お出掛け

 日常だ……日常だアアアアアアアアアッ!

 ガハハハハハハハッ!


「……はぁ」


 ごめん、ちょっとテンション上がりすぎたわ。

 でも聞いてくれよ! 俺はそう誰に聞かせるでもなく、ただただ心内で叫んでいた。


「やっぱさぁ……こうなんだよ日常って奴はよぉ!」


 そう、俺は今最高に日常を謳歌している。

 というのもここ数日、逆転現象が発生していないからだ――まあたった数日ではあるのだが、こうも普通の世界が続くだけで俺は喜べる。


「……とはいえ」


 だが、ついに来てしまったのだ。

 今日は突然ではあったものの水瀬と約束した日であり、つまり彼女とお出掛けをする日だ。


「……そろそろだよな」


 この約束をしてすぐ、彼女とは連絡先を交換した。

 そして軽く今日の打ち合わせをしたのだが、そろそろ家を出ないと間に合わなくなる。

 どうしよう……行かなくても良いかな?

 なんてことを考えてしまうけれど、流石に分かったと頷いたからには約束を破るわけにはいかない。


「致し方ない理由がない限り、約束を破る奴はクズだ」


 ……というのは俺の中にあるただの言い分だが、やはり約束を破る時点で相手に人間性云々言われても仕方ないからなぁ。

 よし、行くとするか。

 基本的に休日は家に居るか、出るにしても友達との用しかないので母さんにどうしたのかと聞かれる。


「友達と遊びに」

「それにしては少し緊張してない?」

「……まあ少しね」


 首を傾げる母さんに背を向け、俺は家を出た。

 逆転世界だと日に日に母さんの束縛が強くなっていくような怖さを感じることもあるが、こっちだとそんなことはない。

 ただ……いつも以上に優しくなったか?

 いや、母さんはいつも優しかったわ。


「うん?」


 歩いているとスマホにメッセージが届いた。

 送り主は水瀬で、いつ頃待ち合わせの場所に着くかというもの……この文面だけでも圧を感じさせるのが凄いけど、この書き方からしてもしかしたら既に待っているとか……?


「……急ごう」


 本来ならこうして美少女と連絡を取り合えるのもそうだが、一緒にお出掛けを出来るのも喜ぶべきこと……まあ普通に嬉しいし楽しみにしていたのは確かだ。

 けれどそれを考える度にあちらの水瀬だけでなく、とにかく俺のことを知りたいと口にする彼女を思い返すと……怖いとは思うからな。


「……あ」


 そんなこんなで待ち合わせの駅前だ。

 どこに居るのかなんてすぐに分かるくらい、水瀬のオーラというのは分かりやすかった。

 暑い時期を前にしているからこそ涼し気な格好で、短いスカートなのもあってか太ももの主張が激しい。


「あんな恰好をするんだな……」


 思えば私服姿の水瀬を見たのは初めてか……?

 既に一年近く彼女を知っているとはいえ、休日に今まで出会わないなんて別に珍しいことじゃない。

 見た目だけに関しては清楚なお嬢様然としている水瀬が、あんな風に露出の多い服装というのは中々悪くない……って俺は何様の立場で言ってんだろ。


「あ、好井君」


 目が合った途端、水瀬はすぐに駆け寄ってきた。

 胸が……胸が揺れとる!? ま、まあ走ればそれだけ力が加わって胸が揺れるのはもちろんなんだけど、体操服の時よりも破壊力が凄い。


「っ……おっす水瀬」

「どうして視線を逸らすの? もしかして緊張してる?」

「いや……その……」


 そりゃ緊張するに決まってんだろうがよぉ!

 つうかこうして近くで見ると更に気付けたことがある……それはほんの少し胸の谷間が見えるということだ。

 胸元が広く見える服……ヤバイ語彙力が死んでいる。


(でも……俺ってば触ったことあるんだもんな)


 だから……あれ? 緊張するなんて今更か……? こう考えたら緊張も綺麗に吹き飛んで行った。

 この吹き飛び方は少々アレだが、変に態度に出ないのであれば助かる。


「……良かった」

「え?」

「実はね……来てくれないかもって思ったの」

「それはどうして?」


 何でそう思ったんだろうか。

 もしかして俺、約束を守らない風に思われているのか? そう思ったけどどうも違うらしい。


「ほら……いきなりだったから約束を破られても構わないと思ってた。それでもこうしてきてくれたから……優しいんだね?」

「……………」


 俺は……俺は単純な男だと思う。

 だってこんな風に不安そうな目を向けられるだけでなく、上目遣いまでされた彼女のことが可愛いと思ったから。

 怖いと少しでも思っていた全ての感情が可愛いに塗り替えられてしまうだなんて……はぁ、ため息が出てしまうくらいに俺は単純だ。


「優しいとかそういうのじゃない。俺はどんな形であれ、約束したら可能な限り守る。命の危険があったりしたら流石にバックレるけどな」


 そうそう、俺は別に優しくなんかない。

 ただ約束をしたから守ってここに来たっていう当たり前のことをしているだけ……というか何度も言うが胸を触った俺が優しいはないぞ?


