またまたのやらかし

 水瀬と能登に俺が抱える秘密を話して数日が経ち、早くも金曜日になった。

 彼女たちに伝えたのが月曜日ということで、四日ほど経過したがあれから逆転現象は発生していない……それもあって二人と更に仲良くなれたのはもちろんだが、俺の言葉がただの嘘だったんじゃないかって思われてないか不安ではある。


「……まあでも、その心配は無さそうか……というか今週の俺、よく耐えたって誰か褒めてくれ」


 月曜日に奏人たちから遊びに誘われたものの、それを断ってしまった埋め合わせをしたこと以外では常に水瀬と能登が一緒に居た。

 二人からは世界が切り替わった時というのを明確に体験したいとのことだったけれど……それだけ二人は俺のことを考えてくれているわけなのだが、正直あまり期待出来るものじゃない。

 そうであってもようやく俺にとって悩みを打ち明けた二人なので、本当に傍に居てくれることが心強かった……ただ、かなり二人の距離が近くてドキドキしっぱなしだった。


「こういう時に限って……確かめたい時に限って逆転現象が起こらないんだよなぁ……ま、さっき期待は出来ないって言ったばかりだけど」


 これでもしも、こっちの世界での記憶……この逆転していることを教えたことが引き継がれるのであれば、本当の意味でどちらの世界でも俺は味方を手に入れることになるため、そうなると凄く心強いのだが。


「……あ」


 ただ、そこで俺はふと気付く。

 よくよく考えたら……俺は二人に心配をしてもらうだけで、気に掛けてもらっているにも関わらず何も返してないじゃないか。

 あっちの世界で二人を助けたという事実はあれど、あんなものは男だからこそ簡単に出来ること……常識が普通であるこちらの世界で、あんなに親身になってくれる二人の方が遥かに優しいまである。


『好井君、ドキドキしてるね』

『ねえ好井、もっと何かしてほしいことはない?』


 ……優しいしエッチだな……ってやめろやめろ!

 頭を振って一旦いやらしい想像を振り払う……とにかく、二人にはお礼として何かしてあげたいところではあるな。


「……う~ん」


 女の子に何か贈り物とかしたことないし……けど、やっぱり甘い物とか好きだと思うので何かケーキとかでも良いかな……?

 駅前に美味しいお菓子屋さんがあるし今から行ってみっか!

 そうと決まったらすぐ行こうかと考え、歩き出したその時だ――カチッと、頭の中で何かが切り替わった感覚……そう、あの逆転現象が発生したことを俺に予感させた。


「……………」


 俺はふと立ち止まり、周りをチラチラと見渡す。

 近くや遠くに限らず歩いている女性の視線をいつも以上に感じることから、どうやら切り替わったのは間違いないらしい。

 水瀬と能登の二人とは連絡先を交換しているため、感覚が変化したことを自覚しているのであれば連絡をくれるはず……それなのに何もないということはそういうこと……なのかな?


「いや……一旦、夜にこっちから連絡を入れてみよう」


 すぐに連絡をしなかったのは……何のことって言われるのが怖かったからなのもある。

 まあ結局、夜になって話をしても早く知るか遅く知るかでしかない。

 取り敢えずケーキを買いに行こう……そうして街中に出た時、俺は見たくない一つの光景を目にした。


「おいでか女、とっとと買ってこいよ」

「背がでけえし胸もだらしなくでけえし、おまけに下を向いてばっかで辛気臭いんだよなこいつ」

「兄貴が居るんだっけ? こんなのが居るとか不幸だよなぁ!」


 ったく……ゴミみたいな言い分もあったもんだ。

 この世界においてとにかく悪意さえあれば、どんな言葉でも女性に対して攻撃的かつ傷付ける言葉へと変化する……というよりこの世界の女性はそんな風に受け取ってしまう……本当におかしな世界だ。


「つうかあの野郎共……誰にちょっかい出してやがる」


 三人の男子が一人の女子を囲んでいる。

 彼らは中学生だが、そうだと分かったのは俺の母校の制服だから……そして一人の女子が知り合いだったから。

 俺はすぐに駆けだし、勢いを付けて間に割り込んだ。


「三人で一人の女の子にちょっかい出すとか恰好の悪いことすんじゃねえぞクソガキ共」


 ……俺もクソガキって言われる年齢だけど今だけは許せ。

 いきなり現れた俺に男子三人は目を丸くしながら驚き、背後に庇う女子からは呆然とした様子が手に取るように伝わってくる。


「先輩……?」

「おうよ、有芽ちゃん」


 そう、ちょっかいを掛けられていたのは有芽ちゃんだった。

 元の世界ではあんなに元気だったのに……かつてイジメられていた過去を乗り越えて可愛い笑顔を見せてくれていたのに、まるで昔を彷彿とさせるような暗い顔を有芽ちゃんはしている。


