愛の形

「ちょっと、人がせっかくこんな恥ずかしい恰好をしたってのにどうしてそんなボーッとしてるのよ」

「……そりゃするだろ普通」

「なんでよ!」


 いやいやと、俺は極めて冷静を装いながら言葉を続ける。


「俺、しんどい夢を見たって話した。君、俺を家に連れ込んだ。何をするかと思えばいきなりそんな恰好で出てきた。さて、これで俺が啞然としない理由はどこかにあるか?」

「……ごめんなさい。というかそのカタコト止めて! なんだか必要以上に馬鹿にされている気がするから!」


 馬鹿には……してはいない。

 その……確かにいきなりでビックリしたし、どうして能登がそんな衣装を持っているのか謎でしかないが、俺からすれば眼福以外の何者でもないのだから。

 よくあるバニーガール衣装だが、谷間なんかもざっくり見えてしまい非常に色っぽい……しかもそれが能登のような美少女ともなれば、似合ってないはずもなく。


(つうか冷静に分析してるけど、そもそもクラスメイトの女の子がこんな姿を披露している時点で非日常なんだが……なあなあ、マジで俺どっかで気絶したまま夢を見たりしてないよね? もしかしてまたいきなり世界が切り替わったりしてないよね?)


 もう全てが不安だった。

 ただ世界が切り替わってないことは分かっているので、水瀬のようにいきなりあんな雰囲気になることはなさそうだが……取り敢えず、能登はなんでこんなことを?


「その……」


 能登は力が抜けたように、俺の目の前に座り込んだ。

 その瞬間、ぷるんと彼女の胸が大きく揺れサッと視線を逸らす……がすぐに、神妙そうな顔をしている能登へと視線を戻した。


「こうしてアンタを連れてきたことも……こんな格好をしたのも、よく分かってない。でも……あたしはアンタに安心してほしかった。嫌な気持ちを忘れてほしかった……ほ、ほら! 男子ってちょっとエッチな物を見たら気分が晴れるでしょ!?」

「それは……どうなの?」


 いや認める……唖然としたし困惑はした……したさ!

 でも確かに嫌な気持ちは吹き飛んだし、良い物を見せてもらったって思わないでもない!

 というか、そもそもそれはどうして出てきたんだ?


「その……つまり能登は俺のことを心配してくれたってことだよな」

「……うん」

「そっか……まあその、驚いたけどありがと。めっちゃ元気出たわ」


 そもそもそんな恰好をされずとも、あれだけの言葉しか交わしてないのに心配してくれる時点で嬉しい以外ない。

 元気が出た、そう言うと能登は嬉しそうにうんと頷いた。

 嬉しそうにするのは本来俺の方なんだが……でも、そんな彼女の笑顔を見たら俺も頬が緩んだ。


「それで……その恰好について聞いても良い?」

「……………」


 普通の家にバニーガールの衣装なんてないし……あるとすればコスプレ目的とかそういうのだろうけど。

 まさか……能登が?

 見るからに陽キャで友達と遊ぶの第一みたいな感じのこの子が……コスプレとか……?

 いや、人を見た目で判断するのも論外だしそもそも俺が能登の何を知ってんだって話でもあるか……。

 話したくないのであれば無理には聞かないと、そう思っていたが能登は教えてくれた。


「これ……誰にも言わないでほしいんだけど」

「うん」

「あたし……結構コスプレっていうか、そういうのが趣味なの。自分を着飾るのが好きとも言えるわね」

「……へぇ」


 それは……確かに意外だけど、コスプレの趣味とか目的がなければこんな服はないと思ってたし、ある意味俺の予想は的中だ。

 ただやっぱり相手が能登という時点で驚きは大きかった。


「俺に教えて良かったのか? たぶん、その言い方だと普段仲の良い友人たちも知らないんじゃないか?」

「あ~うん。けどあたしがこういうのを好きってのは知ってるわ。ただ実際に集めまくってるのは知らないかな……それでどうして好井に教えたかだけど、好井なら良いって思ったから」

「そ、そうなんだ……」


 くぅ……ハッキリ言われて恥ずかしいんだが。

 というか俺、間違いなく青春を謳歌していないか……? ちょっと違うかもしれないけど、このくすぐったいやり取りに感動しているぜ。


「好井は……コスプレとかする女は気持ち悪いって思う?」

「まさか、思うわけなかろうよ」


 俺は胸を張ってそう言った。

 SNSとかやると色んなコスプレを披露するレイヤーの人とかが目には入るけど、純粋に可愛いとか美人だって思うし……何よりアニメのキャラクターに扮した際どい恰好とかって目の保養だしな!


