これ以上やったら俺は獣になってしまう

「ふへ……ふへへっ!」


 水瀬流歌、高校二年生の美少女。

 彼女は今とてもではないが女の子がしてはいけない顔をしており、もしも他人が見たら通報されても文句は言えないほどだ。

 彼女の視線の先には無防備に眠る蓮の姿……流歌からすれば、か弱い獲物が襲ってくださいと言っているようにしか見えない。


「……っ……触るね」


 そうして流歌は手を伸ばす。

 しかし……途中で手を止めた。


「でも……ど、どうすれば……っ?」


 欲望のままに好き勝手する……けれどその方法が思い浮かばない。

 一応エロ動画エロ漫画などを見ることによって、自分が襲ったり襲われたりするシチュエーションを何度も妄想した。

 そのせいで凄まじい回数の自慰行為に及んでいるのも確かだが、流石の流歌も妄想のように男子へ手の出し方が分からないらしい。


「……………」


 それに……手を出そうとすればするほど、目の前で安らかに眠る蓮に対して申し訳なさが溢れてしまうのだ。

 だって彼は、こうして自分なんかの誘いに応じてくれて……尚且つ実際一緒に歩く中も嫌な顔一つしなかった……というかそもそも、彼は流歌の知る男性という括りに入れて良いのかと考えてしまうくらいにレアすぎる存在なのだ。


「……普段と違って、相手に意識がないのに好き勝手するのは違う気がするよ……ううん、気がするじゃなくて絶対に違う」


 そう思った時、決して蓮に向ける劣情が消えはしないが無責任に手を出そうとは思わなくなった。


「……けど、彼と一緒に居るこの空間は嘘じゃない。男の子の匂い……好井君の香り好き」


 部屋に充満する男子の香り。

 思いっきり吸い込むようにするだけで幸せが広がり、流歌の手は自然と大きく膨らんだ胸へと向かうのだった。


▼▽


「……っ」

「あ、起きた?」


 目を開けてすぐ、水瀬の声が聞こえただけでなく……えっと、俺の目の前に大きな膨らみがあった。

 それが何であるか、水瀬のお胸様だ。

 若干服の乱れというか皺のようなものが気になったけど、そういえば彼女に膝枕をされたんだったと思い出す。


「良く寝てたね」

「ありがとう……足とか痛くならなかったか?」

「全然? むしろこういうことを経験させてくれてありがとうって感じ」

「こういうこと?」

「うん♪ だって男の子を膝枕してあげるなんて絶対にあり得ないことだもん」

「……うん?」


 何かおかしいな……そう思いながら俺は体を起こす。


(なんだ……?)


 二度目になるが、何かおかしい。

 水瀬の言葉に違和感を抱いたのもそうだが、妙にこの部屋の中が甘ったるいというか……頭がクラクラするような香りがある。

 こう……心なしか興奮を呼ぶような、けれど決して嫌とも言えない不思議な匂いが漂っている。


「というか水瀬……大丈夫か?」

「え? 何が?」

「顔が赤いぞ?」

「……っ」


 水瀬の顔が赤かった。

 膝枕をしてくれたとはいえ、それで恥ずかしいことをしてしまったと今更ながら思い照れたのかと思った違う……まるで熱があるようなそんな印象を俺に抱かせる顔だ。


「……ごめん、何でもないよ」

「本当に?」

「うん……心配してくれるんだ?」

「そりゃするだろ」

「……はぅん♡」


 な、なんで体をモジモジさせるんだ!

 先程よりも顔を真っ赤にさせ、けれども決して俺から視線を逸らさない水瀬はさっきと雰囲気が全く違う。

 というよりこれ……まさか……っ!?


(もしかして入れ替わってるぅ!?)


 いやいやそんな……そんなねぇ?

 なんて思っていると、いきなりコンコンと外からノックがされて店員さんが入ってきた。

 その男性店員は受付に居た人で、水瀬と一緒に居た俺に対し面白くない視線を向けてきた人だ……きっと、なんで俺みたいなのが美少女と一緒なんだと思ったに違いない。


「突然申し訳ありません。男性が女性と二人でカラオケに来るというのも珍しい……いえ、ほぼないことでしたので心配になってしまいました」

「……え?」

「……私、何もしてませんけど?」


 あ、今の言葉で全部分かったわ……入れ替わってやがる。

 そうか……だからこの店員さんはさっきの態度とこんなにも違い、俺のことを心配そうに見ているわけだ。

 いつでも通報出来るようにしているのかスマホも持っているし……とにかく水瀬に向ける視線が冷たすぎる。


「君には何も聞いていない。女の分際で喋るな」

「……………」


 女の分際ってそこまで言うのか……まあ、こっちの世界がこうであることは何度も痛感したわけだけど、そう言われる対象が知り合いってなると気分が悪いな。


(今回、水瀬が俺を誘ってこうなって……困惑はあったけど楽しかったのは間違いない……寝ている間に世界が逆転したことでこのお出掛けが水瀬の中でどうなっているのか分からんけど、見ず知らずの人間に好き勝手言われてたまるかよ)


