

「……奏人、家族は大切にすんだぞ?」

『ははっ、そんなの当たり前だろ。ただ……最近ちょっと母さんが怖い気もしてる』


 おっと……その辺りの詳しいことは聞かずに通話を切った。

 奏人との電話が終わってやることは、夕方に思った通り……俺はまず水瀬へと電話を掛け……まさかのワンコールで彼女は出た。


『もすもす……もしもし!』


 噛んでるやん。

 水瀬の様子に苦笑したおかげか、緊張と不安がある程度和らぎ……けれどやっぱり不安な物は不安だ。


「もしもし水瀬……覚えてるか?」

『えっと……何が?』

「……………」


 水瀬の返事に、俺はガッカリ……はしなかった。

 これに関してはある程度予測出来ていたことだし、そもそも世界が切り替わった段階で心の準備は出来ていたことだ。


「いや、何でもない。ごめんな水瀬、いきなり電話してさ」

『ううん、そんなことないよ……でもこっちこそありがとう。その……結構エッチな詰め方してたじゃん? だからほんとは嫌がってて、連絡先を教えても電話なんてないって思ってたから』

「……誰?」


 もしかして水瀬って、こういう状況になると落ち着くタイプか?

 水瀬が俺の話を覚えていないことは一旦置いておくとして、俺はどこか不安そうにしている彼女を安心させたくてこう伝えた。


「嫌とか絶対にない……その、めっちゃドキドキさせられること多いけどさ。俺は水瀬と仲良くなれたことは間違いなく嬉しいと思ってるから」

『あ……♡』


 つうか……俺もなんでこんなクサい台詞を簡単に言えるんだろうか。

 まあそれだけ水瀬に能登、そして有芽ちゃんもそうだけど不安そうにされたらとにかく安心させてあげたくなるんだよ。


「なあ水瀬、まだ少し話するか?」

『するぅ!』


 ということで、三十分ほど水瀬と話しまくった。

 その間に水瀬の声が非常に色っぽく、何か水を弾くような音が聞こえたのが気になったが、最終的には水瀬が大変満足してくれた様子で通話は終わった。


「やっぱり……水瀬からの好意が凄まじく伝わってくるな」


 ……っと、取り敢えず能登にも話を聞いてみよう。

 頭に残り続ける水瀬の色っぽい声を必死に忘れるように、能登に電話を掛けると彼女もワンコールで出てくれた。


『もしもし! どうしたの好井! あたしね、まさか電話が掛かってくるとは思わなかったけど! それでも待ってた! 何なら祈るように待ってたけど!?』

「お、おう……こんばんは能登」


 あ、能登もキャラが変わるタイプだ。

 でもこの調子だと能登も水瀬と同じかな……なんて思ったけど、彼女から飛び出した言葉に心臓が飛び出そうになったんだ。


『ねえ好井……あたし、薄らと覚えてることがあるの。好井が何かを抱えてて……それってたぶん今起きてることじゃない?』

「……能登?」

『やっぱりそうだよね? その様子で分かったよ……あたし、アンタのことを慰めてあげたいって言ったよね? 包み込んであげたいって、支えてあげたいって言った……と思うのよ――ねえ好井、また少し話してみてくれない?』

「……能登ぉ!」


 涙が……涙が止まらん……っ!

 流石にそれは言い過ぎかもしれんが、能登の言葉は俺の心に一つの希望を灯してくれた。

 それから能登に俺はまたあのことを話してみた……けれど、どうも話が嚙み合わない。


『……その、分かってはいるの。けどなんだか理解が追い付かないっていうか……えっと、本当にごめん』


 まるで、世界そのものに能登の思考が邪魔されているような……そんなあり得ない現象を目の当たりにした気がする。

 もしかしたら……本当にこれは時間を掛けるしかないんだろう。

 一度二度の会話だけで全てを理解してもらうことは不可能……でも能登の記憶に少しだけでも残っていることが分かったのは良かった。


「能登は……ほんとに優しい子だなぁ……俺、泣いちゃったもん」

『いやいやそんな……って泣いたの!? あたし、今からそっちに飛んで行こうか!?』

「流石にそこまでは大丈夫だから……でもありがとう能登」

『っ……好井からのお礼はいつ聞いても嬉しいわね。ねえ、また電話しても大丈夫?』

「おうよ。もちろんだ」

『……ありがとう♡』


 甘い……スマホを通して響く声があまりにも甘い響きだった。

 それから水瀬と同じように能登ともしばらく話をした後、通話は終わりふぅっと息を吐く。


「……ははっ、悩みすぎてもダメ……だよな。不思議な何かがあるのは認めたくないけど、二人のおかげで気持ちも少し軽くなったな」


 考えることは相変わらず多い……でも俺には味方してくれる人が居る。

 その事実は俺の心を支えてくれるだけでなく、大きいはずの悩みを少しだけでも小さなものだと思わせてくれたのだ。


(……こうしていると、何をされても傍に居てほしいとか……そういうことを考えてしまう)


 むしろこっちだけなら……それで良いんじゃないかって考えてしまうのはちょっとマズいかもしれない。

 それだけ水瀬と能登が心の内側に入り込んでいるのかも。


「……トイレ行って寝るとするか」


 ある意味、これもまた新しい悩みになり得るのだろうか。

 しかしながら悩みというか、問題は次から次へと流れ込む……何故なら少し、おかしな出来事が発生したからだ。


「……え?」


 普段使っているSNSのダイレクトメッセージ……そこに超大物有名人からの言葉が届いていたことに俺は気付いた。

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