「大好物って言うとちょっとあれだけど、凄く良いと思う! むしろ俺は今、こうして実際に見れて感動してるから」

「……あははっ、そっか」


 安心したように、けれども再び嬉しそうに能登は笑みを浮かべた。

 次から次へと状況が変化したのもあって、何か言葉が間違ってないか不安だがこれを見るに大丈夫みたいだな……。


(でもそっか……コスプレかぁ)


 ……ちょっといやらしい想像をしてしまいそうになり頭を振る。

 その後、コスプレ衣装を大量に保管している部屋にも案内してくれ、更に度肝を抜かれたのは言うまでもない。

 バニーガール衣装からミニスカ看護婦さん衣装に能登は着替え、隣に座って色々なことを話してくれた。


「なるほど……ご両親がお医者さんで」

「うん。それで娘のあたしに甘いから……ま、これも全部買ってくれてるってわけ」

「ほへぇ……」


 なんつうか……凄いご家族のようだ。


「でもなんで看護婦さんに?」

「言ったでしょ? あたし、アンタに安心してほしいって」

「安心……」

「そう、安心してほしい……ほら、おいでよ」


 腕を広げ、能登が俺を待っている。

 ……これは、飛び込んでも良いんだろうか――俺はしばらく思案したものの、グッと腕を引かれた。


「ほ、ほら……! 悩まずにね!」

「っ!?」


 そして俺は、彼女の胸元へと誘い込まれた。

 おいおい……今は逆転してないだろ!? それなのにこれは……こっちの能登ももしかして、なんて思ったけどこの包容力が凄まじい。

 母性とまでは言わないけど、同級生とは思えないくらいにこの温もりは優しかった。


「あたしたちはただのクラスメイトだけど……あたし、アンタが何か抱えてることを知っちゃったからね。そしてそれが何となく……他人には話しづらいことなのも分かった。それならたとえ話せなくても、受け止めてくれる人が居たら嬉しくない?」

「……嬉しい」

「でしょ? だからあたしがそうなってあげる」


 ……なんで、なんでこんなに能登は優しいんだろう。

 こんなん惚れてまうぞ……このまま彼女の溺れるように、どっぷりと浸かりたい……でもそんな俺を押し留めるのがあっちの能登の姿だ。


「でもさぁ、まさかあたしがこんな風になるなんてね。コスプレも見せたし、こんな風に抱きしめる男の子が出来るなんて思わなかった……というか好井さ」

「うん?」

「アンタ、あたしみたいな大きな胸が好きでしょ」

「っ……」

「はい、その反応でバッチリ分かっちゃったもんねぇ。だから水瀬とも最近仲が良いんだ」


 それは違うんじゃないかい!?


(でも……水瀬もそうだが、能登のこれも異常ではある……やっぱり何か向こう側から引き継がれてる物があるんだろうな……それをこの先、知ることが出来れば良いんだが)


 しかしながら……こんな風に言ってくれるなら、全部を喋っても信じてくれるかも?


「なあ能登……俺ってさぁ、二つの世界を行き来してんだぜ」

「え? それってギャグかなんか?」

「ははっ、だよなぁ。ごめん何でもない」

「ふ~ん?」


 やっぱりそういう反応になるよなと俺は苦笑した。

 まあでも……色々と大変さ……大変だけど、少なくとも人との繋がりが増えてきたという点においては有難いことなんだろう。

 その点においてはこれから先、どんな未来になるのか俺はワクワクするのだった。


▼▽


 二つの世界を巻き込み、少年はいくつもの愛を向けられる。


 体さえも、何もかもを持って繋がりたい愛。

 どんなことをしても繋ぎ止め、傍に居たい愛。

 自分の全てで寄り掛かりたい依存の愛。

 優しいのはあなただけと、破滅さえも厭わない愛。


 その全てが向く瞬間は果たして。

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