「店員さん、彼女はそんなことをする人じゃないっすよ。その人は俺の学校のクラスメイトで、今日は純粋にお出掛けを楽しんでたんです。変な邪推をしないでもらえます?」

「……え? それを君が俺に言うのか? 君は彼女に連れ込まれたんじゃないのか?」

「ここに来た時、どんな風に見えていたのか知らないっすけど勝手に判断しないでもらえます?」


 店員さんはまさか俺からこう言われるとは思っていなかったのか、驚きようが凄まじい。

 水瀬に何もしていないと言われた時には嫌悪感丸出しだったのに、同じ男の俺がこう言うだけで彼は旗色を悪くしすぐ部屋を出て行った。


「あの……ありがとう好井君」

「良いって。俺たちはただ普通に過ごしてただけ……って言うより、寝ちゃったけどそれだけだもんな」

「うぅ……ねえ好井君、私死んだ方が良いかも」

「なんで!?」


 物騒だな!?

 いきなりの発言に驚きはしたが、眠ったおかげで完全に眠気はなくなり体も本調子だ。

 ただ……俺としてはこの不思議な感覚が気になってしまい、結局歌うこともせず水瀬と喋るだけの時間になる。


「好井君は……やっぱり王子様だね。あんな風に庇ってくれるもん」

「いやいや、あれは言いがかりに近いだろ? どっちにしろ、さっきのはあの店員が悪いって」


 でも……俺はこうでもこの世界の感覚がそうじゃない。

 ほんと、いつになったらこのギャップに慣れるかな……こんな風に周りと意見が合わなくても、あぁこの世界だから仕方ないよな受け入れるぜっていつ頃……慣れるだろうか。


「……庇ってくれるのも嬉しい、二人で居ることを嫌がらないでくれるのも嬉しい……本当に好井君は最高の男の子だよ。こんなの好きになっちゃうってば」

「お、おい!?」


 水瀬は流れる動作で俺の膝の上に座る。

 彼女の体が正面にある形……そのまま水瀬は、俺の頭を優しく抱きかかえるようにして胸へと誘う。


「むがっ!?」

「ほら、好井君の大好きなおっぱいだよ?」

「っ……水瀬」

「あん♪ 胸の中で喋ったらくすぐったいよぉ……でも良い……凄く良いかもこれ♪」


 先程の気分が悪くなる出来事なんてなんのその……そう言わんばかりに水瀬は俺を抱きしめて離さない。

 良い匂いが……柔らかさが凄い……。

 手の平で味わうよりも、こうして顔面で感じる柔らかさはクセに……なっちゃダメなのになってしまう。


『ま、負けちゃダメですよ! この世界はおかしいんですから!』

『おいおい、おかしいからこそじゃねえか? 郷に入っては郷に従えって言葉があるだろ? お前もエッチなことに興味がないわけじゃねえんだしこれ幸いにやっちまったらどうだ?』


 また俺の中で天使と悪魔がせめぎ合ってやがる。

 俺は……俺はこの世界の男が嫌がることでも、こんなことをされたら確かに困惑はするさ……けど嫌じゃないのがどこまでも男だった。


(マズイ……これ以上されると……)


 俺の中の獣が本能を剥き出しにしちまう……っ!


「やっぱり嫌がらないもんね。むしろドキドキしてる……ふふっ、好井君はエッチな男の子だ」

「君が言うのかよ……」

「私は変態かな、それもド変態ってやつ……ねえ、やっぱり君を逃がすなんて私には出来ないよ。好井君みたいな男の子と過ごしたらもう、他の男の子なんて目を向けられないもん」


 豊満な二つの膨らみから顔を出し、彼女と見つめ合う。

 そして……予定していた時間がやってきて備え付けの内線電話が鳴るのだった。


「あ……」

「……………」


 取り敢えず……助かったらしい。

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