もしかしたら言えるのでは?
「……はぁ、なんて……なんて腐った世界なんでしょうか」
番組出演を終え、一人のアイドルがそう言葉を漏らした。
「……………」
一人しかいない控室にて、少女は鏡を見つめている。
そこに映るのは少女の姿……醜いと、薄汚いと、そういう弄られ方をされている自らの姿だ。
長く艶のある銀髪。
血のような真っ赤な瞳、健康的な肌。
服の上からでも浮き上がる大きすぎる胸。
キュッと引き締まったお腹と安産型のお尻。
そのどれもが揶揄いの対象であり、馬鹿にされ続けたもの……それでも親から譲り受けた大切な体だからこそ、こんな体に……女に産んだからこうなったんだと文句なんてなかった。
「はぁ……」
私は……なんでアイドルをやっているんだろうか。
そんなことを彼女はずっと思っているが、何故か辞める気にならないのは現状に慣れてしまったせいか……それとも、自分でも分からない何かがあるのか。
「……スマホは」
スマホを手に、彼女はSNSを起動した。
彼女のフォロワーはかなり多いが、この全てがテレビに出ている自分を叩く者たちであることを知っている。
「……うっわ、今日も酷いことばかり書かれちゃってますね」
この過酷な世界を生き続けるのに大事なということで、染み付いてしまった敬語は一人の時にも自然と出るようになった。
彼女は今回の番組出演に対するエゴサをしながらため息を吐き……けれどもその程度だった――何故なら彼女はたった一人……自分のことを褒めてくれて、慰めてくれる声があるのを知っているから。
「……あ」
その投稿を怜悧は今日も見つけた。
頑張ってください、応援しています……ただそれだけなのに、それでもこれを見ると怜悧は心が安らぐ。
あまりにも単純で、あまりにも馬鹿らしい……これがまだ、自分の反応を楽しんでいる愉快犯でないとも限らない。
「この人は優しい人……何故か分かるんです」
これは……おそらく怜悧にとって最後の砦だ。
おそらくはこの気紛れかもしれない怜悧への思いやりが、彼女の心をギリギリのところで繋ぎ止めている。
「この人に……悩みを聞いてほしい。私のことを慰めてほしい……こんなに優しい人は知りませんから」
それはもはや、全てを投げ打ってでも繋がりたいという願いだった。
本来であれば多くのファンが繋がりたいと……まあそれは極一部だろうが、そう願うであるアイドル側がそれを願っている。
もちろんこの世界だからこそ……というのはあるが、怜悧にとってこの言葉をくれるファンかどうかも分からない誰かが希望だったのだ。
「DMとか……送ったらどうでしょうか? 偽物だと相手してもらえないですかね……あぁでも公式マークは付いてますし本物……ですし」
結局、怜悧はそれを行動に移すことは出来なかった。
だがそれは今だけの話……もしかしたらきっと、それこそ近いどこかで彼女は勇気を出す日が来るのかもしれない。
▼▽
「お、今日は凄く顔色が良いな?」
「え?」
月曜日。
学校に着いてすぐ、奏人にそう言われて目を丸くする。
「いやほら、先週の金曜とか顔色っつうか……まあその前からだけど色々きにしてたみたいだからな。何か良いことでもあったのか?」
「それは……悪かったな心配かけて」
「良いってことよ。それで? 何か良いエロ動画でも見つけたか?」
「何言ってんだよいきなり」
エロ動画なんかよりも最高に良い体験をさせてもらったっての!