「……あはは、命の危険って……ありがとうそんな風に言ってくれて」


 突然の甘酸っぱい空気に俺は麻痺してしまいそうだ。


(でも……やっぱり水瀬も少し圧の強さというか、有無を言わせない風だったことを気にはしてるのか)


 ……今日はせっかくのお出掛け、であるならこんな空気はダメだ。

 そう思って俺は気合を入れるように頬を叩き、驚いたように目を丸くする水瀬にこう言った。


「こうして約束したんだから思いっきり楽しもうぜ! つっても俺自身、同級生の女子と出掛けた経験はないから困ってるけどな!」


 情けないと言われても仕方ないことを口にしたが、水瀬は笑いながら頷いて俺の手を取った。


「分かった。それじゃあ軽い気持ちで歩き回ろ? 取り敢えず私は好井君と一緒に過ごしてみたいだけだから」

「……おう」


 手を繋ぎ、微笑まれ、俺の心臓は激しく鼓動した。

 その鼓動と動揺を悟られないように、俺は軽く深呼吸をして取り敢えずは水瀬に任せることに。

 とは言っても、本当にただ歩いて見て回るだけだった。


(……ずっと手を繋いでるんだもんな)


 その間、決して彼女と繋がれた手は離れなかった。

 この状況をクラスメイトはおろか、学校の誰かに見られたらどんな噂をされてしまうか分からないぞ?


「やっぱり真治君の時と違う……明確な楽しさというか、ワクワクしたものを感じるの。ねえ好井君、これは何なんだろうね?」

「……さあ」

「本当に不思議な感覚で……けど悪くないの」


 っ……だからそう微笑まないでくれってば。

 そんな風に水瀬と歩きながら会話は決して途切れることはなく、中学時代のことや家族のことなんかも軽く話し、これだけでも随分と打ち解けたものだ。


「……あ」

「おっと」


 歩きながらチラチラとこちらに視線を向けるものだから、段差で水瀬が足を引っかけた。

 俺はすぐに彼女が倒れないよう引っ張ったのだが、そのまま水瀬の体を抱き寄せてしまう形になる……そして更に、あの体育倉庫でのことを焼き直すかのようにまた手が水瀬の胸に触れた。


「ご、ごめん……」

「ううん……ありがとう助けてくれて。また……だね?」

「……………」


 良かった、怒られることはなかった……でも一々反応というか、返ってくる言葉が妙にくすぐったい。


「ちょっと暑いね? カラオケとかどう?」

「そう……だな。でも俺、歌は下手というか」

「無理に歌わなくて大丈夫。涼みに行くのもあるから」


 水瀬の提案に頷き、俺たちは近くのカラオケ店へと足を運んだ。

 ちょうど一室だけ空いており、俺たちは空くのを待ったりすることなく入ることが出来た。


「……ふわぁ」


 歩き回ったのもあるが何より、気を遣いすぎたせいかちょっとだけ眠くなってきて欠伸が出てしまう。

 そしてそれは水瀬が歌うことによって更に増幅されてしまい、意識が飛びそうなほどにまでなった。


「そんなに眠たいの?」

「ごめん……ふわぁ」


 悪いと思うのに欠伸が全く止まらない。


「一時間取ってるから三十分くらい寝たらどうかな?」

「いやでも……」

「ほら、今日は私が付き合わせたようなものだしきっと気を遣って疲れちゃったんじゃないかな?」

「……………」

「だ、だから……っ!」

「お、おい!?」


 グッと頭を掴まれ、そのまま力任せに太ももへ。


(こ、これは……っ!?)


 膝枕……それを俺は強制的にさせられてしまった。

 何をやってんだと文句は……言えない……だって美少女の膝枕に文句を言うなんて万死に値する行為だからだ。


「嫌……かな?」

「嫌じゃ……ない」


 ……はぁ、世界が逆転していることを知った辺りから本当に色々なことが起きすぎている。

 眠たい……なら一旦、割り切って今はこれを楽しむべきか。

 そう思うと一瞬にして瞼が重くなった。


「ごめん水瀬……寝て良い?」

「良いよ。おやすみなさい」


 トントンと肩を叩かれ、俺はそのまま眠りに就くのだった。



 ▼▽



 突如予定された流歌とのお出掛けに蓮は疲れていた。

 といっても不快な疲れではなく、あくまで気を張りすぎたためによる疲れが出てしまったせいだ。

 後はまあ、前日にワクワクしすぎて眠れなかったのもあるだろう。


「……ほんと、どうしてこんな」


 流歌は、自分でも何故こんなに蓮が気になるのか分からない。

 顔を見ているとドキドキする……まさか恋? そう思ったがそれもまた違う気がする……けれど似たようなものであることは分かっていた。

 だからこそ分からないこともまた多すぎる……しかし、そんな彼女の思案顔が変化した――ニヤリと笑みを浮かべ、頬を赤くし、女の子がしてはいけない鼻息の荒い顔になったではないか。


「……女と密室で眠るなんてそういうことだよね……!?」


 正に今、世界が再び切り替わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る