「っ……いや……先輩も私を……っ」

「え?」


 俺は有芽ちゃんを助けるつもりで間に入った……それなのに、有芽ちゃんは俺さえも怖がるように一歩退く。

 ……なるほど、やっぱりこうなるのか。

 おそらく今の彼女は喫茶店で話した時に俺が伝えた言葉……何があっても助けると言ったことを覚えていないようだ。


(だからなんだってんだ……あの言葉は嘘じゃないし、たとえどんな世界であっても有芽ちゃんに手を差し伸べない俺なんて居ねえよ)


 友人の妹だし、何より俺がそうしたいからだ。


「有芽ちゃん、俺は君を守るよ。そのために来たんだ」

「……先輩?」

「だからよぉ、お前らとっとと消えろ」


 水瀬を助けた時のように睨んでやると、男子たちは蜘蛛を散らすように走って行った。

 やっぱりこっちの世界だと同性に睨まれる経験がないせいか、大体の男はこうすると逃げていくか怯えるよな……元の世界でも有効だと勘違いしないように気を付けないと。


「有芽ちゃん……俺も怖いかな?」


 この世界で俺は……どんな風に有芽ちゃんと接していただろう。

 あまり想像したくはないけれど、手を差し出した俺を見て怖がる有芽ちゃんの姿が答えか……ったく、何やってんだよ俺のクソ野郎が。


「先輩……怒らないの?」

「怒らないよ。都合の良いことを言うだろうけど、今の俺を信じてもらうことは出来るか?」

「今の先輩を……?」


 強く頷き、力なく伸びた彼女の手を優しく握りしめた。

 元の世界だとこんな風に恰好を付けるようなことは出来ないが、やっぱりこっちだと相手のことを考えるあまり、俺にとっての優しい言動や仕草が勝手に出てしまうのかな。


「あ……先輩……先輩……っ!」

「おっと……」


 有芽ちゃんが抱き着いてきた。

 俺よりも背の高い彼女が抱き着いてくると、まるで年上の女性に抱擁されているような気分になるが……彼女は俺より年下の中学生なんだ。

 普段から慕ってくれている有芽ちゃんのことだし、こうして守りたいと思うのは当然だろう。


「よしよし、良い子だから泣き止もうな?」

「うん……うん……でも少しこのままで良いっすか?」

「もちろん……」


 つうか、若干胸に顔が埋まっているこのラッキースケベは許してくれ。

 それからしばらく有芽ちゃんを落ち着かせるために、背中を撫でたりしてとにかく慰めた。

 有芽ちゃんをこうして慰めた経験は何度かあるので、それが良い感じに発揮してくれたようだ。


「先輩……なんだか不思議っすね」

「え?」

「その……前に会った時とか、いつも会う先輩と違うっていうか……まるで別人みたいっす!」

「なら前の俺のことは忘れてくれ。今の俺が真実だ!」

「はいっす!」


 ニヤリと笑いながらそう言うと有芽ちゃんは笑った。

 そうそうそうだよ! 有芽ちゃんはそうやって無邪気に笑ってくれなきゃこっちが落ち着かねえっての。

 ちなみにこれは街中での出来事なので多くの視線を集めている。

 中でも女性からの視線が特に多いのはさっきと変わらないが、そのいくつもがあり得ない物を見ているような視線だ。


「あはは……なんだか夢で見た先輩っすね」

「夢?」

「はい――こんなウチと一緒にお茶をしてくれて、それで先輩が優しくしてくれたっす」

「……………」


 それは……ははっ、そうか。

 有芽ちゃんの言葉につい嬉しくなり、そうかそうかと普段彼女にしてあげるように頭を撫でた。

 すると有芽ちゃんは顔を真っ赤にしながらも、微笑みはその後絶やすことはなかったのだった。


(でも……また一つ、心労が増えた気がするぜ……)


 ジッと見てくる有芽ちゃんの視線に、俺はそう感じて自然とため息が零れた。

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