まあそれはエロいこと……人によってはエロいことかもしれんし、俺も普通かエロいことかと言われたらエロいと言わせてもらうが、能登とのやり取りは俺に心の安寧を齎してくれた。
流石にオーバーすぎるかもしれないけれど、あんな風に包み込むような優しさは……あれはヤバかった……出来ることならずっとそうしていたいとさえ思ったくらいだし。
(でも……あそこまで言われて元気を出さないわけにもいかないだろ。能登には本当に元気付けられたぜ)
あの出来事は……本人も言ってたけど、俺たちだけの秘密だ。
俺としても絶対に誰かに言うわけもないし、能登の方も友人たちにすら話すことはないらしい……ま、それもそうかってところだけど。
「なあ奏人」
「うん?」
「人生ってのは苦ばかりだ……でも、捨てたもんじゃないぜ」
「……ほんと、何があったんだよ」
とはいえ……どんな顔して能登に会えば良いんだろうか。
いや、よくよく考えたら能登だけじゃなくて水瀬もじゃね? 土日を含めて何回も逆転しまくったわけで……あ、消え去ったはずの不安がまた出てきたかも。
「おっはよう」
「おはよう」
「おはよう亜美」
そんなこんなで能登が教室に入ってきたのだが、今日は少し遅れるように水瀬も同時に入ってきた。
入口で足を止め、俺をジッと見る二人。
そんな二人が今度は互いに目を見合わせて動きを止めた……そして、二人は同時に俺の元へ近付き……。
「おはよう好井君」
「おはよう好井」
「お、おう……おはよう二人とも」
ニコッと微笑んだ二人に、俺はたじたじになりながらもしっかりと挨拶は返すのだった。
もちろんそのやり取りだけで終わるわけもなく、昼休みになった途端に水瀬が俺を昼食に誘い……そして能登がすぐに追いつくようにしてそのまま三人で屋上に向かった。
「……………」
「そうだったんだ。土曜日は一緒に好井君とお出掛けしたんだよ」
「へぇ……あたしは偶然会ってそのまま……その……色々とね!」
朝はどこか不穏な空気があったのに、今こうして俺を挟む二人は凄く仲が良くなっている。
俺は黙々と母さんが作ってくれた愛情たっぷりの弁当を突いているのだが、両方から香る甘い匂いが気になって仕方ない。
「なんか不思議だね……」
「そうね……なんでかしら」
二人が会話を止めたことで静かになり、俺はあれっと首を傾げた。
まずはチラッと水瀬に視線を向けると彼女は俺を見つめており、次に能登を見るとそちらも俺をジッと見ていた。
二人から穴が開くほどに見つめられ、口の中にあるおかずの味さえしなくなったところで二人がこう言った。
「やっぱり……不思議な感覚なんだよね。私、もっと好井君のことが知りたいかな」
「そうよね……あたしも知りたい。どうしてあたしはこんなにも好井に目を向けちゃうのか……それを知りたいわ」
いや……これはもしかして本当にアレでは?
前は当たり前のように否定したけれど……これは完全に俺にとってのモテ期が来ているのでは。
しかしながら、こうして接していると二人の視線から分かることがあるんだ。
それはあちらの世界にはあった明確な好意……今の二人はどちらかというとただ興味があるみたいな感じかな?
「な、なあ二人とも」
勇気を持って、俺は二人に声を掛ける。
「なに?」
「どうしたの?」
グッと顔を寄せてくる二人……そのせいでどちらに顔を背けてもにげられず、かといって体さえも逃がすことは出来ない。
既に弁当も食べ終えてしまい、することと言えば二人と言葉を交わすことだけ……もしかしたら行けるんじゃないか、もしかしたら俺の現状を話したら何か変わるんじゃないか。
そう思って勇気を出したのに、無情にも残り五分を知らせるチャイムが鳴った。
「あ……」
あぁ……残念だな。
でも早まらなくて良かったなとも思った……しかし、二人は同時にグッと俺の肩を掴んだ。
「何か言いかけたよね? 放課後、お話しようか」
「そうね。ねえ好井、言いかけて止めるのは無しだよ」
これは……本当に早まったかもしれん。
明らかに逃げられるような雰囲気ではなかったので、俺はどう言葉を伝えようか必死に考えることにするのだった。
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